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 静かだ……。

 彼岸の風が優しく俺の顔を撫でていく。

 俺の向く先は、何もない寂れた荒野だった。あるのは、岩と砂ばかりだ。

 最果ての地、高天原。

 古の昔から、俺達三人が幾度となく戦いを繰り広げてきた神の台だ。

 乾いた砂塵を踏みしめながら、一歩、また一歩と歩みを進めていく。二人の気配ははっきりと感じられた。俺はそこに向かってひたすら歩き続ける。

「よう、やっぱり来たな」

 高天原の中心地。万物を創造する根源樹が天に向かって四肢を伸ばすこの場所に、二人はいた。

 その大樹の根元にスサノオは背をもたれ、アマテラスはその頭上の枝の上に腰掛けている。二人とも、見た目は俺となんら変わらない人間の姿をしている。スサノオは二十歳前後の中肉中背の青年。アマテラスはそれよりも若干年下ほどの髪の長い女性。どちらも、人間界で無用の混乱を引き起こすことを防ぐためのフェイクの姿だ。いや、単に俺に対する皮肉の意味なのかもしれないが。

「アハハッ! アンタ、正気? 本気で人間の体で勝てるつもりなの?」

「勝つさ」

 アマテラスの嘲笑に、俺はそう一言答えた。

 気持ちは驚くほど落ち着いている。殺意も度が過ぎれば、逆に感情の波を穏やかにするらしいようだ。

「どこにその自信の根拠があるのか知らないけど? っていうか興味ないし。アンタが人間だろうとそうでなかろうと、ここに来ようが来まいが、私は殺すつもりだもんね」

 人差し指と中指を合わせて立て、ぺろっと挑発的に舐める。

「忘れてはいないだろうな。今回は元から貴様が不利な状況に立たされているんだぞ? その上、人間に転生しているなんてな。正気の沙汰とは思えん。いつも冷静だったお前の判断力はどこへ行ったんだ?」

 俺が不利というのは、俺が前回のミレニアムの勝者だからだ。前回の勝者は、次のミレニアムでは必ず二人がかりの攻撃を受ける。元から三人の実力は拮抗しているのだから、二対一では勝負の明暗ははっきりする。これが、これまでに一度として二回連続でミレニアムで勝利した者がいない理由だ。

「せーぜー手加減してあげるわよ? なんてったって、アンタには前回と前々回には随分世話になったものね。あんたのその目。見てるとさ、不思議と消えたはずの傷が疼くのよねぇ」

 アマテラスは合わせた人差し指と中指で自らの喉を指し示す。そしてそのまま、つーっと胸から腹にかけてのラインをなぞる。

「多少は神性を取り戻してはきているみてーだが。ま、人間がどれだけ頑丈なのか確かめさせてもらうぜ。テメエの身をもってな」

 そしてスサノオは、自分の額をトントンと指で叩く。

 二人とも、かつて俺がつけた傷の部位を示している。アマテラスは体を大きくえぐられた。スサノオは額を中心に首から上を吹っ飛ばされた。どちらも俺がやったものだ。

「前回の借りも利子つけて返させて貰うぜ」

 スサノオの黒い覇気と、アマテラスの赤い覇気がぶわっと膨れ上がり、辺り一帯を隈なく包み込む。

「まずは20%ぐらいか?」

「アハハッ! これぐらいなら耐えられるわよね?」

 俺はゆっくりと息を大きく吸い込み、吐く。

 俺は意識を自分の魂に集中させた。魂の奥底に眠る、月光色に輝く自分の力の根源。それを表層に引き上げる事により自分の中の神性を呼び覚ます。

 ざわ、っと髪の毛が逆立つような鈍い痺れが全身を駆け抜ける。心臓が高く熱く高鳴ると同時に、深層意識下には月が真円を描く。

「行くぜェェッ!」

 ドンと地面を蹴り、スサノオが突進してくる。

 俺はゆっくりと身構え、スサノオの動きを目で追う。

 スサノオは更に大地を強く蹴り空高く跳躍する。そのまま重力加速度に身を任せながら右半身を大きくそらし、俺に向かって落下してくる。

「オラァッ!」

 スサノオは怒号と共に右のこぶしを俺に目掛けて繰り出してきた。

 見える。

 俺は冷静に軌道を見極め、背後に素早く飛び退いた。

 ドォン!

 スサノオのこぶしが地面を打ち抜いた瞬間、轟音と共に大地が大きく窪んだ。

「アッハハハハハ! 吹き飛びな!」

 すぐさまアマテラスが俺に向けて手のひらを広げる。俺は反射的に両腕をクロスさせ防御体勢を取った。

 刹那、俺の周辺がカッと眩しく輝いた。

 凄まじいエネルギーの奔流が俺の体を飲み込む。アマテラスが得意とする熱エネルギーの放射だ。

 数秒ほど、俺は防御体勢を取ったままエネルギーの中心地で膠着する。普通の人間ならものの数秒で跡形もなく蒸発してしまうほどの高温だったが、そのエネルギーは俺の周囲に張り巡らされた防御壁に遮られて中までは届いてこない。

「あら? 割と丈夫じゃない。腐っても神、ってヤツ?」

 エネルギーの奔流に耐え切った俺の姿を見て、クスクスとアマテラスは笑う。

「俺だってまだ本気じゃないさ。この程度じゃ殺せないぞ」

 逆に挑発し返す。

 途端、アマテラスの瞳がより強く赤い光を放った。

「へえ。言うようになったものね。それがいつまで続くか、試してあげるわ」