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 普段見慣れている景色を、馬車から見るのでは少し違っていて。

 新鮮なその景色が、自分が立たされている境遇を少しだけ紛らわせてくれた。

 それは根本的な解決にはなっている訳ではないのだけど。触れられただけでも割れてしまいそうな今の私の理性を健気にも支えてくれる。

 翌日。私は喪に服する暇もなく王都に向かう事になった。私は今、王立近衛兵であるレイクさんとフィーナさんと同じ馬車に乗っている。レイクさんは私の向かい側に、そしてフィーナさんは私の隣に座っている。先ほどからずっと口を開かない私に、どことなく扱い辛さを感じているかもしれない。無言の車内の空気が重苦しい。

「やっぱり……アクティなんでしょうか?」

 しばらくして。

 ようやく口を開いた私の第一声はそれだった。

 買い物から帰ってきた私が目撃したのは、既に事切れていたおじいさんとおばあさん。そして、二人が流した血の中に立っていたアクティの姿だった。

 アクティは自分ではないと確かに否定した。それからすぐに姿を消してしまったため、今となってはその言葉だけが私にとって全ての真実だ。

「おそらくは。預言者衆の預言には、あなたの家にツクヨミ神が降臨する、と出ていましたから。あなたが説明してくれた状況から察するに、そのアクティという人物がツクヨミ神と見て間違いないでしょう。その証拠に、あれ以来忽然と姿を消したままですから」

 まるで、私のたった一つの心の拠り所を否定していくような言葉。

 昨夜、私が事の顛末とアクティの事を話したことで、私は王都に向かうこととなったのだ。私がツクヨミ神と疑われているアクティの関係者だからである。

 レイクさんとフィーナさんの意見では、アクティがツクヨミ神である可能性が高いということだ。いや、その口調からはもうそれが確定的であるかのようだ。確かに、状況証拠からだけ考えれば、それは正しいかもしれない。けど、私はどうしてもそうとは信じられなかった。今まで私とアクティはずっと家族として一緒に暮らしてきたのだ。だから私はアクティの事は何でも知っている。アクティは、幼い頃におじいさんが拾って家に連れてきたのだ。私と同じ人間だ。

 だけど。

 神は人間の姿を取る事が出来る。

 そうレイクさんは言った。神が人間そっくりの姿になる事はそう難しい事ではない。人間の社会に溶け込む事だって容易だ。この世界は神が創り出したものなのだから。

 でも、おかしいじゃない。幾ら神が本当は残酷な性格だとしても、あのアクティにあんな残酷な事が出来るだろうか? それに、わざわざ嘘をついてまで、違う、と怒鳴る必要だってない。

 アクティがツクヨミ神なんかであるはずがないのだ。これまで見せていた姿がみんな演技だったなんて、絶対にありえるはずがない。そんなことをしたって何のメリットもないのだから。

 客観的に考えれば、全ては私の憶測にしか過ぎない。私が留守の間に一体何が起こったのか、それを知るのはアクティ本人しかいないのだ。だがそのアクティは行方をくらませている。それは一体何のためなのか。今はどこにいるのか。それをはっきりさせるために、私は王都に来てくれないかと頼まれた時、すぐに承諾した。

 私にはおじいさんとおばあさんが死んだ事を悲しんでいる暇はないのだ。アクティを探し出し、真実を確かめなければならない。そのための一番の近道。それは、王都にいる預言者衆に預言をもらうことだ。その見返りに、私は王都に集まっているであろう各国の首脳陣の前に”ツクヨミ神の関係者”として顔をさらさなくてはいけなくはなるけど。

 けど、そんなものは何の苦痛でもない。私は、真実を知るためにはあらゆるものを利用する覚悟を決めたのだから。

「今後、私はどうなるのですか?」

「まずは王に挨拶をしていただきます。それから、ツクヨミ神についてあなたが知っている事を首脳会議にて全て話してください。その情報を元に、預言者衆が預言の言葉を探します」

 なるほど。ミレニアムというもののせいでよほど切羽詰っているのだろう。私のような庶民をそういった重要な場に入れるなんて、普通ならば考えられない事だ。

「話せますか? これまでの事を……」

 フィーナさんが心配そうな表情で私を見る。私が家族を失って間もないのに、その家族について話さなくてはいけない事を案じているのだ。けど、私は逆に微笑み返した。

「大丈夫です。とりあえず、アクティを掴まえるまでは泣くのは一旦やめにしましたから」