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 震える手で腰に差した剣の柄を掴むマーヴィン。臨時の看守と言えど、囚人の反抗や不測の事態に応じて戦わなければいけない場合、この剣を手に取って挑まなければならなくなる。下手に勘ぐらなければ割の良い仕事だと思っていたが、こんな事態が本当に起こってしまってはそうとも言えなくなる。
 窓越しに外の様子を窺う。火の手は正門のすぐ側で上がっているようだが、様々な怒号が飛び交っているにも関わらず鎮火する気配は全く無かった。それどころか別の持ち場から兵が続々と集まって来ている。これはつまり、まだ火をつけた犯人と警備兵が戦っている最中で、しかも正門の兵だけでは足りていないという事になる。
『うわあああ!』
 窓越しでも聞こえるほどの悲鳴を上げながら、一人の兵が垣根よりも高く吹き飛ばされそのまま落ちた。離宮と言えど、警備を行う人間の練度は王宮と変わらない。前触れの無い奇襲で警備兵達が後手に回らされているせいだとしても、これほど一方的にねじ伏せられるなんて。少なくともこれは、単純な強さよりも躊躇いの無さが戦況をそうさせているのだろうか。
 正門に離宮中の警備兵達が集まりかけたその時、まるで狙いすましたかのように別の方角から新たな火の手が上がる。同時に相当な数の声が聞こえてきた。正門に気を取られている隙に、別働隊が奇襲を仕掛けて来たのだろうか。そう思っていると、更にまた別の方角からも同様に火の手と声が上がる。集結していた警備兵達には更に動揺が走り、あたふたしながら新しい火の手に向かってバラバラに向かっていく。
 今日の離宮に詰めているのは警備兵ばかりで近衛兵はいない。彼らが突破された時、離宮は完全に無防備な状態となる。いや、臨時とは言え看守である自分も戦力として数えられてしまうか。
 緊急時に看守は何をするべきなのか。マーヴィンは改めて、最初に渡されていたマニュアルの中身を思い出す。看守の仕事とは囚人を適切な管理下に留めておくことである。囚人を逃がさない、勝手な行動し取らせない。つまり、自分の居るべき場所はここではない。
 まるで逃げる言い訳のように自分へ言い含めながら、マーヴィンはエクスの居る地下の独房へ急いだ。途中、誰かとすれ違ったり独房への入口を見られたかも知れなかったが、今はそんな事を気にしている余裕はなかった。
「居るな!? 入るぞ!」
 マーヴィンは独房の鍵を開けて中へ入る。エクスはいつものように椅子に座り本を片手に佇んでいた。だがその表情は険しくなっている。
「外……何かあったようだが」
「ど、どうして分かる?」
「大勢の戦う声、音が聞こえるので。それに火の匂い。ああ、なんて無茶を」
 するとマーヴィンは激しくエクスへ詰め寄った。
「外で何が起きているか知っているな! お前、やはり脱獄を企てていたな! 外にいるのは融資ギルドの連中だろう!?」
「それは違うぞ。あれは融資ギルドとは関係のない者達だ。もっと言えば、俺もこの事に関係が無い。俺が外部と連絡する手段が無いのは知っているはずだぞ」
「だが、俺が持ち込んだ手紙は読んでいるはずだ! 分かったぞ、あれには脱獄の日取りが書いてあって、今日がその日だと言うことだな!」
「確かに脱獄の事は書いてあったが……その、何と言うか。この事に俺は関係が無いんだ」
「ふざけるな!」
 マーヴィンは激高し机を力いっぱい叩く。
「お前の脱獄だろうが! 外のやつがお前と無関係なんて事あるか!」
「うむ、少し言葉足らずだったようだ。つまりは、俺は脱獄するつもりは無いのに、彼女らはそうではないという事だ」
「彼女ら……? ああっ、という事はつまり!」
 これまでエクスに興味は無かったマーヴィンでも、ここ最近は幾つか彼についての過去の記事は読んでいた。大衆に広く出回っている新聞や週刊誌程度の情報なら、幾ら集めた所で危険ではないと思ったからだ。そしてそこには、直近でのエクスの活動と旅を共にしていた三人の仲間の事があった。魔導同盟、ギルド連合、聖霊正教会、世界でも指折りの大組織からそれぞれ派遣されたのがいずれも容姿端麗な若い女性で、明らかにどこの組織もエクスを欲しがっているのだと察せられる内容だった。
「彼女達には俺に関わらず、罪を犯すような事もして欲しくなかったんだが。三人共、俺とは違ってもっと賢くて慎重な人間だと思っていたのに」
「お前の感傷はどうだっていい! とにかく、その仲間だった三人がお前を脱獄させに来ているんだろ!? もしお前に脱獄なんてされでもしたら―――いや、待て。幾ら何でも離宮の警備兵を全て倒して来るなんてそんな事が出来るはずは」
 そう口にした直後だった。独房の上の方から大きな爆発音が鳴り響き、地下のここまで揺れが伝わって来た。
「えっ? まさか、玄関を突破してきた? もう?」
 エクスの仲間とは見た目が良いだけの女三人ではなかったのか? エクスがほとんど一人で魔王を倒したように、旅先でもろくに戦っていなかったのではなかったのか?
 既に離宮の中にまであの三人は突入して来ている。自分を借金のネタで強請ったのも彼女らの差し金だとしたら、この独房までの行き方も知っている。ここへ現れるのも時間の問題だろう。だったら、後はエクスをどこか別の場所へ移動し、援軍が来るまで時間稼ぎをする他ないだろう。緊急用の脱出口がある事も伝えられている。どこに出るかは知らないが、そこへエクスと避難するのが得策だろう。
 だが、突然エクスは自分から立ち上がった。マーヴィンは慌ててそれを制止する。
「おい、どこへ行くつもりだ!」
「彼女達と面会をさせてくれないか。俺はどこにも逃げるつもりはないし、あなたの指示には従おう。看守の監視下なら法的にも問題は無いはずじゃないかな」
「面会など、そんな事を言ってる場合じゃないだろ!」
「けど、彼女達と戦って勝てないだろう? なら、俺に任せてくれないかな」