ジュリアスのいない館は、ある意味静かだった。ジュリアスを担当するメイド達は、しばらくの間は煩わしい仕事が一つ減る事になったからである。
が、それもいずれ慣れ、不覚にも物寂しさを覚えてしまう事になる。幾ら煩わしいとは言っても既に日常の事となってしまったのだから、一旦そこから離れてしまうと懐かしさに似た感情がどうしても芽生えてしまう物なのである。
「ジュリアス様のお帰りはいつ頃なのでしょうね?」
主のいない部屋の掃除をする二人のメイド。一人はシャルル、もう一人はウェンディだ。
「ウェンディ、そのセリフは昨日も聞いたわ」
「あれ? そうでしたっけ」
窓を拭きながら首をかしげるウェンディ。
誰もいないはずなのに、部屋は一日経つと驚くほど汚れる。だから、たとえ主人が不在だとしても、毎日の掃除は欠かすことが出来ない。
「シャルルさんは寂しくないんですか? 確かにジュリアス様はお歳の割に子供っぽい所があって手がかかりますけど、私達使用人にも分け隔てなく接してくれますから、みんなの評判もいいんですよ。シャルルさんだって、お好きでしょ?」
「好き、ねえ……。私はあまり考えた事がないわ」
「そうですか? でも、本当の所、ジュリアス様とはどうなんです? ジュリアス様は女性にはみんなああですけど、シャルルさんだけは特別みたいですよ」
「どうかしらね。あの人の考える事は、正直あまり分からないわ。確かに信用は出来るんだけど、果たしてどこまで信用したらいいのか分からないもの」
「分からないって?」
「早い話、それは本音だとしても誰にでも言える言葉なんじゃないの? って事」
「独占欲ぅ」
「そうよ。男女の愛ってそういうものでしょ?」
「そうか、だからシャルルさんは誰にでも愛想のいいジュリアス様に冷たいんだ。あれ? でもそれって、愛情の裏返しってヤツなんじゃないですか?」
「こらこら、話を勝手に進めない。私は単に軽い男が嫌いなだけです。嫌いな人に対して冷たくなるのは当然の事でしょう」
「またまた。なんだかんだ言って、いつも付き合ってあげているじゃありませんか。矛盾してますよ」
「仕事を円滑に進めるために、機嫌を取ってあげてるだけよ」
「そんなものですかねえ。でもそれじゃあ、ジュリアス様が一方的にアプローチしてるって事ですよね? シャルルさんはまったく相手にしてないんですから。それって、ちょっと可哀相です」
「そうね。別にあの方には悪気はないんですもの。帰ってきたら、そろそろちゃんと返事してあげようかしら」
「もしかして、引導を渡すつもりですか?」
「さあ? 何て言おうか、まだ決めてないわ」
「もう、またすぐそうやって誤魔化す。好きなんですか? 嫌いなんですか? はっきりして下さい」
「多分、彼自身の事は嫌いではないと思う。ただ、あの態度が嫌いなだけかも」
「ホントは好きなんじゃないですか? そうでしょう?」
「どうかしらね? ほら、ちゃんと掃除しなさい。この後にも、まだまだ仕事は残ってるんだから」
「はぁい」
満足のいく返答を得られず、不満げな返事を返す。
「早く帰ってこられるといいですね」
「そうね」
夜。
伝えられた会議の開始時刻十分前、ジュリアスとサイアラスは会議室に向かって長い廊下を歩いていた。
暖炉のある部屋とは違って廊下は寒かった。室内だというのに、吐く息が白くなっている。
「この地方は随分冷えますね」
「そうだな。本物の雪なんて見たのは何年ぶりだったかな?」
そう言ってサイアラスは窓の外に視線を向ける。外は先ほどよりも一層降雪の勢いが増している。
「後で雪遊びでもしませんか?」
「お前な……俺達は遊びに来てるんじゃないんだぞ? 分かってるのかよ。国の一大事だっていうのにさあ。そうでなくとも、この歳になってそんなガキみたいな遊びなんかやれるかってんだ」
「冗談ですよ」
「お前が言うと、冗談に聞こえない」
しばらく歩くと廊下の突き当たりに出た。そして階段を上る。廊下もそうだったが、階段にもやけに高級そうな質のいい絨毯が敷かれている。ただ、良いのは質だけで、趣味はあまり良くはない。おそらく、領主が金にものを言わせて特別に注文したものだろう。
「それにしても、戦争なんて何年振りかな」
「最後に実戦に出たのは二年前でしたか? でもその時はテロリストの鎮圧でしたから、戦争とまではいきませんでしたね。ですから、十年近く前になるのでは?」
「ああ。確か相手は、向こうの大陸の軍事国家だったな。考えてみりゃ、ヴァナヘイムが侵略を受けてるのに、他の国は何も援助してくれなかったな。ま、和平条約なんてものはそんなモンだけどさ。あの頃は、お互い新兵で肩身が狭かったなあ。弾除けにされたり、特攻に使われたりさ」
昔を懐かしみながら、過去の、今思うと情けないとしか言いようのない自分の姿を思い出して苦笑する。
「どうして戦争なんて繰り返すんでしょうね? 人間は」
「さあな。ま、誰だって自分の家はでっかい方がいいからな。そんなもんさ」
「そうなんでしょうかねえ……」
そして、二人は会議室に到着した。