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 無事に山賊の手から女の子を取り戻したエクス達は、村中から大喝采を浴びる。祖父母からは涙ながらに感謝され、村長からは村を代表して直々に丁寧な礼を受けた。
 エクスとの旅でこういった事は良くあった。エクスは旅の最中で国や領主から見離されているような僻地の問題に好んで首を突っ込む。それは、世界平和を目標に掲げるエクスにとって、困っている全ての人間がすくい上げる対象であるからだ。自分達ではどうしようもないと諦めきっている人々を助けるエクスの存在は、まさに勇者の称号に相応しい人物と思われているだろう。
 その晩はエクス達は村長の自宅で出来る限りの歓待を受けていた。貧しい地方の村での宴は、世界中の都市で高級店を巡ってきたレスティンにしてみれば質素極まりないものである。ただ、有らん限りの謝意を受ける事は決して悪い気分ではなかった。レスティンは、自分にはエクスほどの崇高な意識は無いと思っていた。この旅はあくまでギルド連合と父親のために、どうにかエクスを口説き落とす事を目的としているに過ぎない。言ってしまえば、エクスの正義観には微塵の興味も無いのだ。だが、この何の得にもならないエクスの人助けの旅も、今では自分の目的のようにも思い始めている。エクスを強い信念にそれだけ影響され始めているのだ。
 宴の後はそのまま村長の家に泊まる。そしていつもの時間に目を覚ました翌朝の事だった。朝起きるのが早いエクスとレスティンは、庭で剣の型稽古を行っていたが、そこへ村の青年が血相を変えてやってきた。
「ああ、勇者様! 大変です! 大変なんです!」
 息を切らせながら大声で訴えかける青年。その声を聞きつけた村長も家の中から怪訝な面持ちで現れた。
「山賊共が村に向かって来てるんだ! すげえ数だ! ありゃきっと、昨日の仕返しに来たに違いねえ!」
 思っていたよりも早かったが、やはりこうなってしまったか。レスティンは息を飲む。
 そう、昨日は山賊達を一人も殺す事はしなかった。後々領主と揉めるような事は避けたかったからである。だが、そのために山賊達には反撃の機会を与える事になった。無論、この事は予め四人で話し合っていた。だがさらわれた女の子の救出を急ぐあまり、結論を曖昧なままにしてしまっていたのだ。
「エクス、これは流石に避けられないよ」
「ああ、分かってる。俺が何とかするよ」
「待って、一人に任せられる訳無いでしょ。二人も呼んでくるから」
 けれどエクスはその言葉に答えず、知らせに来た青年から山賊が向かってきている方向を聞くと、剣一本を持って飛び出していってしまった。思い立つとすぐに行動し人の話を聞かない。エクスの欠点の一つである。
「ああ、一体どうすれば……」
 状況を知った村長は青ざめながら慌てふためいた。この村には山賊と戦えるような備えは無い。そして理由が理由だけに穏便に済ませる方法も思い付かないのだ。
 山賊自体はエクス一人でもどうとでもなるだろう。エクス達は魔王との戦いで一度にあれ以上の数の魔族と戦ったこともあるそうだからだ。だが、これは確実に血が流れ、その行為が後々法的に咎められる事になる。それだけは何としても避けたい。エクスは信念のためなら自らが不利益を被る事をいささかも躊躇ったりしない。となれば、後は最悪の方向へ進んでいくばかりだ。
 何か良い方法はないか。しきりに考えを巡らせたレスティンは、珍しくあっさりと名案が浮かんだ。
「村長さん! 今これは、村の危機ですよね!?」
「え、ええ? ああ、はい。そうですね。今から警備兵を呼ぶにしてもとても時間が足りませんし」
「では、ギルドに村を代表して正式に依頼を出して下さい。ワタシはこの国の警備ギルドの受注資格を持っています」
 領主などの統治権を持った者に任命された者、即ち警備兵や警察などでなければ、例え相手が山賊であっても殺めてしまえば通常の裁判にかけられる事になる。緊急避難を主張しても、それを判事に認めさせるのは非常に難しいのだ。だが、例外的に民間人でも正当な武力行使が許されている場合がある。その一つが警備ギルドだ。正当防衛の延長として、身を守る場合のみ活動が認められている。
 レスティンの名案とは、この状況へ警備ギルドの受けた仕事として関わる事で正当防衛を主張するというものだ。だがそれも確実ではない。そもそも警備ギルドは警備兵の領分を度々侵すため、あまり快く思われていない。多少のことは目こぼししてもらうため裏金すら流れているそうだ。そのためレスティンとしても、正式な仕事として扱うのはあまり使いたくはなかった手段だ。
「わ、分かりました。しかし費用は……」
「払った体でいいから! ワタシは黙っている、村長さんは払ったと言う、これでいいじゃない! とにかく、正式に村の警備の仕事を発注した、いいね!?」
「はい! お、お願いいたします!」
 かなり強引にだが、村の責任者を説得できれば十分である。一応、名目は成り立つ。細部の口裏合わせは後でやればいい。
「レスティンさん! これは一体!?」
 外の騒ぎを聞きつけたのか、シェリッサが血相を変えて飛び出して来た。更に早朝には珍しくドロラータもいた。二人共、ただならぬ気配を察知したようだった。
「詳しい話は後! エクスが戦ってるから、早く加勢に行くよ!」