BACK

「はあ!? 反逆罪って……はあ!?」
 一年近くぶりに父親と再会したレスティン。二人は馴染みのレストランにある個室で久々の夕食を取っていたのだが、その談笑の最中に飛び出してきた言葉にレスティンは思わず大きな声を上げた。
「こらこら、レスティン。はしたないじゃないか、そんな大声出して」
「あ、うん……。いや、でも、どういうこと? エクスが反逆罪って!」
「だからね、王室から直接書状が来たんだよ。勇者エクスは忠誠の義務に違反したため反逆罪を認定する、よって今後ギルド連合はエクスとの関係を断絶すること。そういう内容でね」
「まずさ、ギルド連合の長は世界中のギルドを束ねてる訳でしょ? たかだか一為政者の要求に素直に従う理由なんかある?」
「逆らう理由もないんだよ。こちらにエクスを庇い立てするメリットはあるのかい? 仮にエクスの無実を訴え正当性を世間に認めさせたとして、王室のメンツを潰すだけなんだよ。王室を敵に回してしまったら、この国では生きていけないさ」
「拠点機能を移せば済むだけの話じゃない!」
「それでもね、ここ王都サンプソムはママとレスティンと暮らした大切な思い出のある場所的だからね。赤の他人のためにリスクを天秤にかけるような事はしたくはないよ」
 レスティンは父親の言葉は半信半疑だった。そもそも二人が最初に暮らしていたのはサンプソムではなかったこと、そしてこの界隈の市場の大きさと旨味はレスティンも仕事に関わる中で良く知っているからだ。
 あれほど勇者エクスを自分の息子に、議会での強い旗振り役にしたいなどと息巻いていた父が、まさかここまでの手のひら返しを見せるなんて。父親の身の振りの早さは家族に裏切られたような気分にさせられ、レスティンは大きな動揺を隠しきれなかった。
「それにさ、今だから言える訳だけど。レスティンはそもそも結婚なんてしたくなかったんだろう? 大好きな父親に言われて嫌々だったというのはちゃんと分かってるつもりだったよ。だったらこれで良いじゃないか。もうエクスとは関わらなくて済むし、結婚自体無くなる訳だからね。それともまさか……エクスとはもうそういう関係に?」
 父親が恐る恐る訊ねて来る。その弱腰に見える態度から、これが強い反撃が出来るタイミングだと勘違いしたレスティンは、勢いのまま思いついた事を口にする。
「あ、ああ、そうよ! もうエクスとはラブラブな仲なんだから! 他の二人には悪いからこっそりやってるけど!」
「ええ!? まさか、そんな」
「そういう事だからね、ワタシはもう止まる気も従う気もないから!」
 はっきりと落胆の色を見せる父親を、レスティンは勝ち誇った態度で見下ろす。だが、
「……なんてね。レスティン、そんな嘘をついた所でパパには分かるよ。どれだけキミのパパをやってると思うんだい?」
「えっ、う、嘘じゃないし!」
「そういうのはもう良いから。けど、これ以上エクスと関わるのが危険な事だと分かった上でそんな嘘をつくのなら、しばらくは頭を冷やして貰わないといけないかな。郊外の別荘に行って貰って、パパが許すまでは外出は禁止だ」
「パパ! ワタシはね―――!」
「レスティン、分かってくれ。今エクスに関わるのは本当に危険なんだ。これも可愛い娘のためにパパが断腸の思いで決断したんだよ」
 これまで父親には二度ほど別荘に監禁されて、世間から隔絶した生活を送ることで反省を促された事がある。一度目は父親の大切な仕事の邪魔をした時、二度目は勝手にギルド連合のお金を運用して失敗した時だ。どちらも半月ほどの監禁だったが、反省を促すには十分すぎるほどの退屈だった。けれど今回は、そんなお仕置き程度の目的では済まないと、父親の毅然とした態度からそれが窺えた。
 しかしレスティンもただ黙ってはいられなかった。
「おかしいと思わないの? あのエクスが突然反逆罪だなんて! 第一、裁判も無しに昨日の今日で罪が確定とか絶対おかしすぎる!」
「いいかい、レスティン。正しいとかそうじゃないとか、そういうのはあまり大事じゃないんだ。本当に大事なのは、誰と仲良くし誰と敵対するのか。もうこれ以上は言わなくても分かるよね? レスティンには将来ギルド連合を運営する時に困らないだけの知識と経験も積ませているのだから」
 魔王討伐を成し遂げた勇者エクスと、アリスタン王朝。どちらを敵に回すかという考えは時勢によるかも知れない。ただ今言えるのは、魔王は不在で魔族との戦いも縮小傾向にあり、エクスのような個人の武力はさほど世界から求められていないという事だ。だが、だからと言ってエクスを排除するのにこんな強引であからさまな手段を取る意味が理解出来ないし納得もいかない。そもそもエクスを除く理由は何なのだろうか。
 おかしい。理解できない。納得がいかない。レスティンの中に強い感情が複雑に入り混じる。
 父親は言った。必ず自分を幸せにしてみせると。
 だけど。
 これは本当に、幸せに繋がるのだろうか? エクスはこれ以上利にならないと切り捨てる事に、自分がこの先ずっと後悔も後ろめたさも抱かないとはとても思えないのだ。