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 はて、エクスは何のためにこの地へ招かれて来たのか。
 三人は今エリノーラが発したばかりの言葉について、しばし目をつむりながら考え込む。しかし言葉以上の意味がどうしても思い付かず、結局直接話した本人へ問い返す。
「エクスを次の魔王にするって聞こえたんだけど」
「ああ、そうだ。そのつもりだ。私だけでなく、穏健派の総意だぞ」
「エクスは、次代の魔王戴冠を阻止するために呼んだんじゃないの? 新しい魔王を作らせないために」
「だから、我々にとって都合の良い者を魔王に据えるのだ。少なくともエクスは、人類軍との徹底交戦など望んでいないのは明らかだからな」
 ああ、間違い無い。エリノーラだけでなく、彼女らはみんなエクスを新しい魔王にしようとしている。
 あまりに予想外の発言に、驚きと呆れが入り混じった複雑な感情が表情に込み上げて来る。エクスを戦力的に取り込む程度にしか考えていなかったが、実際は更に深く政治的な部分にまで及んでいるようだ。
「順に訊くけど。魔族じゃないのに魔王なんてアリ?」
「魔族の行動原理は至ってシンプルだ。強さが全て。だから強い者が決める。例え勇者エクスであろうと、誰よりも強い事を証明すれざ誰も異議は唱えられない」
「唱えられない、ね。要するに、血の気の多い魔族達を力でねじ伏せて言うことを聞かせるって事でしょうそれ」
「そうだ。魔族は強い者に従う。それは様々な法体系が確立された現代においても、魔族の価値観の根底に存在している。強い者がそう言えば、表立って逆らうような事は出来なくなるだろう」
 しかしその強さというのは、あくまで個人の強さだ。今このソルヘルムで起こっているのは内戦、集団と集団の戦いである。果たしてそこにどれほど個人の強さという概念が入り込めるというのだろうか。
「ちょっと話題は変わるけど。そもそもどうしてエクスなの? 一番強いから王になるって理屈はいいけどさ、魔族には血統主義とかそういう考え方はないの? 幾ら強いからって人間なんかを王にして従える? 自分らの王を倒した相手なんだよ?」
「おお、そう言えば我が夫も以前に似た質問をして来たな。なるほど、人間側には我々魔族の事情は何も伝わってないのだった」
「どういうこと?」
「率直に言うとだ。エクスに討伐された魔王だが。一言で言って、あれは度し難いクズだ。あれを心から尊敬し忠誠を誓っている魔族など、ほぼゼロに等しいだろうな」
 エリノーラから飛び出す驚きの発言。咄嗟に三人は周囲の反応を見るが、エリノーラから目を背ける所か大きく頷き返す者すらいる有り様だった。
「えっ、じゃあつまり前の魔王って強いからみんな仕方なく従ってただけで、横暴な嫌われ者の暴君だったってこと?」
「そういう事だ。戦いにしか興味が無く、何よりも血が流れるのを見るのを好むどうしようもない暗君。中には利害は一致する魔族もいるようだが、大抵は無理やり戦争に参加させられている。雑な戦略と命令で過酷な遠征をさせられた将校も少なくはない。戦って領地を奪い献上する事が義務とされていたからな。逆らう事も出来ず、仮に逆らった所で家族が見せしめに殺されるだけ。選択肢など有りはしないのだよ」
 魔王の恐ろしさは子供の頃から嫌というほど耳にしてきた。全ての人類の敵、情け容赦なく人を殺し、家や畑を焼き払う。どんな疫病よりも恐ろしい疫病、まさに悪の権化。だがそんな彼の存在は、まさか人類だけでなく同朋の魔族達にとっても恐怖の対象だなんて。
 そして、そんな暴君を倒したエクスは魔族にとっても救世主という事になる。
「……なるほど、合点がいった。道理でエクスに好意的な魔族が多い訳だ」
 無論、エクスに対して恨みを持つ魔族も少なくはない。かつての戦いで、エクスは大勢の魔族の兵や将校を打ち倒しているのだ。従軍が魔王に強いられた不本意なものだとしても、恨みは直接手を下した者へ向くのが当然である。エクスへ復讐を果たそうと魔族が挑んでくる事は何度かあったが、あれが魔族の総意という事では無いようである。
「さて、疑念は晴れたか? エクスの従者達は、まあ好きにすればいい。我々に協力するのならば黙認してやろう」
「何言ってんだか。あたしはエクスの命令しか聞かないし」
「そうよ! 別にアンタのために来たんじゃないんだからね!」
「お二人共、いきなり仲違いするような発言は控えて下さい……」
 すると、おもむろにエクスが間に入ってきた。
「ハッハッハ、頼もしい三人だろう? 俺が背中を預けられるのは彼女達だけだ。だから今回も、俺達は一緒に戦わせて貰うよ」
 そんなエクスの態度が意外だったのだろうか。エリノーラは一瞬驚きの表情を見せるものの、やがて何かに納得した笑みに変わった。
「ふむ、ただの青臭い小娘達にしか見えないが、あの勇者エクスがそう言うのならそうなのだろう。併せて活躍に期待するとしよう」