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 食料の買出しは、おばあさんと、そして私とアクティが交代で町に出かけていた。

 私達の住む家は、町からは歩いて三十分ほど離れている。おじいさんがあまり賑やかな事が好きではないため、こんな所に住んでいるそうだ。別に私はそれほど耳喧しいものとは思わないのだが、気難しい人だからそういう事もあるのだろう。

 今日の買出しは私一人だった。おばあさんが膝の具合が良くないためである。アクティは畑の仕事もしなくてはいけないから、買い物は私一人になったのである。

 そのためもあり、今日はあまり買い込まない。普段はおばあさんがある程度の食料配分を考えて買うのだけど、今日はそういう訳にはいかない。とりあえず当面必要なものだけをメモに書き起こしてもらっている。これにあるものを買って帰る事にしよう。

 どのお店でも、今日は一人で買い物に来ている私にみんな首をかしげていた。そして事情を聞くとおばあさんの事を心配していた。中には、お見舞いと称して果物やら野菜をくれる人もいた。その気持ちは嬉しいのだが、回る先々で何かを貰っていては荷物が増える一方だ。私の体は一つ、腕は二本しかないのだから。

 丁度太陽が西に傾きかけた頃、私はようやく家路に着いた。昼過ぎに町にやってきたのだが、町を出るまでに随分かかってしまった。買うものも大した量じゃなかったから、もっと早く帰れると思っていたのだけど。荷物も予想外に増えてしまったし、家に着くのはもっと遅くなるだろう。昼食を食べてから家を出たのだが、もう既に小腹が空いて来た。急いで帰る事にしよう。

 町を出てから峠に伸びる街道を突き進む。傍から見る私は異様な風体になっている事だろう。背中に背負ったバッグははちきれんばかりに肥大し、両手にも大きな麻の手提げをぶら下げている。そこからは野菜の葉などが飛び出している。正直言ってかなりキツイ。こんな事になるんだったら、アクティも連れてくれば良かった。常識で考えて、女の子が持つ荷物の量じゃない。しかし助けを呼ぶにしても辺りには人の気配は皆無である。もはやきっぱりと諦めて地道にやっていくしかない。

 ダラダラと汗をかきながら街道をひたすら進んでいく。私の家は丁度峠に入る直前辺りの山中にある。確かに静かで空気も良いのだけど、こういう時はどうしても不便さを感じてしまう。

 来る時の倍近い時間をかけ、ようやく街道の半分までやってきた。私は木陰に荷物を下ろし、一時休憩する事にした。涼しい木陰で風に当たりながらハンカチで汗を拭う。

 街道を時折馬車が通っていった。商人の仕入れの馬車だろう。さして急ぐ事もなく、実にのんびりとした様子だ。

 数分後。活力を取り戻した私は再び荷物を背負い出発した。

 家に帰ったらまずは何か冷たいものを飲む事にしよう。そしてぐったりと寝転がるのだ。

 歩き始めると間もなく、一度は引いた汗が再び滲み出て来た。大分気温も涼しくなっては来ているが、背負っているバッグと背中の間は蒸し暑く蒸れて気持ちが悪い。今にも投げ出しそうになる気持ちを何とか抑え、私は家に向かってひたすら進んで行く。

「はあ、やっと着いた……」

 ようやく家に辿り着くと、もう夕方に差し掛かろうという時刻になっていた。太陽がもう少しで地平線にかかろうとしている。辺りも薄っすらと暗くなりかけている。季節も季節という事もあり、さすがに日が落ちるのも随分早くなってきた。夕暮れ前に帰ってこれて良かった。

「ただいまー」

 溜息と挨拶を同時に口から飛び出させながら家の中に入る。けど私を出迎える声はない。

「あれ? 誰もいないや」

 みんな中庭にでもいるのだろうか? とりあえず私は荷物を台所に運ぶ。

『―――!』

「ん?」

 と、中庭の方から何やら人の声がする。壁越しなのでよく聞こえなかったが、確かに今のはアクティの声だった。やはりみんな中庭にいるようだ。もしかすると今日は涼しくて過ごしやすいので、外でお茶を飲んでいるのかもしれない。

 喉も渇いている事だし、私も早速裏口から中庭に出た。

 が。

「え……?」

 瞬間、私はその場に硬直してしまった。頭の中が一瞬真っ白になり、ありとあらゆる事が考えられなくなる。

 私の目の前にはあまりに非現実的な光景が広がっていた。それはあまりに酷過ぎて、俄かにはそれが現実なのか夢なのかすら理解出来なかった。むしろ、それを悪夢以外のあらゆるカテゴリに含めたくなかったのだ。特に現実の出来事だなんて、考えたくない。

「ル、ルージュ……」

 アクティが驚いた表情で私を見つめている。だがすぐに視線をそらし地面に向ける。

 その先に二つの何かが転がっている。

 それが血まみれで倒れているおじいさんとおばあさんと気づくまで、私は数十秒かかった―――。