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 廃村跡地には、エクス一向の四人に対し魔族側も四人が現れた。彼らは魔族の中でも正統な剣術や魔術を収めた貴族階級の者達である。彼らの目的は、エクスとの一対一の決闘。その場所に指定されたのがこの、十年以上前の戦争で廃墟と化した廃村跡地である。
 魔王討伐後も人類と魔族の抗争は完全には収まっておらず、戦いの火種は消え去っていない。魔王の死を機に魔族の軍閥はそれぞれの方針の違いが表面化し対立も起こっている。派閥を大きく分けると継戦派と和平派に分かれ、継戦派が未だ連合軍との戦争を行っている一方で、和平派は人類と最低限の停戦協定を結ぶなどし事態を静観している。エクスは主に、この継戦派でも連合軍が抑えきれない取りこぼしを鎮圧する事を目的に旅をしている。未だ魔族による実行支配を受けたり、義勇兵でどうにか抵抗出来ているような地域もあり、戦争中という事もあってそういった細かい所までは連合軍も手が回らないでいる。それをエクスはすくい上げているのだ。
 そういった旅の中でも、勇者エクスだからという理由で戦闘を仕掛けてくる魔族は意外にも居ない。魔王を倒す程の者だからこそ誰も挑まないのだとレスティンは思っていた。だから今回のような事態は本当に異例である。仮にも魔族側の貴族階級の者が、名指しでエクスに挑んで来たのだから。
 四人の魔族は、彼らの文化らしい異質なデザインの全身鎧を纏いただならぬ雰囲気を醸し出している。魔族の兵士や士官は何度か見たことがあるが、人間と同じく彼らも階級が高い者ほど鎧も派手に目立つようになる。その基準で言えば、これまでレスティンが見た中で最も目立つ鎧だろう。その中でも特に目立つ一人が前に進み出る。堂々として落ち着いたそのたたずまい、相当に自らの実力に自信が無くては出せない雰囲気である。
「あなたがザラマドラか!」
「そうだ、勇者エクス。噂に違わぬ剛胆ぶりだ。まさか本当に四人で来るとは思わなかった」
「一人で構わないのだが、どうも今はそれが許されない立場になってしまった。だから彼女達は手出しをさせない代わりに、そちらも見逃して欲しい」
「どの道、お前以外に用は無い。勝手にすれば良い」
「そうか! お気遣い、ありがとう!」
 あまりに素直に礼を述べるエクスに、思わずレスティンは呆れの溜め息をついた。これから命をやり取りする真剣勝負をする相手に何とのん気な事か。
「まず先に、何故俺に決闘を挑むのか、理由を訊ねたいのだが」
「エインアノスという男を憶えているか」
「ああ、知っている。魔王城の近衛兵長を務めていた。一騎打ちを申し込むと 二つ返事で受けてくれた。強敵だったよ」
「彼は私の兄だ。その決闘のため、我が一族は人間に負けた魔族の汚名を着せられたよ。血族の失態は血族が濯ぐのが家訓だ、お前の血で兄の墓を濡らし無念を晴らしてやる」
 ザラマドラと名乗った魔族の騎士は、ゆっくりと腰の剣を抜いた。それは非常に細く鋭い形状をしていた。レスティンも刺突剣はそれなりの種類は知っているし、実際に刺突剣術の型や流派も幾つか修めている。しかしザラマドラの剣はレスティンの知る何れとも異なるものだった。おそらく、魔族特有の戦い方をするための剣なのだろう。エクスならその辺りの事情も知っているかも知れない。
「では、始めるとしよう!」
 エクスも剣を抜き放ち、少しずつ構えや型を変えながらザラマドラとの距離を詰め始める。エクスには様々な剣術や戦い方の技術を教えている。エクスは産まれ持った才能があるためか、それらは驚くべきスピードで習得していった。けれど、レスティン自身はザラマドラと戦って勝てる自信が無い。となるとエクスが勝ち筋を掴むには、技量の勝負よりも産まれ持った力、女神の加護に依る所になるだろう。
「ねえ、ドロラータ。魔族って魔法にも長けてるんでしょ? あの剣ってやっぱりそれに関係するの?」
「多分ね。在り来たりな所だと、剣に火やら冷気やらを宿すって運用なんだろうけど、まだそれをしないって事は何か別な技術があるんでしょ」
 魔族の魔導技術は人類よりも大分先を進んでいる。未だ人類にとって未知の技術も多く、数に勝る人類が魔族を圧倒出来ない一番の理由がそれだ。
 両者が互いの間合いへ躙り寄る。空気がぴんと張り詰め、死線へ歩み寄っていく時の独特の空気感にレスティンは手が震える。決闘の経験は今まで一度も無いが、立会人になったことはある。その時も酷く手が震えてしまった。大雑把な集団戦よりも人が一人死ぬ光景が明確になるからだろう。様々。戦場も経験したけれど、人が死ぬという事にはなれないようだった。
 機が熟したか、ザラマドラが動く。
 ザラマドラはほとんど構えた姿勢のまま、恐ろしい速さで刺突を連続で繰り出した。しかしエクスはそれを見切っていたらしく、寸前で顔との間に剣を挟んで受ける。
「ハアッ!」
 エクスは鋭くザラマドラの居る場所を楕円形に薙ぎ払った。しかしザラマドラもまたそれを見切っており、ほとんど姿勢を変えないまま一瞬で数歩後退する。異様なステップだが、恐らく魔導技術が使われたものなのだろう。
「良い剣だ。剣ごと貫くつもりだったのだが」
 ザラマドラの剣先から白い煙が立っているのが見えた。火がついているようではなかったが、何やら不穏な雰囲気がする。
「アリスタン王より賜った、人類の技術の粋を結集した物だ! 君達魔族にも負けぬ代物だ!」
「ならばこちらも、それなりにするとしよう」
 余裕すら感じるザラマドラは、今度は自らエクスとの距離を詰めるとまたもほとんど予備動作を見せずに刺突を繰り出した。
「むっ!」
 再び剣の腹で受け止めるエクス。だが今度は受け止めると同時に鈍い音が立て続けに起こった。すぐさま剣で払って距離を取るエクス。
「これは……」
 エクスは驚きの表情で自らの剣を見る。そこには無数の小さな円形の窪みが出来ていた。
「ボーッとしている暇は無いぞ!」
 そこへ更に刺突で畳み掛けてくるザラマドラ。尚も剣で刺突を受けるが、最初とは違い少しずつザラマドラの切っ先が何度も剣を貫通し始めた。
「なるほど、貫通の魔法か! 威力は少しずつしか上がらない分、上限は高いと見た!」
「御明察だが、もう遅い! 死ね、兄の仇!」
 一度大きく振りかぶったザラマドラは、渾身の力を込めて最後の一撃を繰り出す。ザラマドラの剣はエクスの剣を完全に貫通すると、丁度後ろの射線上にあったエクスの額を捉えた。