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「ははーん……思ったより目敏いか」
 夕食を済ませ支部の自室へ戻ってきたドロラータは、部屋のドアに貼り付けられた便箋を見て口元を歪ませた。便箋を手に取りながら自室へ入り、ソファに体を沈めつつ封を乱暴に破って中身を読む。そこには本部中庭へ直ちに出頭するようにとだけ書かれていた。末文には長老達の連名でサインがされている。それはドロラータが知る限り魔導連盟で最も強制力のある署名だ。魔導連盟会員にとっての勅書と言っても過言ではない。その分、おいそれと出されるものでもないのだ。
「……行くしかないか。下手に拒否したって、明日の決行に差し支える訳だし」
 長老達の署名に逆らうのは、魔導連盟の除名や追放の十分な理由になる。だがそれは表向きの処罰である事も知っている。魔導連盟を仕切る長老達は、基本的に自らの方針に従わないばかりか著しく害を為すと判断した者には、内々の処分を下す。内容は噂でしか伝わっていない。強力な呪詛をかけられる、記憶や人格を破壊する禁呪を施される、そもそも死体も出ないよう抹殺される、等々。いずれも物々しい内容だが、恐らく幾つかは過去に実際に行われていたとしてもおかしくはない。魔導連盟の数少ない掟、長老達に逆らわない事は、何より優先される鉄の掟なのだ。
 ドロラータは手紙を丸めて魔力の炎で燃やすと、早速出掛ける準備を始める。とは言っても、ほとんど用意すべき物はない。今後必要になる荷物はレスティンの用意した秘密の拠点へ移した後である。それに仰々しい格好で現れるのは、こちらの警戒心を悟られる事にもなってしまうのだ。
「とは言え。あそこの中庭なら好都合」
 そう呟き、ドロラータは袖の長い上着を着込んで自室を後にする。
 通りに出て馬車を捕まえると、魔導連盟の本部へ真っ直ぐ向かう。例え会員でも本部は自由に出入り出来る訳ではないが、受付は既に知っている風にドロラータを素通りさせた。そして更に不信感を煽るかのように、本部内から驚くほど人の気配が無くなっていた。長老達が事情を知らせた一部の人間を除いて人払いさせているのだろう。そこまでやるかと苦笑いしつつ、ドロラータは無人の廊下を進んで行き指定された中庭へと出る。するとそこには、薄暗がりに
うっすらと浮かぶ数名の人影が待ちかまえていた。
「ドロラータ、呼ばれたので来ましたよ。今度の雰囲気出しは屋外ですか。ったく、相変わらずそういうの好きですね」
 悪びれもせず堂々と普段の態度で話すドロラータ。しかし流石にこの場の張り詰めた空気と緊張感から、そう軽い話で済む用事ではない事は窺い知れた。
「単刀直入に聞く。ワシらはお前に二度とエクスと関わるなと言ったはずじゃが、影でこそこそ動いているのは意に背いているからじゃな?」
 確信に満ちた口調。これは誤魔化し切れないようだ。そうドロラータは観念する。
「そうですよ。ってか、今更じゃないですか? そもそもエクスと繋がってあわよくば子供も作れって言ったのはそっちでしょ。時勢が変わったから縁を切れって、そう簡単に切り替えられますかって。それについてお咎めしたくて呼びつけたんですか?」
「別にそんな事は構わん。やるなら勝手にやれば良い。お主を破門にして、うちとは関係のない輩がやりましたと弁明するだけじゃからのう。ワシらに隠れてこそこそ何をやろうと興味などないわい」
 脱獄の事を知っていて、あえて放置するとは。黙認と言うよりは、単に魔導連盟の害にならないように出来るなら構わないという切り捨てである。
「……あっそうですか。で、それならどうしてわざわざ呼びつけたの? ってか、今誰が喋ってんの? 話しにくいんですけど」
 数名の人影を順に眺めながら不満げに語るドロラータ。だが彼らはあくまで姿を見せようとはしなかった。そのせいで今一彼らの心境た感情の温度が計る事が出来ない。
「ドロラータ、お主は魔族と繋がっているようじゃな」
「は? 何を急に言い出すかと思えば」
「とぼけても無駄よ。今日届いたばかりの、お前の手紙の相手じゃ。わざわざ魔族らしい魔力の波長を込めるのはサインの代わりか? ワシらがそれに気付かぬ訳がなかろう」
 あの手紙、魔族の元軍監エリノーラからのものである。それを示すために微量に魔力が込められていたのだが、届けられる過程で誰かに気付かれてしまったらしい。魔族の方が魔導士としては格上だと思っていたが、魔導連盟でも上位層はそうとも限らないようである。
「そっちが本題ですか」
「そうともさ。魔族とどういう繋がりかは知らんが、手紙を送ってくるなら全く知らん赤の他人という訳でもあるまい」
「で、だったら何です? 魔族と繋がる裏切り者は粛正? サッと本題だけやって下さいよ」
「お前、今度はその魔族とはもっと親密に繋がって来い。そして魔族の魔導の技術を少しでも多く流して来るんじゃ」