「ジェミニ君、キミの驚きはもっともだ」

 と、リーダーは不気味なほど落ち着き払った様子でそう言う。

「君達が作り出したウィルスは素晴らしい能力だったよ。ファイアウォールをいとも簡単に潜り抜け、双子構造になっているマザーコンピューターを一度にシステムダウンさせたのだからね」

「け、けど、まだ回復には時間がかかるはずなのに、一体どうして……」

 動揺を隠し切れず震える僕の声。しかし、リーダーは他人事のようにしれっとしている。

「実はね、マザーコンピューターは双子じゃなくて三つ子だったんだよ。もう一体、外部から干渉されないマザーコンピューターが存在するんだ。だから、初めから回復しようと思えばいつでも回復できたのだよ」

 三つ。その言葉が僕の胸をえぐる。

「そんな―――! でも、どうしてその事をリーダーが知っているんですか?! 知っていたなら、何故教えてくれなかったんですか! 教えてくれたなら、もっと別なウィルスを作れたのに!」

「教えるだなんてとんでもない。そんな事をしたら、今度こそ本当にシステムが完全にダウンしてしまう」

 にやり、と僕達を嘲るような笑み。その表情が計画の失敗を喜んでいるように僕の目には映った。これではまるで、リーダーが僕達を妨害しているとしか思えない。

「あなたは……あなたは一体、何者なんですか?! 僕達アンタレスを率いて政府を解体するんじゃなかったんですか?!」

「これまで隠していたが、実のところ私は政府の人間なのだよ」

「え?!」

 リーダーの思わぬ告白に、一同の間に戦慄が走る。

 これまで憎むべき敵であった政府。政府の打倒を誓い結成された僕達アンタレス。その最高責任者であり、アンタレスの象徴とでも言うべきリーダーが、実は政府の人間だったなんて―――。

 一体、何故? そんな短絡的な質問が頭にひしめき、早急を要する答えを強く求める。

「どうしてそんな……。リーダーは、圧政を敷く政府を憎んでいたのではなかったのですか?!」

「圧政? フッ、今の現状を見たまえ。現在、アンダーエリアには君達のような革命団を気取ったテロ集団が溢れ返っている。秩序を破り、人々の生活に混乱をもたらす実害的な存在だ。それで我々政府は、テロ集団の除去にあれこれ苦心したのだよ」

 そう言って冷笑するリーダーの表情は、これまでとはまるで別人だ。

「人間は執拗に自由意志というものを叫ぶが、そのために起こる価値観の格差と摩擦の問題を少しも考えようとしない。人は自身の自由に大しては非常に寛大だ。どこまでも見境なく求めてしまう自由。自由と私欲の境界線を自分の都合のいい位置に引き直し、そこからまた他者との摩擦を生じさせる。周囲の人間との摩擦が日常的に溢れ返った社会。そんな社会が、果たして健全であると呼べるのだろうか? 自由意志も結構だが、秩序を保つためには一つの絶対的な価値観の元に統率されている事が必要不可欠だ。秩序とは即ち統率者によって完璧に管理されている事を言うのだよ」

 国民を管理の対象と見なし、箱庭作りのような意識で行う彼らの政策。

これまで幾度となく憎んできたその理屈を、まさか何よりも信頼していたリーダーの口から聞かされるなんて。

悪夢だ。

今はそう思うしかなかった。

「……それで、何故あなたは何年もアンタレスのリーダーを務めるようなまどろっこしい真似をしたんですか?」

「何も私は、アンタレスだけのリーダーをしている訳ではない。他にも幾つもの“手駒”を持っている。時々に名前を変えてね。ただ除去していくのではあまりに芸がないので、政に心労を重ねていらっしゃるお偉方に楽しんでいただくための趣向が必要だったのだよ。その“駒”を使ったドッグレースの延長と考えていただければ幸いだ」

「結局、僕達はあなたが遊ぶための道具の一つでしかないという事ですか?! 政府を解体し、人々が住みやすい政治体制を作ろうといった美辞麗句も、所詮はただの駆け引きでしかなかったんですね?!」

「その通りだ。そんな事を本気で考えるのは、それだけに見合った力を持っているのか、もしくは―――」

 フン、と微苦笑し、

「ただの馬鹿だ」

 蔑むような冷たい視線を投げつけた。

「君達の働きは大したものだ。おかげでわが党は一人勝ちをさせてもらったよ」

「それのおかげで、一体どれだけの人間が死んだと思ってるんですか! みんな、あなたを信じて今日まで戦ってきたのに!」

「人々の生活を脅かす輩など、どうなろうと知った事ではないな。さて、そろそろ後片付けをしなくてはな。次のゲームの準備も控えている事だし、あまり時間を無駄にはしたくない」

 と、リーダー―――アルデバランと名乗っていた男はポケットから一枚のカードサイズリモコンを取り出し、それを天井へ向けてスイッチする。

『……ロード終了。これよりジェノサイドモードに移ります』

 突然、天井付近の左右の壁が開き、そこから自動迎撃レーザーを装着したマニュピレータが無数に飛び出してきた。

「レーザーは安定性を重視したため出力はやや押さえられてはいるが、人体に穴を空けるぐらい造作もない事だ。おまけに、辺りが血で汚れなくていい」

 まずい、迎撃レーザーの数が多過ぎる。一つ一つ撃ち落すまで向こうが待ってくれるはずはない。かと言って、逃げようにも入ってきた扉はセキュリティが復活し、完全にロックされている。

「これをもってアンタレスは解散する。では、撃て」

 何の躊躇もなく言い放つ。

 と、

『異常発生、異常発生』

「? 何だ、何が起こった?!」

 部屋にちかちかとハザードランプが点灯する。

『外部からの不法侵入を受けました。ウィルスです。システム稼働率、現在43%』

「どういう事だ?! アンクウは第三マザーコンピューターには侵入しなかったはずだ!」

『稼働率30%を下回りました。これより緊急モードに入ります。セキュリティの一切を開放し、生命維持のみの稼動を行います』

 ぶつん、とマシンボイスはそこで途切れ、同時に無数のパネルも消えてしまう。

「うまくいったみたいね。さ、逃げるわよ」

 急に傍らに立っていたヴァルゴさんが僕の肩を叩く。

 一体何が起こったというのだろう?

 訳が分からなかったが、今はとにかくヴァルゴさんの言葉に従うしか他ない。

「よし、開いたぞ!」

 残ったメンバーが三人がかりで閉じた扉をこじ開けた。セキュリティシステムがダウンした扉は、単なる大きな鉄の塊にしか過ぎない。

「待て! ここからは生きては帰さんぞ!」

 同時に、ダァン! という鋭い空気の破裂音。

「ぐおっ?!」

 直後に悲鳴。撃った弾が運悪く命中したようだ。

 だが、僕達はわき目も振らず廊下を元来た道を辿って駆け出した。作戦が失敗した以上、とにかく今は逃げる事だけを考えなくてはならない。

「ヴァルゴさん! これって一体どうなってるんですか?!」

「私がね、ちょっとだけウィルスプログラムを変更しといたの。外部にもう一個コンピューターがあっても利くようにね。思った通り、役に立ったわね」

「思った通りって?」

「なんかね、リーダーがうさんくさいなあ、って思ってたのよ。情報集めは私達の仕事なのに、妙に私達の知らない事に詳しかったでしょう? 気がつかなかった?」

 そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。ネットには絶対に載っていないような内部事情にやけに詳しかったし。今思うと、あれは自身が政府の人間だったからなのだと説明がつく。

 体は随分と疲れていたはずなのに、自分でも驚くほどの軽快さで一番下の階まで一気に下りきる。息も切れ酷く咳き込んだが、走ろうと思えばまだ走れそうだ。

「いたぞ! 全員射殺しろ!」

 一階には既に何名かのガードマンが手に銃器を持って集まっていた。僕達の姿を認めるなり、号令とほぼ同時に撃ってきた。

 僕達はすぐさま乗って来た時に大破したトラックを盾に銃を構え応戦射撃する。

「B班とC班は……?」

「考えない方がいいわね。ここにあの連中がいるって事よ」

 やっぱりそうなのか、と僕は胸が痛む。

 みんな、理想の国家体制を築き上げようと今日まで頑張ってきたのに。

 とても、実はリーダーは政府側の人間でした、なんて言えやしない。

「ヴァルゴ、車で先に行け! ここはもう持たない!」

 マシンガンを構えながら叫ぶ一人のメンバー。

「分かったわ。ほら、いくわよ。ジェミニ」

 ヴァルゴさんは僕の手を取り、向こう側に止まっている小破したトラックを目指す。

「いい? 一、ニの三で一気に駆け抜けるからね。転んだりしないでよ」

「はい」

 トラックの端から敵の様子を窺いながら飛び出すタイミングを計る。

「一、   ニの三!」

 ぐいっと僕の手が強く引っ張られる。それに遅れぬよう、僕もすぐさま飛び出す。

 パアン! パアン! 

 双方からの威嚇射撃の音が鳴り響く。その内の一方は自分達を狙って撃たれているのかと思うと、僕は思わず恐怖で足が止まってしまいそうだった。それでも何とか恐怖を振り払い、無我夢中で駆けた。

「よし、着いた! 早く乗って!」

 運良く弾には当たらずにトラックの元へ辿り着けた僕達。

 向こうではまだ激しい銃撃戦が繰り広げられている。あの中をくぐって来たのかと思うと、よくも無事でいたものだと驚かずにはいられない。

「さあ、行くわよ!」

 激しく吠えながら稼動するエンジン。ヴァルゴさんは思い切りアクセルを踏み込み、いきなり急加速で飛び出した。

 派手に壁やら敷居やらを破壊しながら、国会議事堂の外へ飛び出すトラック。そのまま出せるだけのスピードを振り絞りながら脱兎の如く議事堂を後にする。

「調べて分かったんだけど、もう使われなくなったエレベーターポイントがあるらしいのよ。今からそこに向かうから」

「それって動くんですか?」

「なんとかね。それで悪いんだけど、システムの立ち上げとかは一人でやってね」

「え? どうして―――!」

 その時、僕は思わず息を飲んだ。

 ヴァルゴさんが着ている服が、腹の辺りから真っ赤に染まっていたのである。

「さっきちょっとドジっちゃったみたいでね。ま、なんとかもたせるから安心して」

「駄目ですよ! とにかく早く手当てしないと!」

「悪いけどそんな時間はないの。多分、追っ手が来ると思うからね。それに、どうも助からないっぽいの。なんか指とか冷たくなってきちゃってるのよね」

 危機的な自分の状況を実に安穏と話す。

 理由は分かっている。心配させないためだ。そんな姿を見せられて、心配も何もあったものじゃないのに。

「どうして……どうしてそこまでするんですか?」

 半分泣きそうになった僕の声。

 次から次へと辛い現実に打たれ、もう精神的にも限界に来ている。

「私にはね、弟がいるんだ。生きてたらジェミニ君ぐらいの」

「生きてたら?」

「死んじゃったんだ。十年以上も前にね。難しい病気で、手術も受けさせてやれなくてね」

 ランと……似ている。

 思わず僕はそう思った。

「どうしてかな? 時々、ジェミニ君が弟みたく思えてね。何かあったら守ってやらなくちゃなあって、ちょっとお姉さん気取りね……」

 下がり調子に語尾の勢いが沈んでいく。荒かった息が穏やかになっている。それはおそらく別の意味で。

「ヴァルゴさん?!」

「大丈夫よ、大丈夫……。ちゃんとエレベーターポイントまでは連れてくからね」

 ニッコリと微笑む。

 しかし、血の気を失って蒼白のその顔に、僕はただ涙を堪えるしか出来ない。

「男の子が泣くんじゃないわよ。みっともない」

「泣いてなんか……」

 そう強がって目元をこする。

 言動が一致しない僕に、ヴァルゴさんは微かに笑った。

「ランちゃん、大事にしてあげるのよ?」

「はい……」

 そして、僕達の会話はそこで途切れた。

 後はただひたすら、トラックの耳やかましいエンジン音だけが車内に鳴り響いていた。