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 くっ、まだ来ますか……。

 目の前の三人の聖騎士を叩き伏せたかと思ったら、またすぐに、それも倍の六人も現れる。

「ジュリアス殿! いい加減にして下さい!」

「これ以上続ければ、反逆罪は免れませんよ!?」

 口々に叫ぶ、自分を制止する言葉。

「元より、その覚悟です!」

 そしてまた、一瞬にして六人を叩き伏せる。骨の一本や二本は折れたかもしれない。だが、命に関わるようなケガは負わせていない。これまで同じ志の元で戦ってきた仲間への、せもてもの思いやりという訳ではない。ただ、無闇に必要もなく殺すのが嫌だっただけだ。

 後ろを振り返ると、最後の一人が山の方へ逃げるように駆けて行く姿が見えた。どうやらようやく全ての村人をここから避難させられたようだ。だが、まだ終わりではない。今度は彼らを聖騎士団の追跡から守ってやらなければならない。ここから逃げ出せたとしても、どこかの避難場所に身を隠す前に捕まってしまえば、これまでの苦労は水泡と化す。

「いたぞ! あそこだ!」

 またも現れる、サイアラスの部隊の聖騎士達。

 そういえば、先ほどから相手にしているのはサイアラスの部隊ばかりだ。そろそろ本隊が動くものだと思っていたのに。サイアラスの部隊だけで鎮圧できると団長は踏んだのだろうか? だったら、こちらとしては都合がいい。本隊に動かれたら、もはや逃げるしか道はない。あの数を相手にするのは自信がなかったところだ。

「ジュリアス・シーザー! 貴様をヴァナヘイムへの反逆罪で身柄を拘束させてもらう!」

 馬上から放たれる殺気立った声。

 自分の上から威圧的な言葉をぶつけられると、人間とは本能的に萎縮してしまうものだ。

 しかし、ジュリアスは真剣な眼差しを変えようとはしない。

「かかれ! 場合によっては殺してもかまわん!」

 まずは前方の三騎が右手にランスを構えて突進する。

 戦場でもっとも有利な武器は飛び道具である。それを抜かせば、白兵戦ではリーチの長い武器が有利になる。聖騎士達は二つの面においてジュリアスより有利だった。一つは馬に乗っているため、高い位置から攻撃を仕掛けられるという事。もう一つは、剣よりも遥かにリーチの長いランスを持っている事だ。

 それだけ有利な立場に置かれながら、その上三対一。一見、ジュリアスが圧倒的に不利かと思われた。

「死ね! 反逆者め!」

 が、

 猛然と突き出されたランスは、狙いを誤る事無く真っ直ぐジュリアスの顔面へ突進していく。しかし、腕を伸ばしきった瞬間、ジュリアスの姿がそこから忽然と消え失せた。ランスを持つ腕には手応えはない。

「ぬ!? どこに行った!」

 左右をきょろきょろと見回す聖騎士。

「おい、後ろだ!」

 と、横にいた聖騎士が彼の後ろを指す。

 ハッ、と振り返る間もなく、聖騎士は馬から叩き落された。

「おのれっ!」

 のこりのニ騎が、左右からジュリアスを挟む形で貫きにかかる。が、ジュリアスは同時に右の聖騎士の馬上へ飛び移り、その聖騎士を叩き落してランスを奪う。

「バケモノめ!」

 そうとしか形容出来なかった。馬から馬へ、それも鎧を着けた状態でああも身軽に飛び移るなんて、もはや人間技とは思えないのである。

 と、ガン! という音と共に左の聖騎士の顔面に衝撃が走る。聖騎士はそのまま馬から転落していった。

 ジュリアスは奪ったランスを彼に投げつけたのである。ただし、鋭い先端ではなく平坦な腹の部分を、だ。

「くそっ、手強いぞ!」

「とにかく、ヤツを囲むんだ。逃げ場を奪った時点で一斉に襲い掛かれば―――ん?」

 ふと、一人の聖騎士は建物の影に視線を送った。

 そこには、怯えた様子の一人の少女の姿。

「これは使えそうだな……」

 ニヤリ、と笑う聖騎士。

「おい、あれを見ろ!」

「!?」

 そう言われ、指を指した方を向くジュリアス。

 そこには、慌てて逃げ出す少女の背中が。

「いけない!」

 ジュリアスはすぐさま少女の方へ向けて馬を走らせた。

 予想通りだ。

 聖騎士達は突進してくるジュリアスの目前に立ちはだかる。

「くっ……」

 引き返そうと背後を振り返れば、既に残りの聖騎士達に塞がれてしまっていた。

 まずい、挟まれた……。

 唇を噛む、ジュリアス。

 が、何故か馬を少女の方へ向けて走らせた。その前には三騎の聖騎士がいるにも拘わらず。

「血迷ったか?」

 そう思いながらも、迎撃のためにランスを構える。

 強行突破などは絶対に不可能だ。ここを突破するより早く、三騎の内の誰かのランスが心臓をブチ抜く。

 ランスを自分に目掛けて構えている前方の三騎。だがジュリアスは馬を止めようとしない。

 よし、間合いに入った!

 刹那、ジュリアスは馬の背を踏み台にし、前方へ、三騎の頭上を飛び越えて大跳躍。

「何だと!?」

 衝撃を和らげるため、転がりながら着地するジュリアス。

 立ち上がったその目の前に、一緒に飛び越した少女の姿が。

 突然目の前に現れたジュリアスに、少なからず怯えの色を見せる。いや、ジュリアスにではなく聖騎士団の鎧に怯えているのだろう。

「私の後ろにいなさい。決して離れないように」

 強いジュリアスの口調。

 少女は何が何だか分からなかったが、とにかくジュリアスの言葉に従う。

「チッ。だが、そいつをかばいながら、俺達を相手に出来るのか!?」

 ジュリアスの身のこなしに圧倒されたものの、すぐに状況を冷静に把握する聖騎士達。そう、自分達が有利な事は未だ変わっていないのだ。

 そして、再度突撃を開始する。

 まずいですね……。

 悔しいが、聖騎士達の言う通りだ。この子がいるのでは、先ほどのようにランスをかわす訳にはいかない。相手は六騎。それもサイアラスの直属だ。並大抵の相手ではない。

「食らえ!」

「くっ!」

 突進から、馬上から繰り出される凄まじいランスの一撃。それを何とか剣で受け止める。しかし、伝わってきた衝撃はかなりのもので、腕が一瞬、じん、と痺れた。

 仕方ありません!

 間髪入れず、第二撃が襲い掛かる。しかしジュリアスは、その突きが自分を捉えるよりも早く、その鋭い剣でランス自体を中ほどから切断してしまう。

 直後、ジュリアスは剣を持たない左手で少女を横脇に抱え、疾と突進する。

「何ッ!?」

 馬と馬の間を凄まじい速さで駆け抜けるジュリアス。そのあまりの速さに、反応してランスを構えた時には既にジュリアスの姿は通り過ぎてしまった後だった。

「向こうだ! 追え! 逃がすな!」

 馬の向きを変え、すぐさま後を追う六騎の聖騎士達。

 せめてどこか、馬が入って来れないほど狭い路地さえあれば。そこに逃げ込めば、なんとか状況を打破出来るかも知れない。しかしあいにく、付近にそんな場所は見当たらない。

 一瞬の踏み込みならば、まばたきと同じくらいの速さを誇るジュリアス。だが、長い距離を走るのは馬の方が遥かに速い。ジュリアスの速さは、本当に剣で立ち回るだけの範囲のものだ。

 脇に抱えた少女が不安げな眼差しでじっとジュリアスの顔を見る。ふとその視線に気づき、彼女を見るジュリアス。

「大丈夫、あなたは必ず守りますよ」

 真剣だった表情を僅かに崩して微笑む。

「逃がさんぞ! 馬より早く逃げられると思うな!」

 先ほど乗っていた馬はどこかへ行ってしまっていた。あれに乗れたらなんとか逃げ果せられたかもしれなかったが。

 まずい……。片手じゃ、あの攻撃は防ぐ事が出来ない。

 追い詰められた。

 全く手がなくなってしまった。どうすればいいのか分からず、とにかく走るジュリアス。だが、六騎との差は見る見るうちに狭まっていく。

 と、

『ジュリアス!』

 突如目の前に白い影が飛び出す。

 クルスだ。

 クルスには、走ったりする事が出来ない老人や子供を乗せて避難を手伝わせていたのだ。

「終わったんですか!? 丁度良かった! 早くこの子を!」

 ジュリアスは少女をクルスの上に乗せる。

「いい? しっかり掴まっているんだよ」

 そう言って、怯えが残る表情をした少女の頭を優しく撫でる。

『ジュリアス、あなたは?』

「追っ手がまだ片付いてません。後で迎えに来て下さい」

『分かりました。どうぞお気をつけて』

 そう言い残すと、クルスは疾風の如く駆け出した。そのまま建物の天井に飛び上がり、天井を飛び移りながら村の外へあっという間に消えていく。

「さて、あとはあなた達だ」

 六騎を前に、悠然と剣を構えるジュリアス。

「ふざけるな! 六人を相手に、一体どうやって勝つつもりだ!」

「戦闘というものは、必ずしも数の多い方が勝つとは限りませんよ?」

 不敵な笑み。

 ようやく、思い切り戦える。

 今はもう負ける気がしない。

 

 数分後。

そこに立っていたのは七つの影だけだった。

その内六つは乗り手のいない馬、そして最後の一つはジュリアスの姿。

「ふう、ようやく終わりましたね……」

 本隊はまだ動かない。何か事情があるのだろうか?

 いや、それは考えても仕方のない事だ。取り敢えず、そろそろ自分も逃げなければ。

 ジュリアスは乗り手がいなくなった馬の上に乗り、馬を村の外へ向かわせる。

「少し、付き合って下さいね」

 ぽん、と首筋を叩き、そうささやく。だが、馬は何の反応も見せず、ただ進行方向へ走り出すのみ。

 さあ、早くあの人達の所へ行こう。

 クルスも心配しているはずだ。

 ふと、一つの疑問が頭の中に浮かぶ。

 この村を焼き尽くそうとした自分達聖騎士団。その一員である私を、彼らは受け入れてくれるのだろうか、と。

 考えてみれば、随分と後先を考えない事をしでかしたものだ。自分がした事は確実に反逆罪だ。罪人として以外、国に帰る事は二度と出来ないだろう。そうなると、もはや帰るべき場所はどこにもなくなってしまう。逃亡者生活だ。

 しかし、後悔はなかった。自分は最後まで良心に忠実で、国家には屈しなかった。己に恥ずべき点は何一つない。

 いや、後悔は一つだけある。

 引き換えに、二度とあの人には会えなくなってしまった。

 物理的には可能だ。クルスの足ならば、国境関門など無きに等しいのだから。しかし、自分ではどう主張しようと、ヴァナヘイムにとって自分はただの犯罪者だ。その犯罪者が訪ねて来たとしても、かえって困らせ迷惑をかけるだけだ。

 自分がしでかした事を知ったら、あの人は何て思うのだろう? やはり、いつものように呆れた顔をするのだろうか。怒鳴ってくれるのならば嬉しいのだが。

 仕方ないですね……。

 そう呟き、じんわり熱を持ってきた目元を揉み解す。

 と、

「待てよ」

 突如、前方に黒い影が躍った。咄嗟にジュリアスは馬を止める。

 影は暗がりからゆっくり現れ、自分の前を阻む。

 見慣れたその姿。

 間違いない。

 サイアラスだ。

「サイアラス……」

 やはり、あなたとは相対しなければならないんですね……。

 昨夜はあんな形で別れたにも拘わらず、不思議と怒りは湧かなかった。むしろ、寂しさの方が強い。

 これまでずっと親友であった彼と剣を交えねばならぬ事が。

 交えた事自体は、今までに幾度となくあった。しかし、今回のようなケースは初めてだ。

 そう、互いに本気で交えるのは。

「このまま黙って行かせると思ったか?」

 じゃらん、と剣を抜くサイアラス。左手には真っ黒な巨大な篭手も着けている。

「やはり、あなたは国の奴隷のままですか」

 同じく剣を抜くジュリアス。

「フン、あの時誓った国への忠誠を、気に入らない、という理由だけであっさり覆すようなヤツに言われたくはないな」

「あなたには正義というものがないのですか?」

「あるさ。国に尽くす事。それが正義だ」

「国の言いなりになる事、の間違いでしょう?」

「だったら、テメエの正義とは一体何だ?」

 が。

 ジュリアスは返答せず馬をサイアラスめがけて突進させる。

 そして、一撃。

「くっ……」

 その一撃を咄嗟に左手の篭手で受け止めるサイアラス。衝撃に、表情が苦痛に歪む。

「私の正義とは、弱者を守り抜く事です! 私はあなたのような国家の奴隷とは違う!」

 そのままジュリアスは村の外へ走り去っていく。

「馬鹿が……。テメエと俺とじゃ、大事なモンが違うんだよ」

 サイアラスはすかさず後を追う。

 いつの間にか、夜は明け始めていた。