「これで会議は終了になります。何か質問等はございますか?」
リーダーがいつもの、穏やかな言葉使いでありながら凛と響く真っ直ぐな口調で皆に問い掛ける。
遂に決戦の日が明日へと迫った。決行時刻は正午丁度。今日はおそらくアンタレス最後の会議になるだろう。この見慣れた部屋も、今日を最後に閉鎖されてしまうのが少々名残惜しい。
思えば、今週は随分と色んな事があった。普通の週の倍近くの濃さがあったと思う。よくも自分はやってきたものだ。最後の何日かは不可能じゃないかな、と思う時さえあったウィルスプログラムだって、遂にはシュミレートで予想以上の結果を弾き出してしまった完璧なものが出来上がってしまったし。
「いえ、ありません」
「では、これにて閉会します。と、その前に、各自に武器を支給します」
すると、リーダーは奥に設置させれている金庫へと向かった。小さな覗き穴のようなレンズに目を当て、横のパネルのキーに指を走らせパスコードを入力する。アンタレスでも一部の人間しか知らないコードだ。
がちゃん、と音を立てて金庫のロックが外れる。観音開きの作りになっているその扉に手をかけ、一気に左右へ開く。
中には、ずらっと様々な武器が並んでいた。アンタレスが数年かけて集めてきた、決戦のための武器である。高周波ブレードや高圧火炎放射器、暴徒殲滅用グレネードなどの重火器まで、ありとあらゆるものが備わっている。
「では、そちらから順番に」
隊員達はまばらに立ち上がり、順番に並んでリーダーの居る金庫へ向かう。
武器は全員に渡される事になっている。白兵戦を役割とする人だけが武器を必要とする訳ではない。少数で行わなければならない作戦のため、最低限、自分の身は自分で守らなければならないのだ。僕だってそれは例外ではない。
「武器だって。ぞくぞくするぅ」
ヴァルゴさんがわざとらしく、そう微笑んで見せる。
「何がですか。どうせ使いませんって」
「あら、随分と余裕ね。そうとは限らないのが世の常なんだから。ジェミニ君は銃とか使った事ある?」
「いえ。持った事もないです。実物を見たのすら今日が初めて。使い方なんかはネットで予習しましたけど。ヴァルゴさんは?」
「そんなの全然ヘーキ。カートリッジ入れて安全装置外して引き金をバン! これで十分」
「気楽だなあ……」
そうしている内に、とうとう僕の番がやってきた。
「君は銃撃戦の矢面に立つ事はないと思うが、念のため、引き金を引く覚悟は決めておいてくれ」
「はい」
そう言って手渡されたのは、38口径のリボルバーと弾薬一箱、そしてヒートナイフだ。
38口径となると、射撃手の反動もそこそこ大きくなってくると読んだ事がある。反動が大きくなると銃口がぶれやすくなり、狙いが思うように定まらなくなってくるのだ。しかし、僕は一応は非戦闘員である訳だから、銃そのものを相手を倒すために使う事はまずと言ってないだろう。
ヒートナイフは、一般に刃を高熱にして対象を焼き切る武器の中で、比較的刃が短いものを指す。待機状態からスイッチ一つで、たった数秒で一千度オーバーの超高熱状態になる。その刃はあらゆるものを瞬時にして焼き切ってしまうほどの威力を持つ。欠点としては、最大温度にまでなるのに時間がかかる事と、待機時間が6時間、稼動時間が1時間と極めてエネルギー効率が悪い事が上げられる。これを克服したのが高周波兵器と呼ばれる振動武器だ。こちらは、刃を細かく振動させる事によって物体を切り裂くというものである。振動するのは相手に触れている時だけで良く、大抵のはグリップの所にスイッチがあり、使用者は必要に応じてスイッチを握って振動させる。そのためエネルギー効率は極めて良いのだが、ただヒート系の武器との相性は最悪で、更に切れ味もそれよりも幾分か落ちるのだ。無論、対人戦においては十分過ぎる威力なのだが。
「使い方は分かるね?」
「一応、一通りは」
「なら問題はないな」
手渡された38口径が、ずしっと重く僕の手に圧し掛かる。見た目はそれほど大きなものではないのに。人を容易に殺す事も出来るものだから、それに対するプレッシャーがあるせいでそう錯覚しているのだろうか?
「リーダー、私あれがいい」
「あれは、対装甲車用ですよ。あなたのポジションでは必要ないでしょう?」
「私って派手好きなの」
一方、ヴァルゴさんは全くと言って良いほど緊張感が微塵も感じられない。
まったく、本当にそんなんでいいのだろうか? 心構えとかさ。
僕は思わず溜息をつきそうになりながらも、そんな彼女を尻目に自分のカバンの中へ武器をしまった。
深夜の病院はひっそりと静まり返って不気味だった。科学は長い発展の歴史を持つが、未だに幽霊の存在を掴めずにいる。人々の目撃例や体験談はとどまる事を知らないというのに。それに関してだけは、科学は発展が止まってしまっているようである。
本来ならば、既に面会時間も過ぎ去り病院内に立ち入りは出来ない事になっている。だが、それは物理的不可能を意味するものではない。セキュリティの目を掻い潜ればいいだけの話だ。元々、病院内は不特定多数の人間が出入りするため、薬品庫等の危険なものを保管している場所以外はそれほど厳重なシステムは存在しない。一般病棟など、少しでもシステムを知っているものにしてみれば、入り込む事自体なら旧式の南京錠を開けるより簡単なのである。
と、僕はとある病室のドアの前で足を止める。
ランの病室だ。
僕はドアの傍にしゃがみ込み、モバイルを開く。
「スタート、っと」
病院内の回線に侵入する。目指すはセキュリティシステムだ。
ディスプレイに無数の数字が映し出される。その中から僕はランの病室の番号を見つけ出し、クリック。
「今から三秒間だけロックを解除、と」
それだけあれば中に入るには十分だ。あんまり解除時間が長いと監視に気づかれてしまうが、たった三秒ならば問題はない。よほど僕の運が悪くない限り、発見するのは不可能だ。
かちゃん、とドアのロックが外れる。僕はすかさず音を立てぬよう静かにドアを開けて閉めた。
「眠ってるな……」
病室は当然の事ながら暗かった。枕もとに常灯している常夜灯の淡い光以外に光を放っているのは、心電図の画面と僕のモバイルの液晶ディスプレイだけだ。
僕は静かにモバイルを閉じると、ランのベッドの隣のパイプイスに腰を下ろした。
ベッドの上で、ランはすやすやと心地良い寝息を立てている。表情が安らかだ。僕はそれを見て一安心する。
もう少しだからな。後、もうちょっとの我慢だから。
明日、アンタレスによってこのユートピアは大きく変わる。これまで政府に虐げられてきた全ての弱者は、この日を境に一律に救われる。アンタレスが真の平等と国民にとって住み良い新たな体制を作り出すのだ。
僕は今まで随分とランに不自由な思いをさせてきた。僕がもっとしっかりしていれば、ランに手術を受けさせてやれたはずだ。一番多感な時期をネット越しでしか世の中を知らずに過ごしてきた。全て僕の責任だ。僕が会社に出かけ一人部屋に取り残され、どんな寂しい思いだっただろう? そんな事などおくびにも見せたりしなかったけど、それは僕を困らせないように気を使ってくれていたのだ。いや、僕がそう気を使わせていたのだ。
全部終わったら、どっかに連れてってやろう。今までディスプレイ越しでしか見る事が出来なかったものを沢山見せてやるんだ。あ、でも、それどころじゃなくなってるかな? 会社のみんなは、僕がアンタレスに入ってるなんて事は知らないんだし。有名人になっちゃってるかもな。
と、僕は思い出したようにカバンの中を探った。取り出したのは、僕がいつも使っているメモ帳とボールペン。
ランへ。
そんな書き出しで、僕はメモ帳に文字を綴り始めた。
これまで僕が散々苦労をかけてきた事。
仕事が忙しい時はあまり構ってやれなかった事。
この間、つい怒鳴ってしまった事。
日常の些末事。だけど、それらはランにとって自分の世界観すら左右しかねない大きな事だ。
そして、これからの事を綴った。
僕がアンタレスに入った事。
明日の正午、遂に作戦を決行する事。
必ず作戦は成功させ、手術を受けさせてやる事。
最後にこう綴った。
手術が終わって元気になったら、どこかへ連れてってあげるよ。それまでにどこに行きたいか決めておけよ。
と。
まるで遺書みたいになってしまった。心のどこかでは死への不安に怯えているのだろうか。
そうかも知れない。
だけど、覚悟は決めている。
死の覚悟じゃない。
何が起こっても生き残る覚悟だ。
もうひとつ。あの腐った政府を必ず倒す事を。