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「で、こいつら全員で襲わせて殺してしまうぞって脅しをかけたいワケ。小娘一人に随分慎重と言うか念入りと言うか」
「一山幾らのナイフで脅すのは小者がすることよ。物の道理を知らぬ輩には、どう頭を捻ろうと決して敵わないと思わせなければならぬのだ」
「ハッ、おめでたい年寄りね相変わらず。あたしがわざわざ無策で呼び出しに応じたのを何も思わないなんて。ちょっとボケてるんじゃないの?」
「何を―――」
 ドロラータの意味深で挑発的な発言を訝しんだ直後だった。突如周囲を包むほどの大きな閃光が走り、鼓膜を震わすような轟音が鳴り響いた。それはまるで落雷を間近で見たかのようだったが、無数の星々が煌めく夜空には雷雲どころか雲一つ浮かんでいない。
「ドロラータ! 貴様!」
 取り分け一番右端の長老が激しく激高している。それは、彼のすぐ近くにあった木が真っ黒に焦げ未だ燻っているからだ。
「ワシに魔法を向けおったな! もはや言い訳は通用せぬぞ!」
「あたしじゃないわよ。第一、誰が魔法使ったくらい辿れるじゃない」
 その言葉に、場の魔導士達が俄かにざわつき始める。ドロラータが魔法を使っていない事は間違いがなかった。これだけ派手な魔法を使っていながら、ドロラータから魔力の気配がなかったからだ。
「魔法を使った気配など、幾らでも消す手段はあるじゃろうが!」
「この状況で、なんであたしがわざわざそんな面倒なことする必要あるっての。姿晒してるのに魔法だけ隠す理由は何よ」
「だったら―――!」
「言ったでしょ。わざわざ無策で呼び出しに応じるかって」
 ドロラータはゆっくりと右手を掲げると、今度は左端の木を指差す。すると今度はその指差した木が突然発火して赤々とした火柱を上げた。煌々と燃え上がる、明らかな魔力の炎である。
 今度は火の魔法、それも人の背丈よりずっと高い木が一瞬で炭になるような規模である。無防備な所へ不意に食らえば確実に死ぬ威力、そんな魔法をこれで二度も威嚇の目的で放たれたのだ。全くそれを行使した素振りを見せずに。
「ほら。今のであたしが魔法使ってないのは分かったでしょ? こんな小娘の隠行が見破れないほど耄碌してるってなら話は別だけど」
 一同が揃って息を飲む。今度は確実にドロラータの魔力の流れを見張っていた。どんな隠蔽をしようとも、これだけの実力者達の目を全て誤魔化し切る事は絶対に出来ない。にも関わらず、ドロラータからは全く魔力の気配が無かったのだ。
 ドロラータは魔法を使っていない。ドロラータは無策で呼び出しに応じた訳ではない。これら二つの事実を重ねると、新たな可能性が浮上して来る。
「まさか……この中の誰かが裏切っている?」
「正解。魔導士っていいよね。判断基準が損得で忠誠心なんてこれっぽっちもないから、技術か金かで簡単に買収出来ちゃうし。あ、今回は金ね。あたしが悪い友達から大金貰ってるの、どうせ知ってるでしょ?」
 魔導士達のざわめきが更に大きくなる。この中の誰かがドロラータに買収されている。その事実を即答で否定が出来ないからだ。自分は買収されていない、だが金額によってはそれもやぶさかではない。そしてそんな金額を提示された人間がこの場に居る。誰もが同じ事を考えたからだ。
「誰じゃ裏切り者は! こんな小娘に唆されおって!」
「幾ら握らされたかは知らぬが、魔導連盟に逆らうのがどういう事か知らぬとは言わせぬぞ!」
「だーめだめ。知ってるからこうやってこっそりやってんだから。みんな普通すっとぼけるって。あ、それと。買収したのは一人じゃないから、バレ難いと思うよ。お願いしたのは適当に攻撃してってだけだったけど……この場にいる日頃から気に入らなかったやつをどさくさに紛れて始末出来るチャンスだね。あたし、そういうのまでは咎めないよ。やりたきゃやっちゃって」
 日頃から気に入らないやつを、混乱に乗じて報復すればいい。この言葉に最も反応したのは集められた魔導士達ではなく長老達だった。長老達は傲慢に振る舞う反面、自分達が恨みを買っている自覚はあったからだ。
 魔導士達も落ち着いてはいられなかった。買収などされていない自分には無関係だったはずが、恨みを買っていればどさくさに紛れて攻撃されるかも知れないからだ。そう、魔導士達は買収の有無に関係無く攻撃の動機を持たされてしまった。
「おい、待て! お前ら余計な動きをするんじゃあない!」
 長老の一人が勝手な高度を制しようとする。しかし既に広がってしまった疑心暗鬼の念は、魔導士達をたちまち衝突させる。
「お前! 今、魔力を使おうとしなかったか!?」
「俺はただ防壁を用意していただけだ! 馬鹿共の小競り合いで巻き添え食っちゃたまらないからな!」
「ふざけやがって! 俺は金なんて貰ってないがな、お前を殺してやってもいいんだぞ!」
 疑心暗鬼に駆られ、互いに疑い罵り合いを始める魔導士達。長老達はそれを何とか鎮めようとするが、矛先がいつ自分達へ向けられないかと懸念するせいでいつものように強い言葉を使って制する事が出来なかった。
「やれやれ……本当に馬鹿な連中」
 そう溜め息をつくドロラータを、誰もが気にかける余裕を無くしてしまっていた。
 あの魔法は厳密には魔法ではない。タネのある仕掛けである。予め魔力を込めておき遠隔で起動させる道具。ドロラータが一人で研究し開発したもので、試作品はレスティンからの資金援助で幾つか作成出来たものだ。魔力なら何でも良い訳ではなく出来る事には制限があるのと、同等類似の兵器が既に量産されている。これの利点は、武器に詳しくない魔導士でもある程度柔軟に運用出来る程度のものだ。
 よくよく落ち着いて調べれば、これは魔法ではなく何か道具によるものとすぐ気付けたはずである。しかし彼らは真っ先に、誰かが自分を陥れようとしていると疑ってしまった。そもそも彼ら同士が互いを知る程度でもコミュニケーションを取っていれば、少なくとも買収など有り得ないと気付けたはずなのだ。信頼関係、結束力の無さ、それが原因なのである。
「もっと普段から会話してれば、こうはならなかったのに」
 人と接する事を極端に億劫がっていた自分が、まさかそんな風に思う日が来るなんて。これもエクス達との旅での影響だろうか。
「ああ、分かったぞ! お前だな、買収されてるのは!」
「お前こそ人のせいにするな! ケンカを売る気なら買ってやってもいいんだぞ!」
「上等だ、裏切り者もまとめて皆殺しにしてやる!」
 いよいよ場が沸騰し混乱をきわめて来た。これ以上の長居は無用である。
 ドロラータは初歩的な隠行の術を使うと、誰にも気付かれる事なくこの場から姿を消したのだった。