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 亡国のハイランドを訪れたのは、前回からどれくらいぶりになるだろうか。あの時は堂々と船も乗り合い馬車も使えたのだが、今回はそういう訳にはいかない状況である。
 王都サンプソムからの脱出は、あらかじめレスティンが手を回していた事でさほど苦労はなかったが、問題はその先である。果たしてアリスタン王朝はどこまで本気で追って来るのか、各国はどのくらいの本気度で捜索して来るのか、そこが全く読めないのだ。その日の内に国外へ出て、航路の長い定期船を使ったのは功を奏した。脱獄である以上、捜査協力を即日で他国には要請出来ない。また定期船は海洋法という別の法律が定められており、エクス達は手配犯かどうか非常に曖昧になる。脱獄の事実が伝えられるにもラグがあるため、結果的には何の混乱も無く移動する事が出来た。ハイランドの港に着いてからは人目を避けて陸路を進んで来たが、まだ手配の情報が来ていないためか、唯一の歓楽街であるアングヒルも以前と何ら様子は変わっていなかった。
 エクス達一行は補給だけを済ませてそのまま山岳部の方へ。かつてウェイザック伍長という人物が残していった脱走兵の行き先、それを辿って行った先は深い森の中の、更に念入りに魔術的な隠蔽が施された地点。そこにクラレッドやエリノーラ達、人類軍と魔王軍双方からの脱走者達が寄り添って隠れ住んでいる。
「今日はひたすら森林浴かあ。あれ? なんか前にもそんなこと言ってたような?」
「まあ実際そうだからね。はあ、ホント、疲れる……」
 ドロラータは幾分疲労を滲ませながら言った。元々魔術的な工夫で疲れにくい歩き方をしているのだが、今回の行軍はそもそも脱獄による強行スケジュールの部分が多く、単純に疲労が溜まっているのだろう。
「うむ、本番はこれからだからな。ドロラータも、疲れが酷い場合は遠慮無く言ってくれ。俺が背負って行こう!」
「あ、じゃあお願い」
 即答したドロラータはいそいそとエクスの背中にしがみつこうとする。だがすぐさま肩を掴んで制止する。
「ちょっと待って。疲れたらならワタシがやるから」
「いや、あたしはエクスの方がいいんだけど」
「はい不純! そういう遊び気分でいられる状況じゃないんですけどぉ!?」
 ドロラータとレスティンの言い合いを聞きながら、エクスはそっと笑顔を浮かべ、シェリッサは憂鬱そうに溜め息をついた。だが少しだけ四人は、長らく味わえなかった充足感を覚えていた。四人揃ってこうも気の抜いたやり取りが出来るのはどれくらいぶりなのだろうか。これが懐かしいとすら思えるほど、旅の間でそれぞれの日常に浸透していた事を実感する。
「……ともかく、急ぐ旅ですが日が沈み切る前に野営を準備しましょう。何も無くとも危険な山ですからここは」
「そうだね、ただでさえみんなは疲れているだろうし」
「ええ、疲れていると普段ならしないようなミスも―――っ!?」
「おっと」
 シェリッサが何かに躓き、大きく前のめりになって転びかける。だが咄嗟にエクスが腕を伸ばしてシェリッサを抱き留める。
「大丈夫? シェリッサも随分疲れているようだ」
「す、すみません……」
 エクスの右腕に支えられたまま、シェリッサは顔を真っ赤にして硬直する。エクスの前で転んでしまった恥ずかしさが最初にあったのだが、支えて貰ったエクスの腕に密着したせいで唐突に距離を縮めてしまった事を意識し過ぎて様々な感情が込み上げ硬直してしまっていた。そんな自分の腕にしがみついたままのシェリッサをエクスは、バランスがまだうまく取れていないだけとしか思っていなかった。
「ちょっとシェリッサ! いつまでくっ付いてんの!」
「あっ! い、いえ、大丈夫ですよ!」
 レスティンに怒鳴られ慌てて佇まいを仕切り直すシェリッサ。しかしエクスは二人の間で交わされた暗黙のやり取りがよく分かっていなかった。
 その後、四人は日が落ちる前に野営を敷いた。まだ目的の半分ほどしか進んでいなかったが、山道の危険さとそれぞれの疲労の度合いを考え慎重策を取った。特にエクスは、仲間の体調について前以上に神経質になっているようだった。食事も済ませ早々と就寝となったが、見張りもエクスが買って出た。エクスだけは全く疲れていないが、三人を気遣っての部分が大きかった。
 朝方になってエクスは少しだけ仮眠を取り、それから朝食を取った。そして野営を撤収しいざ出発という頃だった。おもむろに山の奥の方から二人の男が現れた。そしてその二人の顔には四人共見覚えがあった。
「エクス殿、今回は不躾なお願いに応えて下さって本当にありがとうございます」
「ああ、君達か! 久し振りだ! でもどうしてここに? 見張っているのはもっと奥だったはず」
「迎えです。それに、あれだけ騒がしければ居場所もすぐ分かりますので」
 一人はかつて魔王軍の将校で魔族のブラッドリック。もう一人は人類軍の第八砦から脱走してきた元曹長のボルド。主にこの先にある隠れ里付近の見張りを行っている人物で、初めて四人がここに訪れた時も彼らがまず目的を改めに来たのだ。
「みんなは以前と同じ所に?」
「いえ、里に残っているほとんどは戦えない者です。我々もこのままあなた方と一緒に軍へ合流するつもりですので」
「軍? という事は、この付近に駐留を?」
「ええ、丁度反対側へ下っていったすぐ先です。実は運悪く我々の隠れ里の存在が露見してしまいまして。まさにこれから進軍して来る部隊がいるのです。降伏勧告のつもりでしょう。我々を戦力として取り込むつもりです」
「穏健派の弱点が知られてしまった、という事か……」
 エクスの表情がいつになく厳しく引き締まっていく。