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 勇者エクス一行の王都サンプソムへの凱旋は、特に王室に仕える家令の意向で対外的には極秘でのものとなった。四人は港からは王室で手配された馬車に乗り、密やかに王都サンプソムの北側にある離宮へ案内される。離宮は主に住居として用いられているため、当然外部の人間は一人もいない。そのためエクスの凱旋が外に漏れる事もなかった。
 四人が馬車から降りると、乗り降り口から宮殿への裏口までずらりと使用人達が並んでいた。そして出迎えたのは身なりの良いスーツ姿の壮年の男だった。
「デルバートさん! 授与式の時以来ですね。お元気そうで何よりです」
「エクス様も、精力的に方々で御活躍されているそうで。お連れの皆様はお初にお目にかかります。私は当宮殿の一切を取り仕切らせて戴いております、家令のデルバートと申します。本日は私が御案内をさせて戴きます」
 家令とは、執事達を管理するような王室で働く使用人では最も身分の高い存在である。離宮にも何度か出入りする事のあったシェリッサはデルバートの存在は知っていたが、直接的な面識は今日が初めてだった。
 デルバートの案内で使用人達の間を進んで行くエクス一行。左右の使用人達ははみんな視線を伏せ、静かにエクス一行へ敬礼する。これまで旅の最中に寄った街でエクスと知られれば、必ず声を上げながらこぞってエクスを取り囲んだりしたものだったが、こうも静かで厳かな対応は新鮮に感じた。その一方で、勅令の結果を決して軽視しないという王室の姿勢も垣間見えるような気がして緊張感が高まった。
 対外的な行事に使う宮殿とは異なり、離宮の中は目立った調度品はあまり見当たらず代わりに花瓶と花が多く見られた。おそらく王室の誰かの趣味なのだろう。絵画や彫刻の類にはそれほど興味が無いのかも知れない。そして文字通りチリ一つ見当たらないほど手入れが行き届いている辺り、使用人達の仕事の徹底ぶりが窺えた。
 デルバートの案内で四人は宮殿内の一室へ通される。そこは広いバルコニーが併設され、離宮の中庭が一望できる見晴らしの良い部屋だった。まるでリゾート地の高級ホテルのようだとしか例える言葉が見つからなかった。
「これよりエクス様からは御報告を戴くのですが、大勢の御立ち会いを好ましく思っておりません。ですのでこの先はエクス様のみの御案内とし、他の御三方にはこちらでお待ち戴きますよう宜しくお願いいたします」
 デルバートは誰が好ましく思っていないとは明言しなかったが、おそらく報告を受けるのはアリスタン王朝の国王だろう。勅令の内容からしてあまり多くの人間に知られたくないという心理は理解が出来た。そして何より、国王の意向に逆らうようなリスクを取る理由も無い。
 三人は部屋に残り、エクスは再びデルバートの案内で部屋の外へと出て行った。広い室内には三人、テーブルの上にはこれ見よがしに呼び鈴が置かれている辺り、部屋のすぐ外に使用人が待機しているのだろう。だが、くられっどの件では後ろめたさがあるせいか使用人達に自分達の言動を見張られているような気がしてならなかった。
「どうしよう、エクスがおかしな事を言ってもすぐ横でワタシがフォローすればいいかって思ってたんだけど……」
「一応、考え無しにおかしな行動は取らないとは思うんだけれど……そもそも見つからなかったって言い張るのは十分おかしな行動かな」
「とにかく、今は無事に済む事を女神様へ祈りましょう」
 エクスがクラレッドの手紙を渡して事が済むはずがない。クラレッドの居場所の話題に嫌でもなるはずだ。そしてエクスは居場所について一切答えないだろう。そこで、どうせ王室を抜ける人間なのだからと興味を持たないでくれるならそれで良い。しかしエクスの黙秘に別な意図があるなどと勘ぐられでもしたら、事は大きな問題に発展しかねない。クラレッドの手紙にある通り魔族と所帯を持った事を信じたのだとしたら、エクスの態度は魔族を庇っているようにも捉えられかねないのだ。
 仮にも魔族を束ねる魔王を討伐し勇者の称号を下賜したエクスに対して、重い罰を科すような事は無いと信じたい。エクスが裏切ったような印象を世間に与えでもしたら、それに対する混乱はどれほど大きいものになるか想像もつかない。王室として納得がいかなくとも、混乱を避ける慎重な判断を選択すると願いたい。
 きっとエクスは渋い顔をされながらも咎めも無く解放されるだろう。そう三人は願いながら待ち続けていたが。
 エクスは、遂に夕方になっても部屋へ戻っては来なかった。
 やはりまずい状況に陥っているのだろうか。そんな空気が三人の間に漂い始めた時だった。不意にドアが外からノックされゆっくり開けられる。一瞬、三人はエクスが戻って来たと思ったが、ドアの開け方が明らかにエクスと違っていたため、引き続き不安感と緊張を胸の内に留めた。
 現れたのはデルバートだった。彼は三人が居る事を確認すると、
「皆様、エクス様はまだお時間がかかるようですので、先にお帰りになられるようとの事です。王都も久し振りでしょうから、お会いになりたい方もおりましょう」
「まだ? あれだけの報告に、まだ時間が?」
「左様にございます。何分、表沙汰に出来ない繊細な問題であることは皆様も御承知のはず。どうかお察し戴きますよう」
 それは、エクスの戻りに時間がかかる理由がその繊細な問題にあるという事だ。つまり、エクスはこちらが危惧していた通りの状況に陥ったのだろう。だが、それなら何故自分達はあっさり帰されるのか。幾らエクスが三人は関係ないと言ったところで、それを額面通り信じるとは思えないのだが。
「もし証言内容が不十分であるとしましたら、あたし達で補足説明をさせてもらっても良いですが」
「本日の所はそこまでの必要性はないと仰られております。皆様にはそれぞれしかるべき所へ迎えの御連絡をさせていただきました故、到着次第随時お帰りになって下さい」
 デルバートの一方的な物言いは、むしろ三人をすぐにでも離宮から追い出したいように捉えられる。しかるべき所とは三人がそれぞれ所属する組織のことだが、まるで追い出すかのような手配をするのは本当にエクスとは無関係だと思われているからだろうか。
 更に食い下がりたいが、あまり意固地に食い下がった所で状況は悪化する可能性の方が高い。この場は素直に従って状況を見る他ないだろう。