もう、全て決めてしまった事だ。俺が人間としての生を歩むのは―――。
破壊と再生と銘打った砂遊び。神という特権階級だけに許されたこの遊戯には、正直嫌気が差した。
命とは、魂とは、唯一無二の存在だ。如何なる力の持ち主であろうとも、一度失われた生命を取り戻す事は出来ない。俺達がやっている再生とは、あくまで自分の内在世界の再現でしかない。消えてしまったものは、二度とこの世に取り戻す事は出来ないのだから。
一体、いつの頃からこんな輪転を繰り返していたのだろうか―――。
神には幼体も成熟もない。完全な形でこの世に生を受ける。
だから俺は、生まれながらにしてこの手に何もかもが用意されていた。神としての絶大な力が、俺にあらゆるものを与えてくれるのである。自分の望むもので手に入らないものはない。少なくとも初めの頃の俺は、そう信じてやまなかった。
初めから何もかもが手の中にあるのであれば、俺は一体何のために生きているのだろう?
そんな疑問を抱くまでに、さして時間はかからなかった。俺だけでなく、他の神達もまた俺と同じような疑問を抱いていた。何の目的もなく、ただ日々を過ごしていく事がどれだけ無意味で、そして怠惰という名の苦痛をもたらすのか。このまま悠久の時をこうして過ごすのかと思うと、俺は気が狂いそうだった。生きる目的も意味もなければ、死んでしまった方が少なくとも何も考えなくて済む。いつしか俺は死ぬ事ばかりを考えるようになってしまった。
あの頃の自分を考えると、ミレニアムのある今の世界は遥かにずっと生きる充実感が抱ける。それがどんなに嫌気が差す事であろうとも。
きっと、主神はそうなる事を杞憂し、こんな輪転を創り出したのかもしれない。
スサノオ。
アマテラス。
俺と同じ力を持つ神。俺とは切れることのない宿命で繋がれた二人。
また、始まってしまう。ミレニアムが。
月日の流れと共に、刻一刻と運命の日が近づいてくるのが分かる。千年に一度訪れる、人間界の大きな改変期。その日に至るまでの一週間の間で、人間界のその後の動向は大きく変わると言っても過言ではない。
俺が神である事をやめ、人として生きる道を選んだこの時に、その日がやってくる事になるなんて。あらかじめ予想はしていた事だが、これほど不安感を煽られるものだとは思ってもみなかった。肉の体の脆弱さは十二分に承知している。神から見れば人間など、路上の石と大して変わりはないのだ。
魂に宿る神性が呼び覚まされる感覚が日々強くなっていく。神である事をやめて人間に転生したはずなのに、体が神に戻ろうとしつつあるのだ。神は実体を持たないアストラル体だ。人間のように肉の体を持っていない。だから神本来の姿に戻る事は決してない。
俺は人間として生きたい。
そう強く願うがあまり、神である事をやめて人間に転生したのだ。一時の感情ではなく、十分に熟慮した上で。一度人間に転生してしまえば、二度と神に戻る事は出来なくなる。それもまた承知の上だ。
神は完成された存在であるが故に、未完成な存在に対して対等の価値観を抱かず、思い通り動かす事で優越感に浸るためだけの道具と考えてしまっている。だから俺は、あえて未熟な存在になりたかった。そんな傲慢な神の姿を捨て去りたかったのだ。自分の神的要素などには未練も何もない。むしろ俺にとっては嫌悪すべき負の遺産だ。
世界を自由気ままに動かせる権利を巡って繰り返され続けて来た、ミレニアム。神と神とが全ての力を揮うその戦いに勝利した者に、この世界の覇権が与えられる。いや、単に覇権を誰もが皆、共有する事を拒んだだけだ。与える、というよりも奪い取るに近い。結局、三人とも自分一人で世界を自由に動かしたいだけなのだ。
そんな欲と力にまみれた戦いを一週間も続け、そしてミレニアムの幕が開ける。最後に生き残った一人が、ミレニアムの際に好きなようにこの世界を造り変える事が出来る。どのようにしてしまおうが、言葉通り思いのままだ。天も地も主神が創り賜うた掛け替えのない産物だが、そこに並べるものはミレニアムに生き残った神の自由なのだ。
俺もまた、この世界を自分の自由に動かしたいと考えている。前回のミレニアムでは、俺がこの世界の覇権を奪い取った。だから今この世界は俺の意思の元に統率されている。
俺の言う、思い通りの世界。
それは、神のいない、人間にとって自由な世界だ。
人間界に神は必要ない。俺はその信念の元、神である事をやめ、そしてあえて手に入れた権利も放棄した。人間は自由意思に従って国を作り子供を産み育て発展していく。それが必ず人類の幸福に繋がるはずなのだ。神の支配は人間の発展を妨げる障害でしかない不必要悪だ。
神は人間を己の戯れの道具程度にしか思っていない。けど、俺は違う。神も人間も、魂の根源は全く同じであるはずなのだ。魂の価値に優劣はなく、皆平等であるべきだ。神が人間を好きなように操り、飽きてしまったら何もかも壊してしまう。それはどう考えても間違っている。同じ魂同士で蹂躙しあうのは、魂そのものへの冒涜だ。
今の人間界は、神の支配を逃れて発展し続けた理想の姿だ。これを守るためには、俺は今度のミレニアムも勝たなくてはいけない。
しかし、肉の体を持つ俺にそれが出来るのだろうか?
そんな不安の中、ミレニアムに向かって時は確実に過ぎていく。