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 本隊が到着し、村の中心地に敷かれたベースキャンプは一層拡大した。

 名目上は、聖騎士団が村の一部に間借をしている事になっているのだが、これではもはや占拠しているのと大した変わりはない。この数日、情報の漏洩を防ぐために村人は村の外へ出る事を禁止され、また、村に偶然やって来た者は村の中に軟禁される現状である。

 日に日に、聖騎士団に対する不満が募っていくのが目に見えて分かった。しかし、それを表立って口にする者はいない。反抗した所で、それは無闇に蜂の巣を突付く行為と変わりないのだからだ。

 その夜。

 ジュリアスは普段にも増して張り詰めた表情で村をぶらぶら歩いていた。行動自体に意味はない。ただ、ジュリアス自身に放浪癖があるだけである。

 先ほどの団長を交えた会議で、明朝エリューズニルに発つ事が決定した。

 正直、ジュリアスはホッとしていた。これでようやく村の人々が日常の生活を取り戻せるのだから。

 しかし、事態はそれほど安易なものではなかった。軍隊とは、任務の遂行のために、確実、完璧性を求められる組織である。その実現のためには、たとえ僅かな可能性といえど危険因子は全て排除せねばならない。何事にも対して非情でならなければいけないのだ。

 ここに、ジュリアスの中に一生を左右しかねない葛藤が生まれる。

 

 これで、ようやく解放されますね……。

 聖騎士団の上位クラスの面々が集まった会議。本隊と合流したため、何日かぶりに全ての面子が揃った。

 意外にも早く、エリューズニルへの出撃が決まった。どうやら、国境を突破された事がニブルヘイム王都に伝わったらしいのである。そのため、出来るだけ準備の猶予を与えずに攻め込むのである。

 となると、今度相手にするのは、国境警備兵のような弛んだ連中ではなく、しっかりと正規の訓練を受けて統率された軍隊になる。気を引き締めねば、そうやすやすと倒せはしないだろう。

 ただ、ニブルヘイムはヴァナヘイムと違ってかなり魔力の技術が進んでいる。おそらく戦闘方法も魔術がメインとなるだろう。魔術は広範囲を一度に攻撃する事ができる、優れた殺傷能力を持っている。最終的に勝つのは、無論我ら聖騎士団だが、かなりの死傷者が出るのは間違いないだろう。

 前に、ヴァナヘイムが侵略戦争を仕掛けられた時もそうだった。指揮官として一番辛いのは、戦死した部下を家族の元へ送りに行く時だ。戦死は名誉な事なのだそうだが、周囲は褒め称えたとしても、涙を流さなかった家族は誰一人としていなかった。名誉だろうと何だろうと、“死”という現実は決して変わらないのだから。

「エリューズニルでは、およそ1500騎の魔術団と交戦する事となる。我が軍の被害もそれなりに覚悟せねばならない。王都ではそのニ、三倍の数が待ち構えている事が予測される。念のため、本国には3000騎ほどの援軍を要請しておいた。合流には数日かかるため、少なくともエリューズニル戦は我々だけで切り抜けなければならない」

「魔術の予想技術レベルは?」

「一個師団長クラスで、聖騎士団の隊長クラス2、3人分というのが妥当な評価だ。ただし、それはあくまで連中の攻撃レンジにおいての話だ。実際はそれほどでもないだろう」

「魔力の暴走についての資料が足りません」

「暴走はないものと考えていい。向こうもそれなりに人選は考えている」

 淡々と進められる会議。

 ジュリアスはうつむき加減で、ボーッと資料に目を通しながら会議を消化していた。隣のサイアラスも同じようだった。話し合われている内容など、既に知っている情報の再確認と大した変わらないのだからだ。

「さて、そろそろ会議を終了したいと思うが、誰か他に何かあるか?」

 誰も手を上げない。ようやく終了の気配が見えてきた。後、一議題もあったら、間違いなく居眠りしていただろう。

「では、これにて終了としよう」

 その言葉に、一同が一斉に起立する。

 やれやれ、ようやく終わった……。

 解放され、安堵の溜息をつく。

 が、

「そうだ、一つ忘れていた。明朝発つに当たり、後始末をしなくてはならない。それは先行させたジュリアス・サイアラス両隊に任せる。終了次第、ゆっくり本隊と合流するといい」

 団長が思い出したように、そう言い放つ。

「後始末?」

 と、ジュリアスは咄嗟に問うた。

 その言葉に、嫌な予感が浮かび胸がざわめく。脳裏をよぎるある事をしきりに否認しながら、返答を待つ。

「そうだ。我々を知る全ての存在を抹消するのだ」

 静まり返った辺りに、冷たく響き渡る団長の声。それは、水面に水滴が滴り落ちる音にも似ていた。

「それはつまり、この村の人間の事を指しているのですか!?」

「不服か?」

突如、激昂するジュリアス。だが、極めて冷徹な表情の団長。まるで道端に転がる石を見ているような、そんな目つきだ。一同はただただ二人のやり取りを見守るだけ。

「当然です! 一体何のために!? 彼らは民間人ですよ!? 非戦闘員に刃を向ける事など、出来る訳がありません!」

「情報の漏洩を防ぐためだ。こちらの存在は知られてしまったが、詳しい構成や戦力までは知られておらん。これ以上、敵に情報を与えてしまってはならんのだ」

「だからといって、そのような振る舞い! 我々は侵略者ではない、と言ったのは他ならぬあなただ! だが、幾ら情報漏洩を防ぐという大義名分があろうとも、これでは民にとって侵略となんら変わりはない!」

「やめろ、ジュリアス」

 と、見かねたサイアラスがジュリアスを制し無理やり下がらせる。なおも噛み付こうとするジュリアス。だが、腕力はサイアラスの方が遥かに上だ。

「上の命令は絶対だ。それが聖騎士団の秩序を作り出す。お前が私情を挟んでそれを乱すな」

「だからと言って、従えと言うんですか!?」

「そういう事だ」

 そんな―――。声にならない叫びが喉から漏れる。まるで壊れたスチームのように。

「仕方がない。サイアラス、お前の所だけでやれ。目を離せない問題児は連れて行く」

「了解しました」

 ジュリアスとは逆に、いとも簡単に命令を承諾するサイアラス。命令の内容など理解する必要もなく、ただ言われた事を事務的にこなせばいい。そう言いたげなサイアラスの様子。その光景を、信じられない、という目つきで、ジュリアスは茫然と見ていた。

 その瞬間、サイアラスがまるで自分の知らない人間になってしまったように思えてしまった。