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 三人からの伝言が来て以来、エクスはずっと落ち着かない日々を送っていた。離宮地下に人知れず作られている特別監房。そこに世間の目から遠ざけるように隔離されているエクスは、死刑執行待ちの身の上だった。故郷を焼き、世界中へ戦禍を広げようとしていた魔王は既に討ち果たし、役目を終えた自分は創世の女神から授かったものを返すだけである。クラレッドの所在を黙秘した事を反逆罪に仕立て上げられ処刑される事にも後悔はなかった。エクスは、敢えて自分の命に固執する理由など最早残っていないのだ。
 魔王を倒して以降、エクスは世界中を旅して回った。魔王の広げた戦禍の火種がまだ燻ってはいないか、それがずっと気掛かりだったからである。そして実際火種は幾つかあったが、いずれも燃え上がる前に消し止めた。そして更に、魔族が既に戦い自体に嫌気が差し始めていること、人類と魔族の共生の可能性は大いにある事をクラレッドとエリノーラの二人を見て強く確信した。しかも魔族の間には人類以上に強く女神信仰があり、創世の女神は人類も魔族も見捨ててはいない確信も得た。これらを踏まえ、後は自分がどうこうせずとも自然と人類と魔族は和解する、そしてその未来には女神の加護を得た不自然な強さの自分の存在は不要である、そう結論付けたのだ。
 世界の危機に対する責任は果たした。故郷を焼かれ家族や親しい者達を奪われた事に対する恨みも残っていない。勇者である必要の無くなった自分がこの先どのように生きていくのかを想像出来ないのは、何者でも無くなる事が出来なくなったからである。勇者からの後戻りは無い。それだけ加護を受けた身と言うのは特別な事なのだ。故郷も無い天涯孤独の身、だからもう生きていく積極的な理由が無い。大きな流れが自分を死へ追いやろうとしているのなら甘んじて受け入れる。これがエクスが人生最後と思われる瞬間に決めた結論である。
 そう、そのはずだった。
 監房の外からこちらへ近づいて来る足音が聞こえる。監房の中から聞こえるのは常人の耳には判別出来ないほどの足音だが、エクスにはそれがいつも食事を運んでくる看守である事が分かった。
「昼食の時間だ」
 監房の中へ入ってきた看守はテーブルの上に食事のプレートを置く。そして自分は房の入り口近くにある椅子に座った。エクスが食べ終えるまでを監視するためである。
「いつもありがとう。では早速」
 そう言ってエクスは読んでいた本を閉じて食事の前に向かう。直後、エクスの背筋がぶるっと震え動きが硬直した。その仕草に気付いた看守が声を掛ける。
「どうした? 苦手なものでもあったか? 代えは無いから我慢しろ」
「い、いや、好物なんです。これ、ポークソテーとトマトソース」
「そうか。だったらいい」
 エクスは気を取り直し食事を始める。だが遂に来たこの時に緊張するあまり、せっかくの好物もまるで味が分からなくなっていた。
 ポークソテーのトマトソース。これはあの手紙にあった、脱獄の決行の合図である。つまり三人は今夜、自分の脱獄を決行するというのだ。それが一体どのような手段を取るのかは分からない。ただ少なくとも合法的なものではない事は確実である。そしておそらく、三人は所属するそれぞれの組織と決別しているだろう。それほどに致命的な計画なのだ。
「そう言えば、アンタは元々はどっかで百姓やってたんだって?」
「魔王軍に襲われるまでは。山間の田舎にある素朴な村で、色々な作物を育てたり、家畜の面倒を見たり。ポークソテーもトマトソースも村の名物と言えば名物だったかな」
「こんな御時世だ、魔王に故郷を焼かれたなんて話は腐るほど転がってる。アンタの場合、自分で仇を取れた幸せなケースだな」
「ええ、それも創世の女神様の加護のおかげです」
 そんなありがたい加護を受けた人間が、どうして反逆罪を問われているのか。看守はそんな事を口にしかけたがやはり思いとどまった。彼はエクスの反逆罪を明らかに不自然な罪だと疑問に思っていた。こんな場所に拘置されている事も含めて、反逆罪は正規の司法手続きで下されたものではないのは明らかである。だが、こういった事が出来る人物も非常に限られている。そのため下手に探らない方が賢明なのだ。
 しかし。
 もしも正しい方がエクス側だったら、今のエクスの処遇について女神はどのように思うのか。
 そう、看守は保身のために体制側へなびく一方で、創世の女神への篤い信仰を持っていた。