「あの、馬鹿が!」
苦みばしった表情で奥歯をぎりっと噛み、眼前を睨みつけるサイアラス。
そこに広がっているのは、聖騎士団の屍達。いや、よく見ると死んでいるのは一人もいない。ただ、何か凄まじい衝撃を受けたかのように鎧が激しく破損している。よほどの衝撃を受けたためか、完全に白目を向いて失神してしまっている。しかし中には運悪く意識が残ってしまい、激痛に苦しみ悶えている者もいる。
相手に攻撃させる間もなく、腹を横薙ぎに一撃。間違いない。見慣れたあいつの剣だ。
降り積もった雪の上には、沢山の足跡が散乱している。しかし、一つだけ点々とどこかへ向かう足跡が。
おそらく、あいつのだ。
「チッ、アホな真似しやがって!」
サイアラスは足跡を辿り馬を走らせた。
会議を終え、それぞれの持ち場へ戻っていく聖騎士。
その中、ジュリアスはサイアラスの腕を掴み、裏へ引っ張っていった。
ジュリアスの表情はいつになく鬼気迫っていた。ジュリアスのこんな表情を見るのは久しぶりだ。何年ぶりかもしれない。
「サイアラス、あなたはどういうつもりですか!?」
暗がりに着くなり、ジュリアスは会議の時の続きと言わんばかりの勢いでサイアラスに食いかかった。殺気立った目つきで猛然と睨みつけてくる。
「どういう? お前こそどういうつもりだ。自分の立場を忘れたのか?」
対し、極めて落ち着いた様子のサイアラス。殺気立ったジュリアスを目前にしても、まったく気圧される様子がない。
「答えになってません! あなたは何故、あんな命令に従えるんですか!? 立場を忘れているのはあなたの方です! 私達は聖騎士団であり、国民を守るための存在です! 敵国とはいえ、非戦闘員を刃にかける存在ではない!」
「いいや、忘れてるのはやっぱりお前だ。俺達は聖騎士。という事は、国の命令は絶対なんだよ。国の命令とは何だ? そう、ニブルヘイムが企てているヴァナヘイムへの侵略を食い止める事だ。遂行のためには、いちいち手段をとやかく言ってられねえんだよ」
「あなたは何も思わないんですか!? 民間人を手にかける事が!」
「思うさ。不運だなってな」
「あなたは―――! あなたは、一体何のために聖騎士団に入ったんですか!」
「金さ。俺みたいな腕力しか取り得のない馬鹿が金を手に入れるには、それが一番の近道なのさ」
「金って、そんな……」
「言いたい事は済んだか? 俺はもう寝るからな。お前もさっさと寝ろ。あまり団長を困らせるな」
「サイアラス!」
と、その場を後にしようと踵を返したサイアラスをジュリアスが呼び止める。同時に、疾と踏み込む。
「何だしつこ―――」
直後、ガツンッという鈍い音が頭の中に響いた。激しく顔が右向きに揺さぶられる。
殴られたか―――。突然の事でよく状況が把握できなかったが、咄嗟にそう思った。
「ふざけないで下さい! あなたはこれまで、そんなくだらないもののために命をかけてきたと言うんですか!?」
口の中にじわっと錆び臭さが広がる。不快な味だ。
「答えて下さい!」
だが、
「黙れ!」
サイアラスはそう叫び、ジュリアスを殴り返した。
激しく後方に吹き飛ばされるジュリアス。が、ニ、三歩ほどの距離で何とか踏み止まる。
「金のためで何が悪い! 俺は金が手に入るならば、どんな命令をされようとも必ず遂行する! それが、聖騎士団に入る時に決めた俺の覚悟だ!」
「そこまでして金が欲しいのですか!? そんなくだらないもののために!」
「テメエには分からんさ! 金に不自由した事のない貴族のボンボンにはな!」
不意に辺りに月明かりが差してきた。これまで真っ暗で互いの表情がよく見えなかったが、それがぼんやりと闇夜に浮き出される。
「正義とか誇りとかな、そういった崇高な感情論はテメエだけで勝手にやってろ! 俺までテメエの枠に押し込めようとするんじゃねえ!」
対峙する、二つの殺気立った顔。正にいつ剣を抜いてもおかしくないほどの緊迫した状況だ。
「明日、エリューズニルに行くんだろ? とっとと寝ちまえ。誰も起こしちゃくれねえぞ。それとも、俺が今ここで眠らせてやるか? 翌朝目を覚ます保証まではしないがな」
「……腐っている。金に目が眩んで、あなたは人間性を失ってます。まるで悪魔だ」
「それでも構わんさ。天使の皮を被ってない分な」
くそっ……。
馬を走らせながら、サイアラスは舌打ちした。昨夜のジュリアスとのやり取りを思い出したのである。同時に、口の中の切れた部分がぴりっと痛んだ。そこを舌で舐める。
村からは人の気配が完全に消え去っていた。無論、誰の仕業かは分かっている。
あれは今朝のまだ陽も出ない頃の事だ。突然、村人が抜け出さぬように村の周囲を見張っていた者が次々と倒されたのである。辛うじて意識を早く取り戻した者の報告で事が発覚した。
すぐさま飛び出した聖騎士が見たのは、村の外へ避難している村人と、それを誘導している一人の聖騎士の姿。
ヤツは、後始末をする前に村人をどこかへ逃がそうとしていたのだ。既に大半の村人は非難した後だ。自分の隊の大半は動けなくなっている。本隊の方は出発の準備に取り掛かっており、何十名かは割いて貰ったが、皆とうにやられてしまっている。
事態は極めて深刻だった。団長の耳にも届いている。ならば、更に援軍を頼む事も出来た。だが、あえてサイアラスはそれをしなかった。それは、これが千載一遇の好機だからである。
とにかく急がねば。大半の村人は逃がしてしまったが、まだ幾人かは残っている。そこには必ずあいつがいるはずだ。捕縛にかかった自分の部隊の聖騎士を蹴散らしながら。
ふと、胸の中にわだかまりが出来ている事に気がついた。
そうだ。今から自分がやろうとしている事は、親友を踏み台にするのと同じ事だ。幾ら、反逆者を捕らえる、という名目があろうとも、結果だけを考えれば同じ事だ。違うのは、言い表すための言葉だけ。
しかし、サイアラスは決意を緩めなかった。緩める訳にはいかない理由があるのである。
それが、自分にあの決意を固めさせたのだ。
この決意は何を犠牲にしようとも曲げる訳にはいかない。
「―――!」
と、男の悲鳴が聞こえた。
ヤツだ。おそらく、運悪く浅く入ってしまったので、声を上げる事が出来たのだろう。聖騎士団の鎧はかなりの防衛力を持っているのだから。
「待っていろ」
ぐっと歯を噛み締め、サイアラスは声が聞こえた方に向かって馬を更に急がせた。