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 山賊達の言葉は、レスティンの思考を一瞬の間奪った。彼らの言葉が理解出来ないのはこちらの理解力の問題ではなく、彼らの価値観の問題である。その事に気付くのに、あれこれと当たり障りの無い選択を考えてしまったのだ。
 そして、レスティンは叫ぶ。
「やかましい、このならず者共が! どの口で人間だと主張してんだ!」
 普段以上に乱暴な言葉遣いに荒げた声に、ドロラータとシェリッサがぎょっと目を見開く。ここまで感情的になったレスティンを見たのは初めての事だった。
「な、なんだよ! 俺達ぁ人間だろうが!」
「人間の敵だろうがお前らは! 無抵抗な人間苛めて何が楽しいんだ!」
「だったら無抵抗じゃねえお前もやってやるよ!」
 いきり立った山賊の一人が剣を振り上げてレスティンへ襲いかかる。だがレスティンは瞬き一つせず男の剣を受け流すと、剣を持っていた腕を手首から肩先辺りまで一気に切り上げた。
「ぎゃあああ! いってえ、ちくしょう!」
 剣を落とし、鮮血から吹き出す腕を押さえてうずくまる山賊。そこにレスティンは、男の頭に目掛けて柄頭を叩き込んだ。男はそのまま声もなくその場に倒れ込んだ。
「他人には平気で何でもやる癖に、いざ自分がやられたらピーピー喚きやがって。人間扱いされたきゃ、人間らしくしてろ!」
 このレスティンの恫喝は山賊達を完全に萎縮させた。自分達を軽々と捻った男が勇者エクスだったのなら、手も足も出ないのは理解出来る。だが、単なる付き添いのような仲間の女にも同じように蹴散らされるのは、戦意を打ち砕くには十分過ぎる屈辱だった。
 これ以上戦っても勝ち筋は見えない。山賊達は半端な保身へと走り始めるのだが、彼らが何よりもまず守ろうとするのは己の身よりもたった今打ち砕かれたばかりのプライドの方だった。
「俺達だって食っていくために仕方なくやってんだ! そもそも戦争さえなきゃなあ! 今だって真っ当な商売やってたんだよ!」
「そうだそうだ! そもそもお前らがいつまで経っても魔族の奴らを倒せねえから、そのしわ寄せがこっち来てんだよ!」
「おら! 勇者様なら責任感じて何とかしろよ!」
 滅茶苦茶な暴論である。戦争の余波で生活が苦しくなったのは彼らだけではない。そもそもほとんどの人間は苦しくとも犯罪に走る事は踏みとどまっているのだ。勝手に安易な道へ走りそのツケを払わされた事に対する文句をぶつけるのは、あまりに筋が通らなさすぎる。
 こうも恥を忘れた暴論を堂々と繰り広げられると、まともに相手をする自分が馬鹿に思えてならない。話など聞かず、こちらのやる気まで失せる前に全員締め上げてしまおうか。そうレスティンが考え始めた時だった。
「そうか……君達も苦労したのだな……」
 信じがたい事に、エクスが山賊に同情するかのようなセリフを口にする。レスティンを始めとする三人は耳を疑った。今の話のどこに同情出来る個所があったのか、全く理解が出来なかった。
 一度エクスが話を聞く姿勢を見せると、たちまちエクスの前へ殺到し我も我もと訴えかける。その内容はどれも似たり寄ったりで、話の信憑性も疑わしいものばかりである。だがそれでもエクスは一人一人丁寧に耳を傾けている。
「お人好しもここまで来るとね……馬鹿らしくてもう冷めたわ」
 レスティンは拳の振り下ろし先を失い、煮えたぎっていた激情もすっかり冷め切ってしまった。エクスが良くも悪くも底抜けの善人である事は重々承知である。だが、ついさっきまで刃を向け合い何人も切り捨てた相手を、今度は武器を下ろしたからと親身になって話を聞いてやるのは、善人でもお人好しでもない別の何かである。
「今なら一網打尽だけど。どうする?」
 そうドロラータが提案する。シェリッサがエクスにだけ結界を張ってドロラータが一帯に魔法を撃ち込めば、山賊達は文字通り一網打尽に出来るだろう。だが、
「やめとこ。多分それやると、エクスが怒りそうだから」
「……まったく、とんでもない勇者様に着いて来ちゃったね」
 これは落ち着くまでの間しばらく待ち続けるしかない。山賊達の身の振りも決めなければならないが、散々痛めつけても保身に走る彼らが素直に言うことに従うとは思えない。やはり皆を繋いで番所なりへ無理やりにでも連行しなければならないだろう。
 山賊達の自己主張は未だに止まる気配がない。良くもそんな不幸自慢や自分語りが続くものだと、レスティン達は呆れ、待つことに飽きが来ていた。
 そんな時だった。
 相変わらず山賊の一人がエクスに向かって熱弁している中、おもむろにエクスの背後に山賊の一人が回り込む。落ち着き払いゆっくりとした自然な動作、そのためレスティン達は最初彼に何ら違和感を抱かなかった。その手には戦意喪失し地面へ落としたはずの剣を握り締めている。それでようやくレスティンは事態を理解する。
 あいつ! エクスが油断した所を背後から襲う気だ!
 どうエクスを守るのか、レスティンはそれを考え始めた頃には既に飛び出していた。考えるよりも体の方が遥かに早く俊敏に動いていた。
「……あ?」
 次の瞬間に我に返ったレスティンが見たのは、鞘から直接繰り出し斜め上へ切り上げた自分の剣と、我が身に起こった事が理解出来ずきょとんとしている山賊の姿。だがすぐ山賊の体からは大量の血が吹き出してレスティンを濡らす。傷口から内臓が少しずつはみ出し、山賊は悲鳴を上げながらそれを中へ押し込もうとするが、やがて血が足りなくなり意識を失って自分の血だまりの中へ倒れ込んだ。
 その様、その悲鳴、レスティンの姿が、一部始終を目にした山賊達から最後の気力を奪い取った。あの熱気が嘘のように辺りは静まり返る。