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 長年剣を交えて来た相手であるためか、木剣を構えて相対するとレスティンはある直感が頭をよぎった。剣の戦いで勘を頼る事はなく、頭をよぎっても都合の良い甘えた考えとして頭の隅へ追いやるのだが。その時のレスティンは、不思議と自らの体を直感のまま動かす事に何の疑問も躊躇いもなかった。
 父親は中段に構えた木剣を踏み込みと同時に上段に構え直し、鋭く空気を切り裂くような音と共に打ち下ろして来る。それを前にレスティンは、木剣を構えたままの姿勢を保ち微動だにしなかった。父親の切っ先は鼻先を掠めるように振り下ろされる。それは間合いを誤った訳ではなかった。振り下ろされた木剣はぴたりと止まると、すぐさま手首を返してレスティンの足を薙ぎ払いにかかった。これが本命の攻撃であり、最初の打ち込みは初めからフェイントだったのだ。
 脛の骨を狙い襲い掛かる父親の木剣。レスティンが直感していたのはまさにこの一連だった。レスティンは正面を見たまま自らの木剣を下段に払うと、そのまま木剣をぐるりと回して父親の木剣を巻き取ってしまう。
「あ」
 父親が短く声を上げた直後、木剣は既に手から跳ね飛ばされていた。そしてレスティンの木剣が父親の左肩へ叩き込まれる。肉を打った音だけでなく、鈍く低い音が木剣を通して伝わって来る。反射的に木剣を握るレスティンの手のひらに冷たい汗が滲み出た。
「ううっ……!」
 あまりの衝撃に父親は思わずその場に膝を付き、打たれた左肩を押さえた。
 最初、何が起きたのかまるで理解が出来なかった。父親はレスティンが完璧に反応出来ない速さで一連の動作を繰り出していたと確信していた。それなのに、レスティンの木剣は自分の木剣を奪った挙げ句、無防備な左肩を強打した。あまりの激痛に立つことが出来なくなっていた。ただの打撲ではなく、鎖骨が折れているかも知れない。この激痛の前にはすぐに立ち上がる事すら出来なくなっていた。
「ワタシの勝ちだね。ちゃんと約束は守って貰うから」
 うずくまる父親を、出来る限り無表情で見下ろすレスティン。なんて非情な事をしているのかと自責の念が強く込み上げて来る。すぐに父親へ駆け寄って手当てをしたい、そんな思いすらあった。しかし今は親子の情でも振り払わなければならない。
「うう……どうしてだい、どうしてパパの太刀筋が分かっていたんだ」
 父親は呻き声の混じった声でレスティンへ問い掛ける。だがそれは単に勘としか答えようがなかった。普段ならすぐに振り払う自分に都合の良い想像が、今回だけは強く自分を突き動かしたのだ。父親は真っ向から勝負して来ない。不意打ちを仕掛けてくる。そう直感したのだと、ただその一言に尽きる。
「どうして? それはワタシが言いたいこと。パパこそ、どうして不意打ちなんかしたの? 小手先の技なんか頼らないでいつものように真っ向勝負をしていれば、勝ったのはパパだったのに」
「それは……久し振りでレスティンの実力が分からなかったから、様子見のために」
「ワタシの実力が分からなくて正攻法で勝つ自信がなかったから、不意打ちで勝ちを掠め取りたかったからなんでしょ? 様子見で不意打ちなんて危ないからするなってワタシに注意したの、そもそもパパの方じゃない」
 レスティンの問いに父親は答えなかった。そしてそれが肯定であると捉えたレスティンは、ぎゅっと強く唇を噛んだ。込み上げて来るのは悔しさだった。今の一合ではっきりと分かったのだ。父親は自分が知っている時よりも遥かに弱くなっていることに。
 ああ、そうか。ようやく分かった。不意打ちを仕掛けてくると直感したのは、相対した時に昔ほどの覇気を、本当は感じられなかったからなのだ。
「最近のパパと一緒だよ。正面からぶつかるのは疲れるからって、自分が疲れないよう策ばかり弄してさ。エクスの事だってそう。政敵と真っ向から勝負するのは大変だから、手っ取り早くエクスの影響力を使いたかったんでしょ」
「そうだね……まともにやるのが億劫になったから、自分が疲れないようなやり方ばかりしていたから、パパは本当に弱くなってしまったんだね」
 そう寂しそうに、自虐的な口調で話す父親の姿に、いつの間にかレスティンは汗ばむほど強く拳を握り締めていた。
「昔、パパが自分で言ったじゃない! 正しい心の持ち主は、絶対に負ける事はないって! パパは……今のパパは違うんだよ! 後ろめたさだって少しくらいあるんでしょ? 後ろめたさのせいで人は負けるって、だから正しいと思えることをしなさいって、自分が言った事なんだよ! どうして自分で気付かなかったの!?」
「そうか……パパは本当に駄目なパパだ。可愛い娘に、そんな大事なことを思い出させて貰うなんて」
「ううっ……」
 レスティンはぎゅっと拳を握り締めたまま涙を堪える。
 パパは全然駄目じゃない、世界一のパパだよ!
 けれどその言葉はぐっと腹の奥底へと飲み込んだ。