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「いやー悪いね。急に押し掛けて」
 それはまさにエクス脱獄の決行日当日。シェリッサ定住する聖霊正教会が管理する宿舎の一室には、ドロラータとレスティンの姿があった。二人は昨夜遅くにそれぞれ突然訪ねて来て、そのままシェリッサの部屋に泊まったのだ。ドロラータはシェリッサの淹れたお茶にたっぷり砂糖を入れると、椅子に深々と座り寛いだ姿勢で飲み始める。ドロラータは訪ねて来るや今の今まで眠っていたため、時折眠そうにあくびをしていた。
「いえ、構いませんよ。それで、やはりお二人共それぞれの所と揉めたのでしょうか?」
「そうだね。ま、ウチはエクスの脱獄には興味は無いようだし。丁度内輪揉めするように煽って来たから、少しは動き鈍るよ。そっちは?」
「えっ? ああ、まあ、いや、うん。ギルド連合も多分大丈夫かな」
 答えるレスティンは普段と違ってどこか歯切れが悪かった。それをドロラータは訝しみ眉をひそめる。
「大丈夫かなって。そっちも上司にバレたからここに来たんでしょ? ギルド連合なんか本気で動いたら、片っ端から居場所探しに来るんじゃないの?」
「それは多分、無いと思う」
「なんで? ってか、今日の声ちっちゃくない?」
「えへへ……昨夜さ、パパと真剣勝負して。めちゃくちゃに打ち負かしたから……。パパはもうショックで動けなくなっちゃって」
 レスティンの父親はギルド連合のトップである。そんな人間と勝負をし完膚無きまでに叩きのめしたというのは、ドロラータの破門以上に強く深刻な意味合いでの決別を意味する。それも実の父親が相手である。レスティンの歯切れ悪い様子も仕方のない事だ。流石にドロラータもこればかりは軽率な事は言えないと感じたらしく、気まずそうに黙ってお茶をこくこくと飲み始めた。
「ま、気にしないで。いつかはこうなる事だって覚悟してたし。ちゃんと気持ちも整理しておくから。今夜の事には何も支障はないよ」
 明らかに空元気であるが、半端な慰めはかえってレスティンを気を使わせてしまうだけである。ドロラータもシェリッサも、ひとまずはレスティンのペースに任せる事にした。
「それで、丁度三人集まってる事だし。ちょっと共有しておきたい大事なことがあるんだけど」
 そう言ってドロラータは、昨日受け取ったエリノーラからの手紙を出してテーブルの上に広げた。レスティンとシェリッサは早速手紙の内容を読み始める。するとたちまち表情が訝しみに変わった。
「これは……まさか、あの? クラレッド様の奥様の」
「そう、あのエリノーラ。魔族の元軍人。この手紙にサイン代わりに魔族特有の波長の魔力が込められてるから間違い無いね。まあそのせいで、こっちは要らんトラブル被ったんだけど」
「それにしてもこの内容は……」
「ちょっと驚きだよね」
 エリノーラからの手紙には、俄には信じがたいこと、思わず目を疑うような要請、そんな様々なものが詰め込まれていた。
 まず手紙の冒頭には、エリノーラ達がエクスの投獄を知っている事と、その上でどうにかエクスをこちらへ連れて来れないか、という旨が書かれていた。理由として、魔族の国であるソルヘルムは内戦寸前の状態であり、エリノーラ達は戦力としてエクスを欲しがっているとの事だった。
 ソルヘルムは最高権力者である魔王がいないため、各方面軍が軍閥化し実行支配力によるアピールで新たな魔王の即位を狙っている。複数あった軍閥も小競り合いを重ね大きな勢力へ統合されて来ているが、現在では大前提となる目的で丁度二分している。それは、ソルヘルムの安定を第一にする穏健派と人類軍との継戦を目的とした主戦派だ。この二つの勢力がほぼ互角の力を持っているにも関わらず内戦寸前なのである。互いに大きく損耗してでも直接戦闘で白黒つけたいという事なのだ。
「なんで魔族の連中、今更内戦してんのよ。一応、まだ人類軍と戦争中でしょうに」
「元々全ての魔族が戦いたかった訳ではないのかも知れませんね。魔王に従って嫌々だったとか。エリノーラ様達もそういった方のようにお見受けしましたし」
「手紙の感じじゃ、もうエリノーラ達は穏健派として従軍してるっぽいね。祖国で内戦となれば、もはや脱走兵も何も無いのかな。魔族のそういう合理的なとこは好きだなー」
 とは言え、実際に進んでいる事態はとても合理的ではない。完全に感情論のぶつかり合いである。魔王がいなくなった事で、これまで抑圧され続けて来た物が機会と大義を得て一気に爆発したのだろうか。単なる権力争いにしては、あまりに戦闘そのものが主目的過ぎる展開だ。
「ですが、これがエクス様とどういった関係が? とても冷たい言い方になりますが、魔族の内戦などエクス様の脱獄と何も接点が無いように思いますが。人類側には魔族の政争へ介入する義理も理由もありませんから」
「前も言ったけど、エクスの脱獄にはエクスの心を動かす理由、大義名分が必要なの。エクスは自分の意思で牢に留まっているんだからね。そこにこの件はうまく使えないかなってこと。それに、あたしらもそもそも脱獄後に行く当ても無かった訳だし。このままエクス連れて穏健派に組み込まれて恩を売って、タダ飯貰うのも現実的だと思うよ」