高速エレベーターに乗り込んでから、およそ数十秒でそこに到着した。

 ここが、アッパーエリアか……。

 まだ、エレベーターポイントを出るどころか、エレベーターから降りて数歩しか歩いていないというのに、僕の胸は、遂にここまでやってきたんだ、という感激に満ち溢れていた。

 エレベーターポイント上部は、下部の簡素な作りとは打って変わって、必要以上に豪奢な作りになっていた。ただの登場口なのにも拘わらず、歴史のテキストに出てくる中世ヨーロッパの宮殿を思わせるような飾り付けが施されている。部屋の周囲を赤いカーテンのようなものがぐるっと囲み、何故か壁には絵画まで飾られている。一体、この部屋をデザインした人は何をモチーフにしてデザインしたのだろう? 少なくとも、趣味が悪い事だけは確かなようだ。

 と、その時。背中に背負っていたカバンの中のモバイルから呼び出し音が鳴る。僕はすぐにカバンの中からモバイルを取り出し開いた。

「リーダー、B班とC班共にアッパーエリアへ到着したそうです」

「分かりました。では、早速国会議事堂に向けて出発しましょう。既に政府は我々の事に感づいているはずです。ここから先は特に用心して進みますよ」

 全員、各自の武器を構え、二列ずつに並んで登場口を出る。

『緊急事態、緊急事態。侵入者です。駆除隊の者はただちに現場に急行して下さい。なお、武器の使用はレベル4まで許可します』

 部屋を出ると、耳やかましく緊急放送が鳴り響いていた。僕達に対する駆除命令が発せられている。レベル4の武器といったら、別名ライオットスマッシュとも呼ばれる暴動殲滅用の広範囲高威力武器だ。こんな逃げ場のない建物の中で火炎放射器なんかやられたら、一瞬にして僕達は全滅だ。高速エレベーターを制御するための精密機械があるこの階で、まさか戦術級の局地破壊用兵器を使ったりはしないだろうが、ロケットランチャーぐらいは覚悟しておいた方が良さそうだ。

「ジェミニ、ここの回線に入り込めるか?」

 不意にその時、下の昇降口へ向かって走りながら、リーダーは僕にそんな事を訊ねた。

「ええ、出来ますよ。さっき下の管制室で見たんですが、エレベーターポイントは上部も下部も同じネットワークを使ってるみたいですから、すぐにでも入り込めますよ」

「ならば、ここのセキュリティシステムに潜入してくれ」

 その言葉に、僕はピーンと来た。

「混乱させるんですね?」

「その通り」

 と。

「いたぞ、侵入者だ!」

 奥の廊下の曲がり角から、武装した警備員、いや、おそらく先ほどのアナウンスで駆除隊と呼ばれていた連中だろう、やけに物々しい格好で現れた。数は五人。

 咄嗟に僕達は柱や壁の凹凸を利用して身を隠した。直後、それまで僕達が立っていた所にありったけの弾丸のシャワーが通過していく。

「ジェミニ、この状況だ。早く頼む」

「了解。二分だけ待って下さい」

 そう宣言し、僕は銃撃戦は他のみんなに任せ、影に隠れてモバイルを開く。

 耳に、パアン、という目も覚めるような銃声が次々と飛び込んでくるが、僕は不思議と落ち着いてキーを叩いていた。先ほどの銃撃戦で慣れてしまったのか、もしくは腹を据えたからなのか。

「アクセス、侵入成功っと。セキュリティシステムは……あったあった。パスワードはちょちょいのちょいっと。OK! ここのセキュリティの管理権限をこちらに移しました」

「よし、とりあえずあれをどうにかならないか?」

 そう言って、リーダーは指差す代わりに連中に弾丸を撃ち込む。

「了解。では、行きます」

 僕はキーボードに指を走らせる。

『6−B区画で火災発生。これより被害拡大を防ぐため、この区画を封鎖します』

 警報と共にアナウンスが鳴り響く。

「火災だと? 6−B区画ってここじゃ―――あ!」

 と、思わず駆除隊の一人が声を上げた。

 なんと目の前に、火の回りを防ぐための隔壁が下りてきたからである。

 すぐさま駆除隊達は隔壁の向こう側に向かう事を試みる。しかし、ここぞとばかりに僕達が弾を撃ちまくったためその場に足止めされ、あえなく隔壁の向こう側へ閉じ込められてしまった。

「なるほど、防災装置を利用したのか」

「これで、連中の足止めは完了です。この廊下の右側に非常通路があります。すぐに開放出来ますんで、そこから抜けましょう。丁度、この建物の裏に出るようです」

「分かった、すぐにやってくれ」

「了解」

 キーをポンと叩く。

 直後、ブシューッと煙を吐きながら右の壁の一部が上にせり上がり通路が現れた。緊急用の避難通路である。通常はシステムが必要と判断しない限り閉ざされているのだが、今ここのセキュリティは僕の支配下におかれている。

「よし、行くぞ」

避難通路はスイッチバック型の階段だった。どこにでも見かける、ごく普通の階段だ。ただ、あまり使われていなかったらしく、手すりやらあちこちが錆びついたり汚れている。

「確か、この建物の敷地内に駐車スペースがあったはずだ。そこで車を調達し、国会議事堂に向かう」

 

「おい、何だか中が騒がしくないか?」

 エレベーターポイントの敷地内。

 そこを二人の冴えない顔をした警備員が巡回していた。いつものごとく、何も変わり栄えしない仕事。ただ外をぶらぶら歩くだけでそれなりの給料を政府は出してくれる。いつの世も、強いヤツにうまく取り入る事が人生を楽に過ごすコツなのだ。

「ああ、さっき連絡が入ったぜ。なんでも、またアンダーエリアのテロが出たんだと」

「またか? 確かこの間も出たよなあ」

「ったく、何でこんな無駄な事するのかねえ? どうやったって、政府に勝てるはずなんかありゃしねえのによ」

「この間の連中は、エレベーターポイントまでは昇って来たな。ま、その後、全員が死体で出てったけどさ」

「ここのセキュリティシステムは半端じゃねえんだ。エライ武器持った駆除隊だっているしよ。たとえここに昇って来れてもさ、この敷地内から出るのは絶対に不可能だって」

 と、その時。

 目前からこちらに向かって二台のトラックが向かって来た。

「ん? 何だ、あれ? 予定にあったか?」

「いや、今日は大型車の出入りはないはずだ。ちょっと止めよう」

 警備員は大きく手を振り、二台のトラックに向かって止まれの合図を出す。

 しかし、トラックはスピードを緩めるどころか、更に加速を始める。

「お、おい、止まれ! ちっ、やべえ!」

 咄嗟にこのままではトラックに轢かれると判断した警備員は、慌ててトラックの前から横の方へ飛び退いた。

 ぶうん、とドップラー効果が働いた駆動音を立てて通り過ぎていく二台のトラック。向かっているのは、この敷地内の出入り口のようだ。

「な、なあ。あれってまさか―――」

「……見なかった事にしよう。まだ俺はクビになりたかねえ」

「そうだな……」

 二人の警備員はそう決め込み、またいつものようにダラダラとした巡回を再開した。