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「うわ!? 泣いてる!? いい大人なのに!」
 顔を赤らめ大粒の涙を流す看守マーヴィンに、レスティンは指差しながらそれを指摘する。
「ちょっと……レスティンさん、そういう事は止めなさい」
 そんなレスティンをシェリッサが窘めていると、マーヴィンは急にエクスとドロラータの間に割って入った。
「全部あんたの言う通りだ! そう、元々おかしかったんだよ! どうして魔王を討伐したあの勇者エクスが、反逆罪でこんな所に入れられるんだって! そっちのあんたは確か聖霊正教会だよな? 俺も正教会の信徒なんだこれでも。なるべくミサにだって出るようにしているし、創世の女神への信仰を忘れた事なんか一時も無い。そんな俺だからずっと感じていたんだ。そうだよ、これは王室の横暴なんだ! 女神への不信心だ! 今なら分かるぞ。詮索するなとか他言は無用だとか、何かおかしいって思ったんだ! だから俺は離宮の色んな情報を流したんだよ!」
「それはあんたが人に言えない借金を作ったからでしょ」
「つーか、借金の理由なんてギャンブルじゃない。何が信心なんだか」
「申し訳ありません。とにかく、今は取り込み中ですから。お引き取りを」
「待て、これだけは言わせてくれ! 女神様は必要と思われたから、エクス、あんたに加護を与えたんだ。だがそれが魔王を倒すためだって言うのは、俺ら人間の勝手な解釈だ。実際は魔王だけじゃなく、もっと大きな目的のためかも知れないぞ。あんただって少しは考えた事はあるだろう? だから魔王を倒した後も世界中を回ってたんじゃないのか? 自分の力をもっと役立てられないかってさ」
「もっと役立てる……」
 マーヴィンの言葉はよほど深く突き刺さったのだろうか、エクスは目を見開いて硬直する。
 エクスが魔族との戦いに身を投じたのは、成り行きや結果論もあるだろうが、魔族軍を率いる魔王を倒すためだった。その後も世界中を旅をして、魔王軍の残党と戦い続けて来た。それは人類の平和を守るための当たり前の事だとエクスは思っていたが、いつしかその考えは人類のためではなく女神の加護があるから続けるという事に置き換わっていたようだった。そしていざ加護を必要とされなくなったと感じたからこそ、こうして自ら牢に囚われるような行動に移ったのである。
「……そうは言っても、なら具体的に俺は何を求められているんだ? この身に宿った女神の加護でなければ出来ない事は、一体何があるんだ?」
「ああ、丁度その話をしたかったトコ。はい、これ」
 ドロラータがエクスに渡したのは、エリノーラからの手紙だった。
「これは?」
「つい昨日、あたしんとこに届いたの。エリノーラって憶えてる? ほら、脱走した皇族と夫婦になってた魔族の元軍監」
「ああ、もちろん! 二人には幸せになって貰いたいものだなあ!」
「それはいいから、ホラ早く読んで」
「え……? 皇族が脱走? 魔族と夫婦? え? なに?」
 当たり前のようにドロラータがエクスと会話した内容に、マーヴィンは困惑している。口を滑らせてしまったかと一瞬ドロラータは奥歯を噛むが、例え世間に吹聴した所で信じようが信じまいが自分達には影響は無いのだからと割り切る事にした。
 しばらく手紙を読み込んでいたエクスは、読み終わると同時に手紙を丁寧に折り畳みながら深く溜め息をついた。
「……なるほど。ソルヘルムは今そんな事に」
「そういうこと。有力将校を中心に軍閥化、次代の魔王戴冠を目指して内戦一直線。エリノーラ達は穏健派らしいけど、まあ戦いふっかけられるのも時間の問題だろうね」
「そして、内戦を止めるために俺の力が必要だと。そういう事か」
 エリノーラ達は穏健派を謳ってはいるが、結局の所内戦を食い止めるため戦いは避けられない状況にある。好戦的な軍閥とは違い、そもそも戦いを嫌って脱走して来たような者達が多い派閥だ。勝ち残るのはかなり困難だと言える。そのため、かつて魔王を倒した勇者エクスを擁立し牽制するのが狙いだろう。エクスの常軌を逸した強さは他ならぬ魔族が一番知っている事だ。エクスの名前は十分に通用する。
 すると、今の話を聞いていたマーヴィンが再び口を挟んで来た。
「魔族共が内戦しそうだから、それを止めに行く? いや、別にいいだろ。勝手に戦って共倒れしてくれりゃあ人類軍には都合が良いだろ。あんたのやるべきは、魔族共をとっとと根絶やしにして世界を平和にする事じゃないのか?」
「いや、それは駄目だ。ああ、駄目だ。駄目に決まっているんだ!」
 いきなり叫んだエクスは、頬を自ら両手で叩いた。パンッという小気味良い破裂音があちこちで反響する。
「な、何だよまた急に」
「すまない! これまでの意見を撤回する! 勇者エクス、これより脱獄させて貰う!」
 そうエクスはマーヴィンに向かって爽やかに宣言すると、早速出口の方へと歩き始めた。
 説得は成功した。そう見るや、三人もすかさず付いていく。後に残されたマーヴィンは唖然としながらその後ろ姿を見、そのまま危うく見送りかけた所で我に返ると慌てて後を追った。
「待て待て待て! どういう事か説明しろ!」
「創世の女神が俺に与えた加護とは、この世から無益な争いを無くすためにあるのだ! そして魔族が無益な争いをしている! だから俺は、脱獄しなくてはならない!」