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 私はあの頃に戻りたかった。

 四人で幸せに暮らしていたあの頃に。

 けど、現実は違う。

 私がこの状況を受け入れられずにいるのに。訪ねて来た二人が呼んだ葬儀屋の人達が、おじいさんとおばあさんの体を片付けていく。

 受け入れられないのに。

 私が受け入れようが受け入れまいが、時間は刻一刻と前へ前へと進んでいく―――。

「大丈夫ですか?」

 茫然とソファーに座る私を、訪ねて来た内の一人の女性が心配そうな面持ちで覗き込む。

「はい……」

 私はただ、そんな気の抜けた返事しかする事が出来なかった。

 次々と色んな事が流れては消え、流れては消え。流れの見えない私はひたすら戸惑うばかりだ。

 やがて日は暮れ、周囲を柔らかく闇夜が包み込む。家には明かりが灯され、そのオレンジ色の光を見つめながら、私は少しずつ自分を取り戻そうと頭の中を整理する。自分にとっては辛い出来事を受け入れようとする作業。消化してしまえば楽になれるかもしれない。けれど、それまでの間は酷く苦痛だ。

「全て終了いたしました」

「ご苦労様です。では、表に二人、裏に二人、残りは馬車の中で待機を」

「了解」

 家の中からぞろぞろと人が出て行く。残されたのは私と、この二人の男女だけ。急に訪れた静寂が耳に痛い。

「お気持ちは御察しいたします」

 沈痛な表情で彼は私に言う。

「あの……一体これは……」

「我々は今回のこの事で王都から派遣されたのです」

「この……事?」

「はい。その前に自己紹介をさせて下さい。私は王立近衛兵団のレイク=エリュダイトです」

「同じくフィーナ=ラヴィシングです」

 まだ歳若いように見えるが、王立近衛兵団と言ったら数ある兵団騎士団の中でも頂点に君臨する、いわばエリート中のエリートだ。僅か百人にも満たない数で構成されているのだが、その能力は一個師団を遥かに凌駕すると言われている。無論、誰でも入団出来る訳ではなく、入団試験を受ける権利を獲得するために三つの試験を突破しなくてはいけない。しかも、入団試験を通過するのは毎年一人か二人という難関さだ。

 それほどの人間が今、二人も私の前にいるなんて。驚かずにはいられない。

「今回の事件なのですが、昨夜、我々の預言者衆がここに三神が現れる事を予言いたしました。それで我々がここに派遣されたのです」

 預言者。確か、これから起こる事象をあらかじめ知る事が出来る力を持った人のことだ。あらゆる天災や人災を前もって把握するため、今ではほとんどの国で預言者を擁護している。

「じゃあ、おじいさんとおばあさんがああなる事も……」

「ええ……ある程度は把握していました。そのため、我々が派遣されたのですが……」

 僅かに遅かった。

 と、彼はその言葉を沈痛な表情で飲み込んだ。

 おそらく、まさかこんな辺鄙な所に人が住んでいるなんて思いもよらなかったのだろう。そのせいで到着するのが遅れたのかもしれない。おじいさんの人間嫌いがかえって仇になってしまったのだ。

「じゃあ、一体どうしてこんな事になったのかも知ってるんですか?」

「……ええ。預言者の言葉にありましたから」

「だったら教えて下さい! 私、もう何がなんだか分からなくて……!」

 思わずそう叫んでしまった。

 あまりに唐突な出来事で、何がどうなったのか私には訳が分からなかった。だから私は、留守の間に一体何が起こったのか、それが知りたかった。事の顛末の真相を。

「少し、一般の方々には受け入れ難い話になるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」

「なんとかついていきます」

 二人は私の向かいのソファーに腰を下ろした。

「昨夜、我々の預言者衆がミレニアムの啓示を受けました」

「ミレニアム?」

 聞き慣れないその言葉に私は問い返す。

「ミレニアムとは、いわば世界の改変期の事です。ご存知のように、この世界には千年前の資料や文献がほとんど残されていません。それは、千年ごとに何もかもが焼き尽くされてしまうからです」

「世界が……造り替えられる?」

「俄かには信じられない話でしょうが、国連の間ではこれは公然の事実なのです。そして、幾つかその事を裏付ける資料も残っているのです」

「民間へこの事項は決して漏れぬように機密保持を徹底しております。無用な混乱を避けるためです」

 私は事態が大き過ぎていまいち明確に飲み込めなかった。この世界の古い歴史は闇に包まれているのは知っていたが、それは世界が千年ごとに滅ぼされていたからだなんて。スケッチブックにスケッチをしてはページを破るようなことを、世界でやっていたということになるのだろうか?

「でも、それは一体誰が? 世界を造り替えるって……そんな事が人間に出来るんですか?」

「いえ、違います。この世界には、三人の神がいます。この三人の神が千年ごとに交代でこの世界を造り替えるのです。もっとも、生物の創造は更に上の神が行っているようですが」

「神、ですか?」

「ええ。神は実在します。ですが、宗教書にあるような神々しい存在ではありません。もっと醜悪で残酷で、人類にとっては共通の敵と言っても過言ではありません」

「この世界は神によって滅ぼされるのです。新しい世界を創るために。現在、国連では緊急対策議会を極秘裏に開いております。このミレニアムを阻止するためにね」

 私にはあまりに超越し過ぎていて俄かには受け入れられそうもなかった。

 神が本当に実在して、その神が世界を千年ごとに滅ぼし尽くしているなんて。神は人間を慈しむ存在ではないのだろうか? だけど、この二人には嘘や出任せを言っている様子は見られない。なによりも、王立近衛兵の人がそんな事をする訳がないのだから。

「今、そのミレニアムが迫ってきているのです。三人の神も続々と覚醒しました。これからおそらく、ミレニアムに向けて本格的な行動が始まるのでしょう」

「でも……それがどうしてこの事との関係が?」

「預言者衆の預言にはこうありました。三神の内の一人、”ツクヨミ”はここに現れると」

「他にどなたかいらっしゃいませんでしたか? ツクヨミは男の神です」

 彼女の問いかけに、私はハッと息を飲んだ。

 あ、男の人っていったら―――。

 脳裏に浮かぶ、この家に住むもう一人の人物の姿。

 まさか。そんな事があるはずがない。アクティは小さい頃からずっと一緒に暮らしてきたんだから。

 でも、あの時……。

 アクティのあの瞳の色は普通じゃなかった。とても同じ人間のような気がしなかったのだ。

 もしかすると、やっぱり……。

 真相を聞いたはずなのに、私の頭は余計に混乱してしまった。何を信じたらいいのか、もう、分からない。

「今回のこの事件も、犯人は降臨したツクヨミと思ってほぼ間違いないでしょう」

「我々の目的は、そのツクヨミとの接触でした。交戦も覚悟の上での」

 二人の言葉が空しく頭の外で響く。

 私はミレニアムやツクヨミやらの事よりも、アクティの事だけで頭がいっぱいだった。