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 謁見の間。

 そこは国王が民衆と顔を合わせる数少ない場の一つである。

 その日もこの部屋には十人のロイヤルナイトが警備に当たっていた。王座には国王と王妃、そして王女の姿。

厳粛な雰囲気が漂う中、来訪者の到着を知らせる音が響いた。

入り口として設けられた大扉が中から左右に開かれる。そこから現れたのは、先ほどの武道大会において優勝を勝ち取ったジュリアスだった。先ほどは白い鎧を身にまとっていたが、今は貴族らしい華やかな衣装に身を包んでいる。試合の時はあれほど荒々しく武人然としていた彼だが、衣服を変えた今は、まるで別人のような気品さに溢れ一挙一動に趣がある。

ジュリアスはまずは一礼し、部屋の中に足を踏み入れる。途端に左右を挟むように立っていたロイヤルナイト達に緊張が走る。

そもそも今回の武道大会には、参加条件が決められていなかった。流派、国籍等を問わないという事である。結果、大会には大陸各地から自薦他薦の猛者達が集まってきた。その過酷な条件の中を、ジュリアスは勝ち上がってきたのである。彼がどれだけの実力者かはそれだけで十分に窺い知る事が出来る。

もっとも、今回の大会の目的は決勝戦をヴァナヘイム出身者同士で行う事に意義があった。つまり、自国の強さを近隣諸国に示すために行った、いわば余興のようなものなのである。大会にエントリーした他国の者達は、いずれも主催者の意図を読む事が出来なかった底の浅い者という事である。ジュリアスやサイアラスと張り合えるだけの実力者は、初めからこんな茶番には付き合わない。無闇に自分の手の内をさらすほど、近隣諸国の国王も愚鈍ではないのである。

だが、もう一つ目的はあった。それは聖騎士団の強さを測ることである。その結果がそのまま、次期聖騎士団団長の選考に反映されるのである。無論、結果は周知の通りである。これで実質、ジュリアスの次期聖騎士団団長は決定したようなものである。

静かに国王の前まで歩み寄る。絨毯を踏む小さな音以外、他の音を一切立てない静かで素早い身のこなし。まるで床の上を滑っているかのようだ。

そしてもう一度、今度は深く敬礼し、方膝をつく。

「ジュリアス・シーザー、ただいま参上いたしました」

「うむ。構わぬ、楽にせよ」

 ジュリアスはゆっくりと立ち上がった。

「本日の貴公の功績、実に素晴らしいものであった」

「身に余るお言葉、まことに恐縮です」

「貴公の功績を称えんがため、ここに等四位の褒章を与えるものとする」

 国王の言葉と同時に、部屋の隅に控えていた王室執事が黒塗りの盆を手にジュリアスの元へ歩み寄った。そしてもう一人、こちらは王室執事の中でも一番位の上の初老の男が、その上に乗せられていた勲章を手に取り、それをジュリアスの左胸元へつける。

「ジュリアスよ、貴公の今後の働きに期待しておるぞ」

「はい。必ずや御心に添えてみせましょう」

 手を胸元に当て、敬礼。

「ジュリアス」

 と、その時、国王の隣の座に座っていた王女が立ち上がり、優雅な足取りでジュリアスの前に立った。

「貴公の活躍、見事でしたよ」

 そう言って右手から白いシルクの手袋を取った。現れたのは、絹より白く滑らかな手。

 そしてその手を、静かにジュリアスの前へ。

 その瞬間、一同の間にどよめきが走った。

 王女の取ったそれは、手の甲への口づけを許した事を意味する。騎士にとってそれは、勲章に相当する名誉な事なのだ。

 表情は変わらなかったが、国王と王妃の目は僅かに驚いていた。彼女がそんな行動に出るとは思いもしなかったのである。

「身に余る光栄、ありがたき幸せに存じます」

 ジュリアスは整然とした態度で肩膝をつき、そっと王女の手を取る。そして静かに口づける。

 

「お帰りなさいませ」

 ジュリアスが国王との謁見を終え、王宮の別館にある自室に戻ると、部屋は自分を担当しているメイド達が掃除をしていた。

「ただいま。何か忙しそうだね」

「もう少ししたら終わりますから、どっかで遊んで来てください」

「ここで君の背中を見ていたいなあ」

「またそんな事をおっしゃる。からかわないで下さい。あら? その胸の」

「ああ、これですか。国王から賜ったものです。どこかその辺にでも飾っておいて下さい」

 そう言って、ジュリアスは胸の勲章を外し、彼女に向かって放り投げた。

「キャッ!」

 彼女は慌ててそれを受け取った。しかし、こんな貴重な品を自分が持っていて良いのか分からず困ってしまう。

「じゃあ少ししたら、また戻ってきますよ」

 ジュリアスはニッコリ笑顔を浮かべて部屋から去って行った。

「……どうしてああなのかしら」

 勲章を手に立ち尽くす彼女。そして、今に始まった事ではないか、と溜息。

「さて、どうしましょうか。あ、そうそう、サイアラスの所にでも行きますか」

 一方、ジュリアスは同じ建物内にあるサイアラスの部屋に進路を定めた。

 と、向かい出したその時、廊下の向こうからこちら向かってくる人影を見つける。

「あ、シャルルです」

 そう確認するなり、すぐさま彼女の元へ駆け寄るジュリアス。

 シャルルは折り畳まれた新しいシーツを抱えていた。ジュリアスのベッドに敷くものである。

「あら、ジュリアス様。お戻りになられていたのですか」

「ええ。シャルル、今日も綺麗ですよ」

「そのセリフ、今日だけでも三度目ですよ。それに、最後に顔を合わせたのもつい先刻の事です」

 スタスタとジュリアスの脇を通り過ぎる。しかし、

「またそんな冷たい事を」

 すぐさまジュリアスは背中から抱きしめる。

「聞きましたよ、謁見の事」

「何です?」

「王女様に口づけを許されたそうですね。おめでとうございます」

 だがその口調は、心からのものではなく淡々としている。

「あ、もしかして妬いてるんですか? それは違いますよ。王女様には私などにそんな気はありませんから。それに私の心は、シャルル以外映っていません」

「何人の女性にそのセリフをおっしゃいましたか?」

「本気なのは、あなただけです」

 そこで唐突に、シャルルの肩を掴んで自分の方を向かせる。

「愛してますよ。さあ、口づけを」

 そうささやいて、シャルルに唇を近づける。

 が、

「お戯れを」

 シャルルは真下から上に突き上げる掌打を放つ。

「がっ?!」

 その一撃は的確にジュリアスのあごを下から打ち抜いた。

「失礼します」

 と言い残し、痛みに悶えるジュリアスを残してシャルルはそそくさとその場を後にした。

「ハハハ、照れちゃって」

 痛烈に拒絶されたにも拘わらず、ジュリアスは少しもめげていなかった。