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「シェリッサ? どうしたの、急に」
「お二人があまりにエクス様のお気持ちを蔑ろにしているように思いましたので。エクス様の事は私にとっても他人事ではありませんから、きちんと提案をさせて戴きます」
「いや、気持ちって。別にエクスの事を蔑ろにしてるんじゃないよ? ただ、今はとにかく手段なんか選んでないで命を助けなきゃって」
「私はそうは思いません」
 普段は日和見の意見が多いシェリッサが、二人に対してこうも真っ向から否定的な発言をするのは非常に珍しい事だった。しかも今のシェリッサからは、提案させてとは言っているものの自分の意見を何が何でも押し通そうとしている気迫が感じられる。二人はその気迫に圧されて思わず黙り込んでしまった。
「良いですか? エクス様が私達を遠ざけたのは、危険に巻き込みたくないからという優しさからです。私達はその好意を無碍にしてエクス様をお救いしようとしているのです。その時点で既に、エクス様のお気持ちを踏みにじっている。それは分かりますね?」
 シェリッサの視線がドロラータとレスティンへ順番に突き刺さる。二人は声を詰まらせたままこくこくと頷いた。
「では、裏切られたエクス様が私達を前にしてどう思うのか、それを考えた事はありますか?」
 今度はシェリッサの視線がレスティンに留まる。回答を求められている。そう直感したレスティンは恐る恐る口を開く。
「えっと……どうしてこんな危ないことを? 今からでも遅くないから早く戻りたまえ……とか?」
「そうです。エクス様にとっては私達を遠ざける事が最適解なのです。ですからそこで、従うまで動かないと食い下がった所で態度を硬化させるだけなのです」
 エクスがどういった性格をしているかは、これまでの旅を通じて良く理解しているつもりである。エクスは基本的に自分が正しいと思った事を貫き通す性格である。そしてそれが無茶な事であっても、生まれ持ったずば抜けた身体能力で何とかしてしまい、それを創世の女神の加護だと思い込むのだ。
「でもさ、エクスだってそういう膠着状態になったら誰も得しないって事くらい分かるはずだよ。だからエクスは折れるんじゃないかって」
「いいえ、お二人は何も分かっておりません。エクス様がこれまで自ら折れた事がありますか? 納得できない事でもすぐ自分を曲げて素直に従いますか? それが出来る方なら、そもそも牢に入れられるはずはないんですよ」
 エクスが意見を変える理由はたった一つ、自分が間違っていたとはっきり自覚させられた時だ。完膚無きまでに論破しなければエクスは絶対に自分を曲げない。つまり、仮に己を人質に牢の前で居座った所で、エクスは自らの意見を貫くための強引な手段を取るだけなのだ。
「じゃ、じゃあ、それじゃあ、エクスはワタシ達がどう説得して食い下がっても絶対に折れない?」
「私はそう考えます。むしろあの方の事ですから、力ずくで私達を追い払った後に自ら牢へ戻りかねません。そして私達に暴力をふるった事に深く傷付くでしょう」
 そしてドロラータとレスティンは再び黙り込む。シェリッサの言うようなエクスの滅茶苦茶な行動は、言われて考えてみれば十分にあり得る反応だからだ。
 手段を選ぶ必要はない。とにかく確実な方法でエクスを脱獄させる。そう考えていたのだが、むしろ手段は選ばなければならない。エクス自身を動かす方法でなければ、本人が牢に居座り続けようとするのだ。
「そうだろうとしても、エクスを脱獄させるしか方法が無いのは確定じゃないの? 今更別の手段なんて考えてられないでしょ。提案ていうのは、説得する別の手段があるから?」
「いえ。私は、説得以外の方法を試みたいと思います」
「説得以外? 力ずくは無理でしょワタシらじゃ」
 エクスには魔法や毒に強い耐性がある。ましてや腕尽くなど何人で束になったとしても到底敵わない。では、それほど強いエクスを説得以外でどう動かそうと言うのか。
 するとシェリッサは、いつになく鋭い眼差しで話し始めた。
「そもそもエクス様は、その気になればいつでも自力で脱獄など出来るのです。ですから、私達がエクス様をその気にさせれば良いのです」