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 ある程度は覚悟していた事ではあるけど。

 いざその時になると、これほど絵に描いたような屈辱は生まれて初めてなほどの衝撃を受けた。

「この子供がその、ツクヨミ神の関係者なのかね?」

 円状のテーブルが並んだ会議室。その円卓の中心に立たされた私は、まるで見世物のように各国の首脳とかいう年寄りどもの視線を浴びていた。これほどひしひしと視線というものを感じるなんて。羞恥心よりも怒りの方が先行した。

 私は珍獣じゃないってのに……。

「まあ、とにかく。どれだけツクヨミ神の事の情報が引き出せるのか。それは預言者衆には読み取れない情報なのか。そこに利用価値がある」

「あなたはツクヨミ神と共同生活をしていたのかね?」

 つまり私は、情報を引き出すためだけの道具ってことね。まあ、こっちもそのつもりで来た訳だから別に構わないけどさ……。

「どうした? 答えたまえ」

 命令口調で返答を促される。

 この場にいる人間は皆一国の主であるため、一庶民である自分に対してそういった尊大な態度になってもおかしくはない。だが、あまり聞いていて気分の良いものではなかった。

「事実です。私は彼―――ツクヨミ神と十三年間、家族として暮らしてきました」

 私は淡々と、それもアクティをツクヨミ神と呼んで答えた。私はこの場にツクヨミ神の関係者として立っているのだから、それにただ合わせただけにしか過ぎないのだが。けれど、アクティを世界を滅ぼし尽くすような神の一人としてしまうのが、たとえこの場限りの建前とは言っても心苦しかった。

「ツクヨミ神の特徴は? 人間の姿をしているのかね?」

「はい。私は今までずっと、自分と同じ人間だと思って暮らしてきました」

 そしてそれは今も変わらない。

 けど私は無用の詮索と混乱を避けるため、今はその言葉を飲み込んだ。

「君は家族を殺されたそうだが、それはツクヨミ神の仕業と思って間違いないのだね?」

 なんとも不躾な遠慮のない言葉。

 私は思わず奥歯をぎりっと噛んだ。今すぐにでもこの場を後にしたい衝動に駆られたが、こぶしを握り締めながら何とかそれを耐える。

「私は現場に居合わせていた訳ではありませんので。詳細は分かりません。状況から推測するにそうであると思っています」

 そして、更に耐え難い嘘をつく。

 自分ではそんな事など微塵も思っていないクセに。今後、アクティについての情報を得やすくなるためにもこんな嘘を周囲につくだけでなく自分にまで強いらなくてはいけないなんて。

 いや、ここは我慢だ。とにかく耐えるしかない。アクティは何も言わずに出て行ってしまったが、それには何か大きな理由があるはずだから。アクティがあんな事をするはずはない。私がそれを信じてあげなくてどうするのだ。他にアクティの味方はいないじゃない。信じているからこそ、事の真相を明白にしようと私はここに来て、こんな見世物のような扱いに甘んじているんじゃない。

「その後の行方は?」

「分かりません」

 そんな事、こっちが知りたいぐらいだ。

 置手紙の事が頭を過ぎったが、その事については黙っておく事にした。

「なんだ。これでは高天原の場所を突き止められぬではないか」

 使えぬヤツめ。

 そんな侮蔑の言葉が聞こえてきた気がした。同時に周囲から落胆の溜息が聞こえ、俄かに会議室がざわざわとざわつき始める。水に浮かんだ波紋のようにざわつきは広がっていき、暗黙の内に会議が一時中断される。

 だがそんな事よりも、私は”高天原”という聞き慣れぬ単語に首をかしげた。おじいさんによく色々と世の中の事や学問を勉強させられたが、そんな言葉はまだ一度も聞いた事がないのだ。

 と―――。

「三人の神が世界を造り替えているのは知っているだろう?」

 その時、一人の老年の男性が優しげに私に話し掛けた。聞き慣れぬ言葉に首をかしげていた私に気がついたからだろう。

「しかし、実際に造り替えているのは三人の中でもたった一人だけなんだよ」

「え? あ、あの、それでは他の二人は……?」

「三人の神はね、互いに殺し合って最後に生き残った一人が世界を造り替えるんだよ。高天原とは、その三人の神が戦う場所なのさ」

 神が互いに殺し合う?

 突然のその言葉を、私は俄かには信じられる事が出来なかった。神とは人間を慈しむもっと慈悲深く神々しい存在であると思っていたのだけど。

 そういえば、ここに来る途中でレイクさんが言っていた。神は実際に存在するのだが、自分達が思っているよりもずっと残虐な存在だと。

「では今、そこを探して? でも、世界地図があるなら」

 航海技術が発達した今、この世界で行けない場所は事実上ないとされている。その高天原がどこにあるのかは知らないが、これだけ世界各国の首脳陣が集まっているなら、見つけようと思えば各国の力を結集すれば島の一つや二つぐらいすぐに見つけられるはずなのに。

 しかし、彼は微苦笑を浮かべながら私の問いに答えた。

「高天原とはね、この三人の神しか知らない場所なのさ。おそらく、この世ならざる場所にあるのだろう。だから我々も、どうやったらそこに辿り着けるのか分からないんだ。発見の足がかりになるものといえば、預言者衆の預言ぐらいなものだ。現時点では暗中模索な状態なんだよ」

 だからさっきの人は、私が何も知らない事で苛立っていたのか……。その手も足も出ない、ただ滅びを待つしかない状態に進展をもたらすかも知れないと召喚された私が、実は状況を打開するだけの大した情報も持っていなかったのだから。

「もし、高天原を見つけたらどうするんですか?」

「その日のため、我が国も含めて世界各国ではあらゆる武芸に秀でた人間を育成してきた。この国で言うところの王立近衛兵団のようなものだね。もし高天原が発見されたら、その精鋭部隊を全て送り込み、神達の決着がついた所を一斉攻撃させる。神三人にはかなわないかもしれないが、一人、それも戦いに疲れ果てた状態ならば望みは薄くはない」

「神を……殺す?」

 とんでもない発想だ、と私は思った。今までは、人間にとっての神とは偉大で全能な存在であるはず。いつ如何なる時も感謝の気持ちを忘れず、そして崇め称える存在。そうであるはずの神を、それも人間の平和のために殺すなんて。第一、自分達は神の被創造物ではないか。人間が創造主である神を殺すというのは、人間で言えば親殺し以上に重大な罪だ。にも関わらず、一国の主達がこうして集まりその段取りを練っているなんて。

 私のこれまでの価値観が一気に崩されていく。私が思っていた神と実際の神がこれほどギャップがあったなんて。この事を世界中の人が知ったら、一体どう思うのだろうか?

 この場に集まっている人達は、その事実も滅亡の事もいたずらに不安を煽らず民衆の知らない内に解決しようと頑張っているのだ。そして、人類の平和のために残された選択肢が、ミレニアムを起こす神を人類の精鋭部隊で殺す、という熱心な信者にしてみれば各国の首脳陣が下した決断とはおよそ信じられぬ血生臭いものだなんて。これらの話を聞かされ、私は、どれだけ自分達が今立たされている状況が深刻なのか、ようやく理解しリアルに実感する事が出来た。

「神を倒さなければ、我々には未来はないのだよ。私などはもう生い先短いが、これから自分の人生を歩もうとする若者達にもなんとしてでも勝たなくてはいけない。人類の最後の抵抗だよ」

 心痛な面持ち。

 たとえどんな手段を用いる事になろうとも、必ず人類の未来を守り抜こうとする決死の覚悟に満ち溢れた表情だ。

 ふと、私はアクティの事を考えた。

 もしもアクティがツクヨミ神だったとしたら。今頃、その高天原という場所で他の二人の神と戦っているという事になる。

 負ければアクティは殺されてしまうだろう。だけど、最後に生き残ったのがアクティだったとしたら。

 いや、同じだ。疲れ果てたアクティを、各国の連合精鋭部隊が―――。

 アクティがツクヨミだったなら、二度と私の元へ帰って来れないという事になる。じゃあ、今度こそ本当に私は一人ぼっちになってしまう……。

 駄目だ、そういう事を考えては。

 アクティがツクヨミな訳あるはずがない。それを信じて私はここまで来たんだから……。