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 その晩。王宮にてジュリアスの優勝を祝う盛大なパーティが開かれた。ジュリアスはあまり騒がしい事を好む性格ではなかったが、やはり優勝者である自分が欠席する訳にもいかず、仕方なく出席した。とは言っても、クルスとの遠駆けに出て行ったせいで仕度が遅れ、三十分ほど遅刻したが。

「これを持ちまして私の挨拶とさせていただきます。御清聴戴きありがとうございました」

 形式的な挨拶。だがそれを述べ終えると同時に、盛大な拍手が場内を包んだ。

 招かれている客は、ヴァナヘイムでは名の知れた貴族達ばかり。おそらく事前に招待状を送っておいたのだろう。国王はきっと、聖騎士団の誰かが優勝する事を確信していたのかもしれない。

 彼らから喝采を浴び、愛想良く応えるかのように笑顔で手を振るジュリアス。しかし、その心はとっくに興醒めしていた。彼らの中にこのパーティの意味を真に理解する者など一人として存在しないのだ。単にこうしてパーティを開く名目があればそれでいいのだ。後は、いかにしてこの場で自分の経済力の豊かさをアピール出来るか、だけだ。

 無論、このパーティ自体、単に慣例に則って開いているだけにしか過ぎず、理解する必要もないほど意味は希薄なものだが。

「ジュリアス様、見事な御活躍ですわ」

「私、すっかりファンになってしまいました」

 壇上を下りるなり、あっという間に貴族の娘達に取り囲まれる。それぞれが創意工夫をこらし、自分を最高に演出しようと念入りに着飾っている。いずれも劣らぬ美人ばかり。

 悪い気はしなかった。自分も男であり、女性に対するあれも人並みにある。だが、彼女達はその目で自分の試合を見た訳でもなく、ただ自分が武道大会の優勝者だと聞かされただけでこのように舞い上がっているのだ。だから、あまり興味も湧かない。普段の自分を見て、それでいて好きになってくれる女性にしか自分の感情は持ち込めない。

「ありがとうございます、美しい人」

 ニッコリと愛想の良い笑顔。気品溢れるその顔に好感を抱かない者はいないだろう。彼女らも御多分に漏れず、すぐにきゃあきゃあと騒ぎ出した。

「ジュリアス様、一曲踊って戴けませんか?」

「いえ、まずは私が」

「いえ、私!」

 やれやれ困った、と困惑の表情。女性に取り合われるのは男冥利につきるというものだが、争いはあまり望む所ではない。

 ジュリアスは一同の騒ぎに乗じて、素早くその場を立ち去った。

 いち早く会場を後にしたかったが、仮にも自分は本日の主役。否が応にも、歩くだけで人々の目に止まる。それは女性だけでなく、各地方の領主やら貴族達も声をかけては自分を引き止めようとする。そしてお決まりの挨拶の後、話に本題を持ち込む。それはいわゆる引き抜きをほのめかすものだったり、自分の娘と結婚させる事で王都と深い繋がりを持とうするものだったり、様々である。ただ共通して言えるのは、それは武道大会の優勝者に向けた儀式的な賛辞であり、必ずしも自分ではなくとも良い、という事だ。

 相手の機嫌を損なわぬように話を流し、ようやくジュリアスは会場を後にする事が出来た。挨拶から、結局一時間近くかかってしまった。散々話し疲れ、正直もう話したくはない気分だった。

「ふう、やれやれ……」

 別館のエントランスに入ると、脱力するあまり溜息が漏れた。やはり自分は社交界で嬉々揚々とする性質ではない。マイペースで生きる事の方がずっと性に合っている。

 まずは夕食を食べる事にしよう。会場では食べる所か、ワイングラスを持つ暇さえ与えられなかった。だが、ここにはそんな無粋なものはない。ゆっくりと落ち着いていられる。

 ジュリアスは自分を担当するメイド達の待機室に足を運んだ。本来ならば自室に設置されている呼び出し用の装置を使い、自らの元へ来させるものだが、そういう横柄なやり方は、たとえ雇用上の契約に従っているとはいえ自分の趣味ではない。

 自室は別館の四階にある。待機室は各階ごとに設置され、その階の部屋に住む者を担当するメイドが最低でも誰か一人は常駐している。ジュリアスの担当する彼女らの待機室も、当然の事ながら四階にある。

 トントン。

 ようやく着いた待機室のドアをノックする。と、はい、の返事と共にドアが静かに開けられた。

「あら? ジュリアス様、会場の方に向かわれたのでは?」

 出てきたのはシャルルだった。

「いえ、居てもつまらないので抜け出してきました」

 そう言いながら部屋をチラチラと見回す。他に人影がなく、どうやらシャルルだけのようだ。

「各地から、優勝者のお顔を人目見ようと美しい女性達が集まっているにも拘わらず?」

「シャルルの方が綺麗ですよ」

 何の臆面もなく言い放つジュリアス。しかし、当のシャルルもそんなセリフには慣れたもので、何の感慨も抱かなかった。

「それで、どうかなさいましたか? わざわざこのような所まで御足労されて」

「お腹が空いたのでゴハンを下さい」

「シェフ達は只今、パーティの方で忙殺されています」

「シャルルが作って下さい」

「私が?」

「はい」

 何かを言いかけ、やはりそれを飲み込む。ジュリアスは一度言い出したら絶対に動かない。どうせ何を言っても時間の無駄になるだけだ。

 諦め、シャルルは、どうぞ、と部屋の中へ通す。

「散らかっておりますが、その辺で適当にくつろいで下さい。ただし、余計な物には手を触れないように」

 とは言うもの、待機室の中は散らかっているどころか綺麗に整理整頓され、隅々まで掃除が行き渡っていた。散らかった自分の部屋をあっという間に片付けてしまう彼女達なのだから、当然の事なのだろう。

「それと、私の料理はそんなに期待しないで下さい」

「シャルルが私のために作ってくれるのですから、おいしいに決まっています」

 作ってくれる、ではなく、作らされる、が正しい表現だ。もっとも、そういう風に言ってくれるのであればシャルルもあまり悪い気はしなかった。

 シャルルが奥にある簡易的な調理場の方へ姿を消す。

ジュリアスはきょろきょろと周囲を見回す。やはり他に人の気配はない。チャンスかも、と顔が綻ぶ。

待機室は今でこそ自分達以外に誰もいないが、仕事のない時は何人ものメイド達がお菓子などをつまみながら談笑しているのだろう。

十数分後、シャルルが出来上がった料理を何品か持って現れた。簡単ながら、前菜、スープ、メイン、と一通り揃っている。見た目も匂いも、先ほどのセリフが謙遜である事を物語る素晴らしいできばえだ。

「ワインがありましたが、お飲みになりますか?」

「はい。あ、でも、シャルルも付き合って下さい。一人で飲むのは何ですので」

 ハイハイ、と微苦笑を浮かべ、グラスを二つ用意する。

「それでは、二人の未来に」

 ワインの注がれたグラスを、向かいに座るシャルルに向け、笑顔を浮かべる。

「乾杯」

 そして、ジュリアスの遅めの夕食が始まった。

「ああ、おいしいです。シャルルは上手ですね」

「御口に合いまして光栄です。取り敢えず、残されると片付けがひどいので全部食べてください」

「まさか。シャルルの料理を残すなんてそんな―――ん?」

 と、急にジュリアスの動きが止まる。その視線はスープに注がれている。

「どうかなさいましたか?」

 その理由を知っているかのような、見透かした微笑。

「い、いえ、その……」

「全部、食べて下さいますよね? にんじんも。それとも、先ほどの言葉は嘘ですか?」

「きっ、騎士に二言はありません。無論です」

 そう言って、硬い表情でにんじんを食べるジュリアスに、シャルルは愉快そうに口元を綻ばせる。

「ところで、他の天使達はどちらへ?」

「例のパーティの方です。裏方はとても大変なのですよ、次期団長様」

「からかわないで下さい。ところで、これからお時間はありますか?」

「この後、定時になったら部屋に戻ります。今夜は遅番ではありませんので」

「それでは、私の部屋に来ませんか? 色々と話したい事がありますから」

 ニッコリ微笑むジュリアス。その笑顔自体に他意はないだろうが、まるでイエスの返事を強要しているかのように思える。

「……まあ、構いませんが。あなたが紳士的であれば」

「人聞きの悪い。私は常に紳士ですけど」

 昼間、自分にした事などとっくに忘れてしまったのだろうか。そんな疑問を抱かずにはいられなかったが、そういう統一性を彼に求めること自体、虚しい作業である事はとうの昔に気づかされている。

 下心は見え透いているが、根本的に悪い人ではないから、まあいいか。

「では、お待ちしています。あ、そうそう、シャルルは枕が変わると眠れない方ですか?」

 冗談なのか本気なのかは分からなかったが、まともに返答するのも馬鹿らしい、と思い、シャルルはあえてその問いを黙殺した。