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「さて、と。いい加減、決めちまわねえか?」

 戦いから六日目。そう提案したのはスサノオだった。

「そうよね。なんか飽きてきちゃったわ。ミレニアムは明後日だっけ? じゃあそろそろ決めておかなくちゃ」

 アマテラスは相変わらず嬉々とした表情で賛同の意を表す。あれだけの殺し合いをしたというのに、まだまだ物足りないといった感じだ。

 二人とも、ダラダラと進展のない戦いを続けるのに飽きてきたようだ。そろそろ、誰か一人くらい死んで欲しいのである。しかも、その誰か一人というものには自分も含まれている。神は死んでも生き返る事が出来る。そのため、人間のように死への恐怖は全くと言っていいほどないのだ。

「おうし、んじゃいよいよマジで行くぜ?」

「アンタもそろそろ本気だしていーよ」

 嘲りに満ちた二人の口調。しかし、俺の体はそんな二人に反論する余裕もないほど追い詰められていた。

 満身創痍の体は立ち上がるだけで精一杯だった。既に人間としての限界が近づいてきたのだ。無尽蔵にエネルギーを使う事が出来る神とは違い、人間には自ずと活動限界というものがある。基本的に神は不死の存在であるのに対し、人間には寿命というものが定められている。また、極度に負傷した場合、神は時間をかけて体を修復したり、もしくは転生する事で復活が可能だ。だが人間の自己修復能力は微々たるもので、死んでしまえば転生する事も出来ない。まさに一度きりのはかない存在なのだ。だからこそ、少しでも輝こうと日々邁進するのだろうが。

「そうだな……」

 俺はゆっくりと深呼吸をし、自分の内に秘める神性をイメージする。深層意識下に描かれる月の真円は、数日前よりもより明確に浮かび上がってきた。それに比例して、俺の神性もかつての精彩さを取り戻している。肉体を除いた部分がかつての俺を取り戻してきているのだ。

 あと、一日。あと一日なのだ。それだけ待てば、俺は勝つ事が出来る。前回のミレニアムと同じ展開だ。だからそれまで耐えうる事が出来れば、俺は―――。

「あらあら。人間のクセに頑張るわねえ? ツクヨミ君」

「なんなら、お前からやってやろうか?」

「アハハハハ! 今の聞いた?」

 大きな声で腹を抱えながら笑うアマテラス。

 が。

「面白い冗談ね」

 ぞっとするほど冷たい言葉を言い放った次の瞬間、アマテラスの姿が忽然と消え失せた。

 来た!

 俺はすぐさま身構えてアマテラスの攻撃に備える。

 姿こそ俺の目には捉えられないが、このどす黒い殺気だけは隠し切れない。

 ねっとりと首に絡みつく殺気の渦。その中から俺を狙って襲い掛かる、より黒い殺気を探し出す。その殺気こそが俺への攻撃を仕掛けるアマテラスの本体だ。

 ここだ。

 クリアな俺の思考は、すぐにその気配を察知した。同時に俺は一挙動右手を頭上にかざし結界を展開する。

 ドォン!

 直後、まるで隕石でも落ちてきたかのような轟音が耳に飛び込んできた。結界に、太陽のような凄まじい閃光が、全身が一瞬にして蒸発してしまいそうなほどの熱量を伴いながらぶつかってくる。

「アハハハハ! そんなモン、突き破ってあげるわ!」

 これだけの轟音の中でもアマテラスの嬌声がはっきりと聞こえてきた。

 この太陽がそのままぶつかって来たかのような攻撃は、アマテラスの右腕から繰り出されているものだった。自分の持つ神性から無尽蔵に溢れる熱エネルギーを右腕に凝縮し、それを俺にぶつけてきたのである。

 アマテラスは太陽の化身。その力は太陽そのものと全く同等と言ってもいい。今、そのエネルギーが俺にぶつかってきている。俺は太陽そのものと戦っているのだ。

 だが、俺は少しも焦りがなかった。この人間の体は疲労を極め、体力的にも限界が来ている。にも拘わらず、不思議と強い自信と確信に溢れていた。

「はああっ!」

 俺は自分の内側からエネルギーを奮い立たせ、それを一点に集中させる。その焦点を閃光の向こう側にいるアマテラスに合わせた。

 そして、射出。

 収縮されたエネルギーは一本の細い線となり、そのままアマテラスに鋭く向かって伸びていく。

「え?」

 線はアマテラスの体を貫いた。手応えはあったが、致命傷ではない。この程度、完全な神ならば一瞬で治癒してしまう。思わぬ反撃を受けたアマテラスはすぐに攻撃をやめて俺との間合いを取った。

 俺の内に秘められた自信の理由。それは、日ごとに増していく自分のエネルギーだった。体こそ人間の器というか弱いものに収まっているが、魂は神であった時と全く同じなのだ。そのため、魂に混在する神性は健在であり、こうして人間の身でありながら神と渡り合う事が出来るのだ。

「チクチクチクチクと鬱陶しいわね。人間のクセに。さっさとやられなさいよ」

 苛立った視線をぶつけてくるアマテラス。だが、俺は悠然とそれを受け流した。

「人間一人も潰せねえとはな。お前、本気でやってるのかよ?」

 そ、そんな様子のアマテラスにスサノオは嘲笑を浴びせた。

「はあ? 人間相手に本気なんか出す訳ないじゃない」

「だろうな」

 くっくっく、と意味深に含み笑うスサノオ。

「さて。んじゃヤツは俺がやらせてもらうぜ」

「ちょっと、フザけな―――」

 アマテラスが抗議した瞬間、スサノオの左手が前触れなく閃いた。アマテラスの体はそのまま紙屑のように後方へ吹っ飛んでいってしまった。

「引っ込んでろ。鬱陶しいのはテメエも同じなんだよ」

 そう吐き捨てると、スサノオは俺の元へゆっくりと歩み寄ってくる。

「ほれ、来いよ。ブッ潰してやっからよ」

 しかし、俺はその誘いには乗らなかった。

 幾ら神性は同位とは言っても、俺が人間である分、相手の方が戦力的には遥かに有利なのだ。向こうは死ねば終わりだが、俺は致命傷を受けた時点で終わりなのだ。それだけ、人間の体とは弱々しいのである。俺はスサノオに向かって無言のままその場で構えるだけだった。俺は後手に回った方が自分の実力を発揮しやすいのである。

「ケッ。やっぱそうくるか。今回だけじゃねえ。今までもずっとお前はそうやってたっけな。まあいいさ。だったらこっちから出向いて潰してやるよ」

 俺の反応を予想していたスサノオは、やれやれと言いたげにオーバーなジェスチャーをしてみせる。

 そして大きく溜息をついて構え直すと、スサノオは地面を激しく蹴って飛び出してきた。

「オラァッ!」

 俺に向かって拳を繰り出してくる。俺はそれを見切り最小限の動作でかわした。

 スサノオは力の神だ。この世のあらゆる力を司り、事実上スサノオよりも力に優れた存在はいないのである。まさに破壊のために生まれてきたような神だ。どうしてそんな神が必要なのかは分からないが、単にスサノオが自分の力を破壊以外に使わないだけなのかもしれない。

 次々と繰り出されるスサノオの四肢。だが、俺はそれらを全て受ける事無くかわし、それと同時に右手にエネルギーを少しずつ収束していった。スサノオを仕留めるだけのエネルギーは、今の俺には瞬時に繰り出す事が出来ない。だからこうして、ある程度時間をかけて練らなくてはいけないのである。

 確かにスサノオの攻撃力は類を抜いていた。掠っただけでもこの人間の体は吹き飛んでしまうだろう。しかし、動きが全て直線的で単純過ぎる。幾ら破壊力があろうとも、軌道を読むことが容易ならば攻撃の意味はない。

「この! ちょこまかと!」

 苛立ちのあまり、更にスサノオの攻撃はバラつきが出てきた。繰り出す攻撃は力任せで大振がちになり、一挙一動の隙が少しずつ大きくなっていく。スサノオは俺を潰す事以外を考えられず、自分が見せている隙にも俺の狙いにも、微塵も気がついてる様子はない。

 俺はこの好機を逃さなかった。エネルギーも十分に練れた。反撃に移るべく、更に注意をスサノオの一挙一動に集中させる。

「オラァ!」

 大気そのものを切り裂きながら繰り出されるスサノオの拳。俺はそれをまた紙一重でさける。途端にスサノオの体が自分の攻撃力に振り回され、一瞬バランスを失ってよろめいた。

 今だ。

 そして俺は回避行動と同時に、これまで右手に収束させていたエネルギーをスサノオに目掛けて放った。

「ぐぼぁっ!?」

 エネルギーはスサノオの腹を直撃した。スサノオは思わず腹を押さえてその場にうずくまる。

 効いた。今のは致命傷とまではいかないものの、確実にまとまったダメージを与えられたはずだ。その証拠にスサノオは、俺を人間に成り下がった駄神と罵っていたにも拘わらず、目の前で膝をついている。

 神と人間の戦いなんて、まるで相手にならないと思っていた。その実力差は文字通り天地ほど開け、存在そのものが全く別に作られている。しかし、俺はこれまでなんとか善戦を続けてきた。分が悪いのは確かに俺の方だが、それは絶望的と呼ぶにはまだ早い。

 どうやら、この戦い。なんとかする事が出来そうだ。それを実感した今、ようやく俺は、一条の希望の光が見えたような気がした。