みんな怯えてる……。
村を歩けば、自分に集中するのは恐怖かもしくは憤りの視線だ。それも当然の事だ。自分達は招かざる客なのだから。
人々の白眼を一身に集めながら、ベースキャンプを張った村の中心地へ。
村の人々は自分達を見ても、なんら反抗する素振りを見せなかった。おそらく従順する事がもっとも犠牲が少ないと判断したのだろう。確かにそれはそれでありがたいのだが、まるで侵略者のような気分になり、胸がむかついた。
村を一周してみて分かったのは、この村は農業と牧畜を行っている事、村の周囲を囲むようにして密林が生い茂っている事、そしてちらほら見かける弓や刀などから、他に狩りも行っているという事だ。
もっとも、どれもあまり役に立つとは思えない情報ではあるが……。
しばらく(と言っても一日二日だが)はここに滞在する事になった。本隊と合流するためである。エリューズニルまではまだ二日ほど距離はあるのだが、あまりバラバラになるのも良くない、と団長が判断したのだろう。
「おう、どこに行っていた?」
ベースキャンプ内に戻ると、そこでサイアラスと鉢合わせた。いかにも“退屈してます”と言った表情だ。
「村の様子を見てきたんです。サイアラスは?」
「やる事もねえから酒を飲んでたんだが、それも飽きて酔い覚ましに出る所だ。ホント、会議と移動する以外に何もねえよなあ。正直、たまらんぜ」
「いいじゃないですか、それで済むのなら」
「それで済んだら、一体何のために来たのか分からんだろうが。やれやれだ。おい、少し剣の相手をしろ。お前だってどうせやる事なんかないんだろう?」
「いえ、私はこれからとある女性との約束を控えてまして」
「嘘をつけ。俺達が村に入ってから、外を出入りするのは男ばかりになってんだぜ。第一、お前なんか相手にするゲテモノ食いは、そうざらにはいねえよ」
「……随分な言われ様ですね」
サイアラスに半ば強引にキャンプの中へ連れ込まれる。そして中央の、あらかじめ訓練用に取っておいた広めのスペースまで来ると、模擬剣を取ってお互い向かい合いそのまま構えた。それを見るなり、ちらほらと聖騎士のギャラリーが集まってきた。娯楽のない彼らにとっては、見慣れた二人の模擬戦も十分に楽しめる。
「ルールはいつもの通り。素手になっても続行、急所攻撃、目潰しはなし。あと、極度の破壊技も」
「顔は殴らないで下さいね。帰ったら大勢の女性に悲しまれますし、あなた自身も夜道を歩けなくなりますよ」
「変形しない程度にしておいてやるさ」
一通り軽口を並べ終わった後、すうっと二人の表情が真剣になる。目つきは鋭く、まるで獲物を狙う豹のようである。
ジュリアスはいつものように重心を低くした下段の構え。
サイアラスはやや前傾姿勢になり飛び出しやすくした上段の構え。
と、一陣の風が横殴りに二人へ吹き付けた。同時に降り積もった雪が空中に舞い上げられる。真っ白になる互いの視界。
刹那、疾と前に踏み込むジュリアス。そのままサイアラスがいた辺りの場所を下から一気に斬り上げる。しかし、手応えはない。斬ったのは宙を舞う粉雪だけ。
「こっちだ!」
背後から現れるサイアラスの姿。振り上げた剣をジュリアスの背中に向けて振り下ろす。
ぎぃん!
しかし、ジュリアスは一瞬でそれを察知し、背後へ剣を回してその一撃を背を向けたまま受け止めた。
「ケッ、器用なヤツだな」
受け止められる、とは分かっていたが、思わず苦笑い。
間髪入れず、ジュリアスの反撃。背後を向けた体をくるっとひねって正面を向き、同時にその遠心力を付加させた鋭い突きを放つ。しかし、その直線的な軌道を冷静に見極め、サイアラスはぎりぎりまで引きつけて難なく紙一重でかわす。
「相変わらず、キレがいいな」
「サイアラスこそ、凄まじい剣圧ですね」
一瞬、互いに顔を見合わせ、不敵な微笑。そしてまたすぐに鋭い視線に戻る。
剣を振り上げ、標準をジュリアスの頭へ合わせる。直後、落雷のような斬撃。通常、上から下への斬り下ろしはサイドステップで避けるのが最善とされている。下手に受け止めてしまうと、自分の剣を痛めてしまいかねないからだ。それに、剣筋が直線的で読みやすいため、少し修練を積んだ者ならばそう難しいものではない。しかし、サイアラスの一撃はそんなセオリーを覆してしまう速さを持っていた。おまけに、重力加速度によって破壊力も凄まじく、生半可な剣ではたとえ受け止めた所で粉々に吹っ飛び、その後に脳漿を散らせるだけだ。
が、次の瞬間、ジュリアスの頭がかち割られるのかと思われたが、ジュリアスはその一撃を受け止めてしまった。
「うおっ!?」
重心が前のめりになり、姿勢を崩すサイアラス。
正確には受け止めた訳ではない。剣を斜めに構えて威力を別な方向へ逃がし、剣撃を受け流したのだ。一見簡単そうに見えるが、剣撃の威力を逃がすのはそう簡単にできるものではない。まして、実戦において緊張で筋肉を固く強張らせてしまっては絶対に不可能だ。それほどの繊細さを要求されるのである。
「スキあり!」
好機と見たジュリアスは、剣撃を受け流した衝撃の反作用を利用して体を一回転させ、その遠心力で胴を薙ぎに行く。
が、
「甘いわっ!」
ジュリアスの剣がサイアラスの胴を薙ぐよりも早く、サイアラスの裏拳がジュリアスの頬を捉える。受け流された瞬間、咄嗟に右手を離して反撃に備えておいたのだ。
横に激しく跳ね飛ばされるジュリアスの体。だが、うまく受身を取り、倒れ込むのと一挙動で立ち上がった。
「顔はやめてって言ったのに……」
「変形はしてねえだろ?」
抗議するジュリアスに嘲笑を向けるサイアラス。
ムッとした表情を浮かべるジュリアス。平然と受け止めるサイアラス。
と、唐突にジュリアスが踏み込んだ。
ジュリアスの優れた瞬発力は天性のものである。その瞬発力は相手との間合いを一瞬で詰め、また大木をも一刀で両断する鋭い斬撃を生み出す。初めて見た者には、ジュリアスの踏み込みはまるで魔術の類のように思えるだろう。気がつけば自分の目の前に現れるのだから。
踏み込みながら、ジュリアスは珍しく剣を上段に構えていた。そこから斬り伏せようというのだろう。
「ヘッ、面白え」
ニヤッ、と笑いサイアラスは剣を下段に構え迎え撃つ。
そして、
ガキン!
ぶつかり合う互いの剣。
「あ……」
二人の視線が、一点を見つめたまま宙へ。
そこには、絡まりあいながら何処へ向かって飛んでいく、互いの模擬剣の折れた刀身の姿。
「後、一時間程です」
その報告に、団長はうむと短く答えた。
ここを過ぎれば、あと二日だ。
戦いまで、たったそれだけの時間だ。
クッ……血が騒いで仕方がない。
やはりワシは、根っからの武人のようだな……。