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 慎重に答える。それは彼らの望む言葉を述べるというよりも、自分の立ち位置を明確にするということ、そしてさらに自分達と同じ側に立つ意思表示を要求している。
 シェリッサには、どうして今になってエクスと決別させる念押しを強要して来たのかが疑問だった。エクスが反逆罪に問われたのも、聖霊正教会がシェリッサに謹慎をさせたのも、随分前の出来事である。釘を刺しておくのなら、もっと早めにしておくのが自然である。今までの間に聖霊正教会にとって不利益な発言をする機会も何度もあったのだ。それとも、他に何か理由があるとするならば―――。
「聖霊正教会全体としては、星読みの方の背教者認定に慎重だったのですね。それで何度も何度も取り下げるよう説得を試みたものの、うまくいかなかった。星読みの方がどのような末路を辿ったかは存じ上げませんが、今度は私にも同じように説得を試みているのですね。私が、何よりも星読みの言葉に従って、勇者エクスに付き添ったのですから」
 シェリッサの推察は概ね正しかった。場に集まった重職者達、そして何よりもトラヴィン主教の表情が急激に堅くなったからだ。
 張り詰めた場の空気、だがシェリッサは普段以上に落ち着いていた。正確な場所こそ知らないが、どこかからドロラータとレスティンが自分を見ていてくれている、今自分は孤立無援ではない、そんな気持ちが不思議とシェリッサを奮い立たせてくれるのだ。
「シェリッサ、ならば多くは語る必要はないだろう。なに、これはあくまで意思表示、君が異端ではない事のアピールだよ。君の信仰心を疑った事は無いが、教団の中には君の信仰を疑う者もいてね。彼らを納得させるためにはあえて言葉と態度で示す事も必要なのだよ」
 そして、その疑念を持つ者というのがここに集まった重職者達なのだろう。
 私が異端であると困る。それが結論だ。ならば、何故困るのだろうか? 背教者に認定する必要があるならそうするまでと、教会側は割り切る事が出来ないのだろうか? 星読みの時のように。
 もし困る者が居るとするのなら。
 ある予感がシェリッサの脳裏を過り、それをそのまま口にする。
「私が……もし仮に、星読みの言葉を未だに信じ続けているとしたら。それが不都合となる方がいらっしゃるという訳ですね。例えば、トラヴィン主教」
「ほう、何故そう思うのかな?」
「あなたは私を司祭に叙聖して下さいました。史上最年少、それも初の女司祭です。それは決して、教会全体から支持された決断だったとは思っておりません。ですから、私が勇者エクスの旅に加わるまでは良かったでしょう。勇者エクスは時の人、人類の救世主、その支えとなる訳ですから。しかし今は状況が異なります。今や勇者も反逆者、檻の中です。その反逆者を支えた私が未だに勇者エクスを支持しているとすれば、トラヴィン主教の評判にも関わるでしょう。私を司祭へ叙聖した本人なのですから」
「シェリッサ、君が不愉快に思うのも良く分かるよ。そもそも君はエクスと結婚させられる事に不満を持っていたのだろう? だが星読みの言葉には従わざるを得なかったから仕方がなかった。けれど、今やその星読みも背教者だ。彼は創世の女神の言葉を騙っていた異端にしか過ぎないのだよ。君は元の生活へ戻れるんだ。望まぬ結婚などする必要もない。確かに今回の事では、君は教会に振り回されてばかりだったから、腹を立てるのも当然だ。でも、もう全て終わった事なのだよ。君の献身については誰もが知る所だ。それに報いるよう総主教にも掛け合おうじゃないか。長司祭くらいなら確実だよ」
「私は見返りを求めません。私の献身は創世の女神様の教えを守るためでしかないのですから。司祭になったのも、より多くの人を助けられればと考えただけで、より上の位階へと登り続ける事が目的ではありません。トラヴィン主教、そもそもあなたの教えではありませんか。位階はさほど重要ではない、如何に人々に寄り添い献身出来るのか。私はその教えがあったからこそ頑張れてこれたのですよ」
「シェリッサ、良く聞きなさい。お務めから離れる事で多少は気持ちは落ち着いたかと思っていたが、やはり君は未だ自失しているようだ。まだ若く未熟な君が若く逞しいエクスに囚われてしまったのは仕方のないこと。けれど、何が正しいのかはしっかり物事を見て聞いて考えて判断しなくてはいけないよ。特に自分が強く固執している時こそ、人の意見に耳を傾けなさい。それが例え耳障りの良くない言葉だとしても」
 恩師の言葉がまるで別人のように聞こえる、そうシェリッサは思った。トラヴィン主教は明らかにシェリッサの返答を誘導し、それ以外の主張を気の迷いだとばかりに矮小化しようとしている。
 トラヴィン主教は自分を通じてエクスとの関わりを持ったばかりに立場が危ういのだろう。エクスと決別させるような言い方も、自らの保身に違いない。保身は決して悪い事ではなく、そうする事も理解出来る。しかしそれでも、受け入れられない事もあるのだ。
「……シェリッサ、少し論点を変えよう。このままでは君までも背教者の認定を免れない。そして君を説得出来なかった私も、背教者にはならなくとも教会内での発言力や求心力も失うだろう。私はね、さほど難しい事は求めていないつもりだよ。ただ口先だけでも、自分はエクスとは関わりたくないと、はっきり宣言するだけで良いんだ。君の心の中までどうこうしようとまで思ってはいないのだ。それでも君はまだ、エクスを勇者と信じると言うのかね? それほどに私の存在は軽いのかね?」
「御期待には応えられません。今の私には、エクス様以外にも厚く信頼する方々がおります。エクス様を私とは違った方法で支え続け、今も無実を信じているのです。共に肩を並べるのに、私だけが信念に背いて半端な言動をするわけにはいかないのです」
「そんな意地のために? 君は一体、これからどうしたいというのだ!」
「私は、勇者エクスは創世の女神様の御加護を受けた方だと今も信じております。そして星読みの相の通り、必ずエクス様と添い遂げてみせます」