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 久し振りに手にした自分の剣を、レスティンはじっと見つめながら丁寧に磨いていた。日も沈み、外はすっかり夜の帳が降りている。窓から見える正面口には、相変わらずギルドから派遣された男達が詰めていてレスティンが外出する事を阻んでいる。だが既に裏口から出入りするルートは確保済みで、必要な装備はそこからこっそり手配をしている。何者にも露見せず、静かに着実に計画の準備を進める事が出来ていた。
 決行前日。遂に明日はエクスの脱獄作戦を実行へ移す。それは言い訳の利かない明確な犯罪行為であるのと同時に、父親との決別も意味する。成功するにしろ失敗するにしろ、明日で自分の人生は大きく変わる。その重圧がずっしりとのしかかって来るのだが、レスティンは不思議と自分が落ち着いているのが分かった。今までどこか漠然と浮ついた気持ちで生きていた自分が、本当の意味で覚悟を決められたからだろうと、そう自分の心境を分析する。
 自分の役割は、基本的に直接的な戦闘になる。ドロラータもシェリッサも武器を持った戦いは出来ない。作戦として積極的な戦いをする訳ではないにしろ、多少の衝突は絶対に避けられない。そこで自分がちゃんと戦えなければ、それだけで作戦は失敗する。とても重要な役回りだ。
 装備は機動力を重視した軽装が中心である。武器は使い慣れた剣、その他副武装は最小限に留め盾も持たない。鎧も使わず、チェインメイルを鎧下の上に着込むのみ。戦うにしても如何に被弾を減らすか、その上で二人を守るか、それが重要な課題だ。
「よし、こんなもんかな。後は、最後にもう一度二人と連携についても摺り合わせておかなきゃ」
 ふとレスティンは、エクスと旅をしていた時はここまで三人での連携を綿密に打ち合わせた事がなかったことを思い出した。互いの得意不得意は知っているためそれとなくフォローはしていたが、予め決めておいた事でもなく、合図も何も打ち合わせのないほとんどアドリブに近かった。そんな拙い連携でも何とかなっていたのは、取り敢えずエクスが居れば何とかなるという安心感からだ。だが今回は違う。そのエクスを救出するための戦いなのだ。失敗は出来ない。だから、想定出来る事態と対策は出来るだけ多く三人の間で共有しておかなければいけないのだ。
 そろそろ夕食の時間である。部屋に運び込まれる前に広げた装備品を片付けておかなければ。そう思っていた時だった。
『あら、旦那様? 突然いかがされました?』
 一階の玄関から使用人の声が偶然聞こえて来る。そして彼女とは違う足音がずかずかと足早に階段を昇って来るのが分かった。
「まさか―――!」
 父親が様子を見に来たのだろうか。寄りによってこのタイミングに。ここへ閉じ込めてから一度も顔を合わせに来なかったのに。
 レスティンは慌てて装備品をかき集め、タンスの裏やクローゼットの天板の上へと隠す。父親は当然明日の計画の事を知らない。ここにあるはずのない装備品があるのを見つけられでもしたら、間違いなく執拗な詮索を受けて計画に支障を来たすだろう。
 足音はどんどん部屋へ近づいて来る。明らかに足取りが普段より早かった。レスティンは更に焦った。単にいつもの調子で寂しがっていただけかも知れないが、自分のしている事を既に掴んでいて問い詰めに来た可能性もあり得る。
 一体どちらか。
 寸前の所でどうにか隠し終えたと思った瞬間、部屋のドアがノックもの無しに開かれた。まず目に付いた、自分を世界で一番甘やかしてくれる父親の険しい表情。これでどちらの理由で訪れたのかがはっきりした。
「あっ……急にどうしたのパパ?」
「レスティン、言わなくても分かるよね」
「うーん、言われなきゃ分かんないなあ。やだ、どうしたの? そんな怖い顔して。あ、そろそろ謹慎も解いてくれる?」
「いや。返答の如何によっては、もっときつい罰を与えないといけなくなるかな」
 これほど険しい表情と厳しい口調の父親は、レスティンが覚えている限りでは産まれて初めての事である。明らかに確信を持った様子だ。
「何やら、エクスの居所を調べさせたそうだね? それに、謹慎するのに武具類なんて必要無いと思うんだけれど。念のため話くらいは聞いておくよ。一体、何のためにそんな事をしたのかな?」
「な、何のためって……えー、急にどうしたの?」
 すると父親は、おもむろに屈み込むと床から何かを拾ってレスティンへ見せ付ける。
「言い逃れは出来ないって、ちゃんと確認しないと駄目だったかな」
 それは携帯用のダガーだった。主に投擲や使い捨てのナイフ代わりに使う物である。当然だが、謹慎中の身に全く必要ではない。
 これは、本当に言い逃れが出来ない。言い逃れは出来ない、しかし露見させる訳にもいかない。事の露見は必然的にドロラータとシェリッサを巻き込んでしまうからだ。
 ならば、取れる道は一つだけである。
「ワタシが何をしたってワタシの勝手じゃない。いつまでも子供扱いしないで」