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「それで、これから大事な話するんだけど。大丈夫? 頭入る?」
「大丈夫。ワタシ、ちゃんと頑張るから……!」
「なら良いんだけど……」
 泣きはらした顔でも力強い返事をするレスティンに、訝しみながらもドロラータは話を始めた。
「まずは現状の話。あたしらはエクスの反逆罪に対して静観している事になってるワケ。あくまで世間的にはね。みんなそれぞれ上司から関わるなって釘刺されてるだろうけど、それは誰も知らない事だからね。なので静観という事は黙認、エクスの反逆罪は正当であると暗黙に認めていると世間には思われているワケで」
「……だから、実は黙認なんかしていない、ワタシらは断固抗議するって訳でしょ? 大声出して世間に主張すると。やってやろうじゃないの! うわあああ! やってやる!」
 そう叫んだレスティンは自らを鼓舞するかのように立ち上がると、景気付けとばかりにテーブルに並んでいる酒瓶へ手を伸ばす。だがそれを予測していたシェリッサは、即座に阻んでレスティンを座らせる。完全に酒が抜けている訳ではないが、この落ち着きのなさはこれまで一人で鬱屈とした日々を過ごしていた反動なのかも知れない。
「あー、その手段は却下。そもそも報道関連は全て媒体ごとギルド連合に押さえられてる訳だし。声を出しても扱ってくれないか、最悪真逆の意味に切り取られるかも知れないからね」
「じゃあどうするの? 各社の主筆とか脅す!? 個人情報なら幾らでも出せるよ! あ、フリーの探偵も何人か知ってるから、弱味も調べさせられるし。お金握らせれば、軽犯罪までやってくれる人脈だって」
「そうじゃなくて。これは世間に向けて、あたしらが行動で抗議する事に意味があるの。あたしは魔導連盟、レスティンはギルド連合、シェリッサは聖霊正教会。それぞれの組織の方針に従わさせられてるから動けないワケで。じゃあさ、いっそ抜けてやろうって話」
 すると、レスティンには余程想定外の案だったのか、驚きで目を見開き眉間にしわを寄せた。
「抜けるって……なんか気軽に言うわねアンタ。自分達の後ろ盾とか何もかもと絶縁するって事でしょう、それ。分かりました、はいそうしますって簡単に決められるものじゃ……」
 シェリッサもまたレスティンと同じ表情をしている。
「それに、エクス様をお諫め出来なかった引責という言われ方もされかねないような気がします。私達が抜ける事に対して、世間が騒がないような何かしらの理由付けは必ずするでしょう。行動自体は何の声明にもならないと思いますよ」
「あー、大丈夫。脱退は前振り。所信声明みたいなモンで、本命はその後。むしろそういう見当違いの話題を振り撒いて貰った方が、後々反響が大きくなるし。本命は、あたし達でエクスを無理やり脱獄させることだから」
「え、脱獄!?」
「そう。まともな手段で釈放させる方法なんてあるワケないんだし。ま、脱獄って言うよりむしろ誘拐かな? エクスの事だし、どうせ脱獄なんて了承する訳ないもんね」
 脱獄、誘拐。全く予想外の提案に、レスティンとシェリッサはただただ驚くばかりだった。だがそれも束の間、すぐさま実際に行動に移した場合の状況を試行錯誤し始める。ドロラータの提案はあまりに奇抜過ぎるが、少なくともまともな手段での現状打破が不可能なのは、二人とも理解している事だった。
「責任を感じて、とか作り話が広められた所で脱獄劇をやらかす訳だからね。世間は真実はどうなんだって騒ぐ訳でしょ。好き勝手あることないことも言われるだろうし、そうなると困るのはどこになるのか分かるよね。簡単に火消しも出来なくて、しばらくは掛かりっきりになるはず。それで混乱している内に国外にでも逃亡しましょ」
 まだ方針の段階であるため計画の雑さは否めないが、ドロラータの話す内容には一考の価値はあった。死罪の刑を甘んじて受けるエクスを救出するには、これくらいの突飛さが少なからず必要なのだろう。
「成功するかどうかはともかく……その手段ではエクス様の名誉は回復出来ないのではないでしょうか」
「仕方ないよ。他にエクスの命そのものを守る方法がないんだし。ここは名よりも実を取るしかないね。実があるからこそ名を取り返せるんだから」
 作戦として大筋は悪くなく、詳細をもっと詰めて練り込めばうまくいく可能性がなくもない。そんな予感をさせるドロラータの提案である。けれどレスティンはまだ引っかかる部分のある表情だった。
「脱獄させるとして……組織を抜けるまで必要?」
「最初に言った通り、報道との落差で混乱させるのもあるけどさ。こうすると本気度が伝わりやすいでしょ、特にエクス相手には。あたしらを巻き込みたくない意図は分かるけど、こっちも退路絶って引き返せなくなってること分かって貰わないと、土壇場でも反対してくるでしょ絶対」
「まー、そうなんだけれど……」
 レスティンはギルド連合を抜ける事に躊躇っている。そんな様子だった。それは無理もない事だった。ドロラータもシェリッサも属している組織に身内はいないが、レスティンの場合はギルド連合の長が実の父親であるからだ。それも自他共に認める過保護な親である。エクスの脱獄のためにギルド連合を抜けるという事は、父親とも絶縁するに等しい事なのだ。
「まあそこまでやると説得も無理と判断して、あたしらも古巣が初手から殺しに来るかもね。だからなるべく大事にスキャンダラスに炎上させて初動を鈍らせないと。そういう脱獄プランが必要ってワケ」