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「来たか。突然呼びつけてすまないな」
 アールトン市の外れにある廃墟の一画、そこは引き続き穏健派の本部として使われていた。勢力が拡大し周辺が落ち着いた今、領地の運営を統括する必要があるため、徐々に改装を初めとする大規模な建設工事が行われている。エクス達がやってきたのは先日大規模な改装が終わったばかりの本部、その中枢である司令室だった。現在、穏健派をまとめているのはエリノーラであるが、夫のクラレッドや軍事に秀でたケアリエルもほぼ同等の役割を担っている。あまりに勢力圏の拡大が早過ぎたため、今もなお政務的な仕事に日常的に忙殺されていた。
「こちらは全く構わないぞ。なに、俺達は時間には余裕があるからな」
 そう笑うエクスに、エリノーラ達も同じように笑って返そうとするが、どうしても表情から疲れの色が抜け切れていない。様々な政務などに日々奔走しているせいだ。
「取りあえず、今後の我々の動きについて、エクス殿に是非協力して貰わねばならない事があってな」
「うむ? 何だか分からないが、俺に出来ることなら何なりと!」
 間髪入れずエクスは快諾する。
 また始まったとドロラータ達は小さく溜め息を漏らしうなだれた。エクスの安請け合いは今に始まった事ではないが、こういった場合はまず協力の内容を確認してから承諾するかどうか検討すべきである。基本的にソルヘルムの政情には関知しないスタンスであると伝えてはあるが、その上で頼み込んで来るとなると間違い無く厄介事である。
 そんなドロラータ達の怪訝な様子がよほど露骨に映ったのだろうか、エリノーラが苦笑いしながら補足する。
「協力と言っても、前に言っていた事の段取りが整ったから、という意味だ。今更突飛な事を思い付いた訳じゃない」
「それって何だっけ」
「いよいよ戴冠式を行おうという事だ。エクスには新たな魔王となって貰う」
「あー! それか!」
 エリノーラ達と合流した際に聞かされていたプランである。好戦的な者を次代の魔王に据えるような事態を避けるため、穏健派にとって都合の良いエクスを魔王にしてしまおうという作戦だ。
「まだソルヘルムを統一している訳じゃないけど。それって大々的に戴冠式を宣伝して、既成事実化してしまおうって魂胆?」
「ああ、その通りだ。エクスの戴冠式が不服なら直接勝負を仕掛けるなりして来いと誘いをかける。戴冠式が恙無く終わればそれで良し、不満があって乗り込んで来るならばそれこそ決着をつける好機。なんならその方がエクスに魔王としての箔が付くというものだ」
 エクスを魔王にするというのは、案としては突拍子も無いが効果は非常に高いと自分でも納得した内容だ。状況も膠着している今なら、準備が整い次第進めてしまうべきである。
「そう言えばそんな話もあったな……。よし、それがソルヘルムの未来のためになると言うなら喜んで引き受けようではないか!」
「話が早くて助かる。それで明日にでも会場には移動しようと思う。近くまでは転送魔法があるが、城の付近は強力な対魔法の結界があるのでな」
「あー、城ってもしかしていわゆる魔王城?」
「その通りだ。以前の戦いでかなり損壊したが、工事を急いで戴冠式をするだけの体裁は整えた」
「それじゃあ後は招待状でも配る?」
「宣伝は既に実施中だ。元魔王軍の有力者はほとんどがこちら側だが、他勢力にもメッセージは送っている。後はどう動くかだが、大規模な戦闘にはならないのは確実だ。部隊のような規模を転送する魔法は存在せず、移動するにも時間が足りなすぎるからな」
「そうなると、残る手段は腕利きだけ転送して力ずくで、って感じか。つまり、また一騎打ちって訳ね」
 他の軍閥は、自分達の勢力以外から新たな魔王を誕生させる事を許容するとは考えにくい。彼らは次の魔王になるためにこうして内戦を起こしているからだ。だがエクスを力ずくで止めるのは不可能である。先代の魔王に力で従えさせられていた者が、魔王を実力で倒したエクスにかなうはずが無い。それでも立ち向かうのなら、それはそれでエクスには好都合である。
 ようやくこのソルヘルムも内戦が終わる事になる。そう、ようやく本当の意味での平和が訪れようとしているのだ。