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「リャアッ!」

 エフルが鋭い掛け声と共に銀色の槍、神器グングニルを繰り出す。

 一、ニ、三、四、五、六、七。

 たった一回の攻撃で、槍の先が七つに見える。凄まじい速さの連続突きだ。

 辛うじて相手の攻撃の速さに、自分の動体視力はついていける。一つ一つを正確に見切り、剣で流していく。手数は多いものの、一撃一撃の威力は微々たるものだ。

 考えてみれば、槍使いを相手にした経験はあまりなかった。コイツの実力は、少なくともそこいらの雑兵とは比べ物にならないほどだ。経験が少ないのは大きな痛手だ。槍使いの特性が分からないと、こちらとしても攻めのセオリーを組み立てづらい。

「ヒュッ!」

 無数の乱突きの次は、一点突破を狙った鋭い突き。乱突きとは違い、一発の攻撃に全ての破壊力を凝縮した必殺の一撃だ。その一撃を見切り剣で防ぐ。と、防いだ剣から凄まじい衝撃が腕に伝わってきた。見た目の貧弱さからは想像できない、恐ろしい破壊力がこめられた一撃だ。

 このまま攻められていては勝ち目はない。そもそも、こちらは体力もかなり消耗しているのだから、長期戦になれば不利になるのはこちらの方だ。手数で圧倒するのではなく、一撃で勝負をつけなければ。

 尚も続くエフルの猛攻。

 エフルの攻撃は型通りで綺麗なものだったが、あまりに一つ一つの動作が速い。それでいて微塵の隙も見せず、まさに攻防一体の鉄壁の布陣だ。こちらが付け入る部分がなかなか見当たらない。

 チッ……。厄介な相手だぜ。

 時間と共に少しずつ削られていく体力。それがサイアラスの焦りを生じさせ、徐々に防ぎきれず体を掠る攻撃の数が増えてきた。

 ピッ。

 眉間を狙った一撃を避け損ね、左の頬の肉を僅かにこそぎ取っていく。どうやらこちらの動きが精確さを欠いてきたようだ。

「一つ、良い事を教えましょう」

 突然、エフルはそんな事を口走った。だが、攻める手は少しも休めない。

「我ら、魔術騎士団の得意のフォーメーション・デルタ。これまで貴殿もたっぷり味わってきたでしょう?」

「フン、あんな大道芸の延長線みたいな手が利くものか。同じ動きばかりで飽きたぜ」

 その証拠に、サイアラスの通った道には魔術騎士団本隊の精鋭の屍が幾つも転がっている。どれも圧倒的な破壊力で捻じ伏せられたらしく、必ず人体の一部が激しく破損していた。

「確かに。貴殿ほどの実力者なれば、生半可な技術を持っていた所で大道芸の一部にしか過ぎないでしょう。しかし、フォーメーション・デルタは単なる集団戦術の布陣ではないのですよ」

 苦笑いを浮かべた後、エフルは凄惨な目つきでニヤリと口元を歪めた。

「どういう事だ?」

 と。

 ドォン!

 突然、背後から凄まじい爆音が鳴り響いた。

 そういえばこの音、聞き憶えがある。

 そうだ、こいつらとの交戦を始めてしょっちゅう聞くようになった、魔術独特の振動の爆発だ。

「我々本隊は三つの部隊に分かれています。これを、これまで貴殿が相手をしてきた者達と置き比べてみて下さい」

 連中の布陣は、三人が同時に仕掛ける集団攻撃。まず、最初の一人が捕縛結界で相手を拘束し、そこを残りの二人が挟撃をかけて一気に押し切るもの。

「―――ッ。まさか!」

 ハッとサイアラスは、絶望的な表情を浮かべた。それにつられ、エフルはニヤリと狡猾な笑みを見せる。

「御名答。先ほどのティホルの部隊は、いわば捕縛結界の役目。では残りの部隊は、どのように動くと思います? そう、貴殿のお考えになっている通りですよ」

「チッ、挟撃か……」

 これはマズイ状況だ。ただでさえ、慣れない魔術による攻撃に苦戦しているにも拘わらず、突然後ろを敵に取られてしまったら。動揺したら最後、あっという間に畳み掛けられてしまう。

「既に第二部隊が背後に回っている事でしょう。この混戦の中、前と後ろから攻められた聖騎士は果たして冷静でいられるでしょうか?」

「だったら、その前に俺がテメエを潰す! 前が崩れりゃあ、後ろを取られてもどうって事はねえからな!」

 と、その時サイアラスは、エフルの渾身の一撃をうまく横へ流した。

「ムッ?!」

 突然バランスを崩され戸惑うエフル。

 すかさずサイアラスは、柄頭でエフルの顎を打ち上げる。その豪快な一撃に、一瞬、エフルの足が地面から離れた。

「食らえっ!」

 大上段の構えから、一気にエフルへ斬り下ろす。自分の全体重と重力の相乗効果が生み出すその破壊力は、騎乗した騎士を馬ごと両断する力を秘めている。

 しかし、

「ッ?!」

 エフルの体を縦一文字に両断しかけたその瞬間、振り下ろされたサイアラスの剣はエフルの体の直前で止まった。よく見ると、剣の周囲に半透明の多面体がひしめいている。魔力を一点に集中させた障壁だ。

 その隙に体勢を立て直し槍を構えるエフル。チッと舌打ちし、サイアラスも剣を構え直す。

「なるほど。テメエも使えるって訳か」

 考えてみれば、あれだけの魔術を使いこなす連中を束ねている人間が、魔術を全く使えないはずがない。武芸の方が得意とは言っても、基本的な魔術は一通りこなせるのだろう。

「やはり、本気でやらなければ勝てそうにもありませんね」

 ブン、とエフルは槍を大きく頭上で一回転させ、霞上段に構える。

「ここからは、神器の力を解放させて戴きます」

 さっき殺ったヤツも、確か似たような事を言っていた。何の変哲もない武器が、突然雷を帯び破壊力を増したのだ。おそらくヤツの槍も、同じように攻撃力を上げるのだろうか。

 パンッ、と激しく空気が爆ぜる音。

 瞬間、エフルの槍は薄い光に包まれ始めた。

「いざ!」

 槍を構え、疾と踏み込む。

 サイアラスは先ほどの例もあり、幾分か重心を下ろして迎え撃つ。

 ギィン、と鋭い音を立てて、エフルの第一撃目がサイアラスの剣と衝突する。

「リャアッ!」

 間髪入れず、無数の突きを繰り出す。計七発のその攻撃を、サイアラスは危なげなく防いでいく。

 おかしい。

 威力は先ほどまでと何ら変わりない。むしろ、あの光のせいで攻撃が読みやすくなったぐらいだ。一体、何のつもりなのだ?

「うらあっ!」

 サイアラスはエフルの攻撃に合わせ、伸びきる前の槍に自らの剣を当てた。思わぬ攻撃にエフルの体が後ずさる。

 大丈夫だ、大した事はねえ。一気に畳み込んでやる。こいつに時間をかけているヒマはねえ。

 ここぞとばかりに攻め込むサイアラス。単純な攻撃力はサイアラスの方が遥かに上だ。防ぐエフルの表情には一片の余裕もない。

「そこだ!」

 と、サイアラスは一瞬体を沈め、エフルの体を下から上へ斬り上げた。が、しかし。それよりも一瞬早く、エフルは間合いを取りその一撃から逃れる。

「行け!」

 突如エフルは、自らの槍をサイアラスに目掛けて投げつけた。

「無駄だ」

 だが、その程度の事で怯むはずもなく、サイアラスは難なく飛んできた槍を弾き飛ばす。

「これで終わりにしてやる」

 武器のないエフル。やるなら今しかない。

 サイアラスは剣を構え、轟然と突撃していった。

「貫け!」

 と。

 ドスッ。

 鈍い衝撃が脇腹に走る。衝撃はすぐさま熱い痛みへと変わり、サイアラスの体を硬直させた。

「ぐ……、何が……」

 自分の意志を無視し、片膝が崩れるサイアラス。

「これが、神器グングニルの力です」

 見上げると、エフルの手には投げつけ弾き飛ばされたはずの槍の姿があった。

「グングニルは一度主の手から放たれれば、必ず敵に命中し自分の意志で帰ってきます」

 という事は、さっきの合図で弾き飛ばされた槍が俺の腹を貫いて戻ってきたって訳か……。

「おとなしく投降しなさい。その傷、致命傷にはなりませんが、無理を通せるほど浅いものでもありません。我が軍には優秀な法術士が大勢います。彼女らの治療を受ければ、見す見す命を落とす事もないでしょう」

「ふざけるな! 誰がそんな申し出を受けるか!」

 轟、と吠え、サイアラスはゆっくりと立ち上がり剣を構える。

「その傷では、私に勝つ事は到底不可能です。もう一度警告します。おとなしく、剣を下ろしなさい。貴殿ほどの者が失われるのは、人類にとっても大きな損失です。何も、国家に殉ずる事が貴殿の本意ではありませんでしょう?」

「くどい。騎士は、退かねえんだよ……!」

 大量の血液が、ぼたぼたと足を伝って地面に流れ落ちる。凄まじい失血だ。疲労の局地に達しているはずのサイアラスが、未だに立てるのが不思議なほどだ。

 何故、彼は立てるのだろう?

 困惑するエフル。

 あの傷で、この状況で、何故尚も剣を握り締めて戦えるのだ?

 その闘志は、一体どこから湧いてくるのだ?

 再び、サイアラスは剣を構えたまま轟然と突進する。半重傷人であるにも拘わらず、その勢いには一片もの陰りが見られない。

「そうですか……」

 エフルは僅かに目を伏せ、そして槍を構え目前の敵を見据える。

「行きなさい!」

 エフルの手からグングニルが放たれる。グングニルは白い尾を引き、一直線にサイアラスへ。

「邪魔だ!」

 それを剣で弾き飛ばす。しかし、弾き飛ばされた槍はくるくると回りながら宙を飛んだ後、突然ピタッと中空で停止し、再びサイアラス目掛けて突進する。

「ならば、全力を持って貴殿を屠ってみせます」

 エフルはそっと背に手を伸ばし、そこから脇差より長く剣より短い、小太刀と呼ばれる特殊な剣を取り出し構える。

「私とて、守るべきものがある」

エフルは、小太刀を両手で低く構え魔力を込める。そして、相手の体を貫く姿勢で突進。

 大上段に構え、突進してくるサイアラス。

「おああああっ!」

 間合いに入った。サイアラスはエフルの頭を目掛けて剣を振り下ろす。

 刹那、

 バシュッ!

 グングニルがサイアラスの右の手の甲を、剣を弾き飛ばし横から串刺しにする。

「終わりです」

 ドスッ、と胸に何かが侵入する音。

冷たく固い感触。

 エフルの小太刀は、サイアラスの甲冑を破り確実に心臓を貫いていた。

「くっ……があああああっ!」

 しかし、尚もサイアラスは目前とエフルを睨みつける。

 圧倒的な闘志がエフルを打つ。

 まるで心臓を鷲掴みにされたような、強烈な威圧感。

 馬鹿な。

 何故、死なない? 確実に心臓を貫いているはずなのに。

 思わず小太刀を握る手が力む。

 確かな手応え。

 なのに、サイアラスの闘志は揺るがない。

 まるで猛獣のような闘志だ。

 と、サイアラスは潰れていない左手で、おもむろにエフルの右腕を掴む。

 その時、エフルは自分の中にかつて感じた事のない恐怖が芽生えるのを意識した。凍りつくような戦慄に、思わず背筋が震え出す。

 更に小太刀を握る手が力む。早く倒れろ、とやたらめったらに掻き回す。

 しかし、ぎりぎりと締め付けるサイアラスの腕の力は緩まない。

 ボクッと鈍い音。右腕に鋭い痛みが走る。

「痛ッ―――!」

 その痛みに、ようやくエフルは我に帰り、貫いた小太刀を抜き去る。

 目の前に立ちはだかるのは、真っ黒な甲冑が己の出血により真っ赤になったサイアラス。だがその目だけは、未だにギラギラと輝いている。

 ヒューッ、ヒューッ、と空気が漏れるような呼吸。

 しかし、未だに闘志は揺るがない。

 と、サイアラスの左膝が地についた。

続いて右膝。

そして最後に、ゆっくりとサイアラスの体は地に伏した。

思わずエフルは安堵の溜息をついた。

エフルはサイアラスの握力の感覚が残る己の右腕に触れる。すると、凄まじい激痛が走った。袖をまくって見ると、そこは真っ赤に腫れていた。

「まさか、最後に利き腕を折られるとは……」

「エフル殿! 御無事ですか?!」

 そこへ駆け寄ってくる部下達。

「問題ありません」

 視線を地に伏せたサイアラスに落とす。

 まるで勝てる気がしなかった。自分がこうして勝てたのは、全てこの神器のおかげだ。

 力も技も、そして何より闘志までも、何一つ自分が勝るものはなかった。

 ただ一つ。武器に恵まれていた事を除いて。

 と、その時。地に伏したサイアラスの右腕が、何かを求め地を這い始めた。

 あなたは、まだ戦おうというのですか?

 そんな姿になってでも、休もうとは思わないのですか?

 エフルは地に転がっていたサイアラスの剣を取る。そしてそっとサイアラスの傍に寄り、ひざまずく。

「せめてもの、はなむけです」

 そう呟き、エフルは地に転がっていたサイアラスの剣を潰れた右手に握らせた。と、そこでようやくサイアラスは動かなくなった。捜し求めていたものを手にして安心したかのように。

「その腕は? 法術団を呼びましょう」

「その必要はありません。さあ、残りの聖騎士達の殲滅にかかりますよ」

「了解しました。では、聖騎士団団長の首は晒すように手配して置きます」

「いえ、彼には一切手を触れてはなりません。これは、騎士として己の信念を貫き通した誇り高き姿です。それを穢す権利は我々にはありません。分かりましたね?」

「了解」

「では、残りの聖騎士を頼みます」

 サイアラスが死んだ事を知らぬ聖騎士達の元へ向かっていく魔騎士達。

 その後を追うように、エフルは足をゆっくり踏み出した。

 と、しかしエフルは足を止めて振り返った。

 エフルは、地に伏せたサイアラスに敬礼した。称賛と畏怖の念を込めて。

 

 

 悪ィな、ジュリアス。

 やっぱ俺じゃ、無理だったみてえだ……。

 すまんな……。恨み言は後からゆっくり聞いてやるからよ……。

 だから、許してくれ……。