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 朝食の後、ジュリアスはモミジの案内で村を歩く事にした。随分寝ていたので、大分平衡感覚が鈍っている。まっすぐ歩いているつもりが、いつの間にか左右に傾いてしまったりする。普通に歩くのも少し辛い。だからいち早く元通りの体に戻すため、そのリハビリも兼ねているのである。

「あーっ、外人だ!」

 と、一人の子供が自分を指差して声を上げた。途端にその声を聞きつけ、次々と子供達が集まってくる。

「ホントだ、外人だ」

「髪が金色―っ」

 あっという間に子供達に囲まれる。子供達は物珍しそうにジュリアスを観察したり、ぺたぺたと触ってみたりする。

「ねえ、その髪ホンモノ?」

 あどけない顔でこちらを見上げながら訊ねてくる男の子。

「ええ、本物ですよ」

「金色なんて変わってるーっ」

「そうでしょうか? 私の国ではそれほど珍しくはないんですよ」

 自分を取り囲む子供達の視線は好奇心に満ちている。まるで珍獣扱いだ。

「ほら、ジュリアスが困ってるでしょ。あっち行って遊んでなさい」

 籠の外にされてしまったモミジが、面白くなさそうな顔をして子供達を追い払う。

「じゃねーっ」

「ジュリアス、またね!」

 モミジから逃げ出すように子供達がサッと向こうへ走っていった。今のモミジの言葉で自分の名前を憶えたらしく、何人かが口々に名前を呼びながら去って行った。

「子供って可愛いわよね?」

 また深みにはまりそうな質問を、相も変らぬ歳に不相応な意味深な表情で問い掛けてくる。

そうですね、と微苦笑。

 自分にしてみれば、モミジも先ほどの子供達も大して変わらないのだが、モミジの方が遥かに扱い辛い。もっとも、こんな事を言ったらモミジ怒るに決まっているが。

 ガルムの村は、主に狩猟や民芸品工芸品で生活の糧を得ていた。何でも、ガルムからさほど遠くない所に、使用料だけで税を全く徴収しない自由市場があり、そこで売買するのだそうだ。

 冬の間は獲物の量が減るとはいえ、寒期しか出会えないような動物も存在する。寒帯の気候に適応した動物だ。その牙だか内臓だかが薬として高く取引されるそうだ。

 丁度、完全装備した大人が十名ほど樹海の方へ向かうのが見えた。これから狩りを行うのだろう。自分は樹海では右も左も分からなくなったが、彼らは幼い頃から樹海とは慣れ親しんでいるのか、防寒具と武器以外にはこれと言って方角を調べるようなものを持ち合わせていないようだ。

「私もその内、狩りを手伝わなくてはなりませんね」

「えーっ。狩りは危ないよ? 毎年、大怪我して運ばれてくる人が必ず一人はいるんだもの。それより、燻製とかオモチャとか作る方を手伝ったら?」

「いえ、それは多分無理です」

「どうして?」

「不器用なんです。致命的に」

 村を歩いているだけで、人々の生活感が良く伝わってくる。家畜の鳴き声、鉄を打つ音、竹を削る音、子供達のはしゃぎ声。こうしていると、彼らの生活のために発散しているエネルギーが自分の中にも入り込んで体を活性化していくような気がした。

 本当にいい村だ。かつて自分が住んでいた『実家』という鳥篭を思い出しながら、心からそう思った。

「あの、すみません」

「はい?」

 と、その時。一人の男性が話し掛けてきた。

「もしかして、私達に村から避難するように言っていた方ではありませんか? セーの村で」

「ええ、そうですが」

「やっぱり! いやあ、お会い出来て光栄です! 本当にあの時はお世話になりました。あなたのおかげで、妻も子供も無事この村に避難できたのですから! 幾ら感謝しても足りません!」

 男の顔が確信した喜びに変わる。まさか喜ぶとは思ってもいなく、ジュリアスは男の反応に驚く。

「いや、その、私はそこまで感謝されるような事をした訳ではありませんから」

「御謙遜を。難を逃れた人達は皆、あなたに心から感謝していますよ。あなたは私達の恩人です」

 戸惑うジュリアスに構わず、男は両手を取ってきつく握り締めた。彼の感謝の意の現れである。

「なんでも、あの時に大怪我をなさったそうですが、お体は御無事ですか?」

「もう大丈夫ですよ。御心配をおかけしました」

「いえいえ。ではその内に、改めて御礼を兼ねてご挨拶にお伺いさせていただきますので」

 そう言って男はその場を後にした。

 ふとジュリアスの胸に、言い知れぬ何かが込み上げてきた。それはそのまま上を目指して駆け上がり、最後に眉間にじんと重いものが走った。

 そこで、ようやくジュリアスはそれが何なのか気がついた。

 これは、喜びの感情なのだ、と。

「ここの村の人ってね、セーの村と凄く仲がいいんだ。だから、セーの村の人を助けたジュリアスには、みんなが感謝してるんだよ」

「そうでしたか……」

「ねえ、自分で自分がいい事したって思わないの?」

「いえ……。それに、元々は私達聖騎士団が―――」

「またそんな事言う。誰もジュリアスが悪いだなんて思ってないよ? だから、そういう事言うのやめてよ。ジュリアスは立派な事をしたんだから、もっと胸張っていいんだよ?」

 ニッコリと微笑むモミジ。

 そうだ、自分はもう聖騎士団は辞めたのだ。あの時自分は、ただ一人の人間として理不尽な事に逆らったのだ。その結果をみんなが喜んでくれているのだ。だからといって居丈高になる訳ではないけど、もっと素直にみんなが喜んでくれている事を受け入れよう。

「そうですね。はい、これからはもっと明るい顔をする事にします」

「そうそう、その調子」

 ジュリアスもモミジに微笑み返す。

「ありがとう。何だか気持ちが楽になりましたよ」

「フフッ。私、いい奥さんになれるでしょ?」

 それはどうでしょうか……。

 取り敢えず、微苦笑。最近、困った時にこの顔をするのがクセになってきた。

「あれ? あなたはもしかして!?」

「あ、ちょっと待って!」

 再び、自分を呼び止める声。それも、今度は複数だ。

「やっぱりそうだ! あの時は本当に助かったよ!」

 今度は何人もの大人に囲まれる。

 誰もがその顔に自分への賛辞と感謝の表情を浮かべていた。それを自分へ伝えようと口々にお礼の言葉を述べたり、また、背中を叩いたりなどのスキンシップをはかったり。大勢の大人に揉みくちゃにされるのは、まだ傷が完全には塞がっていない体にはきつかったが、痛いほどよく伝わってくる彼らの気持ちがとても嬉しく思えた。

 やっぱり、自分の選んだ道は間違っていなかったんだ。

 自分が求めていたものを実感しながら、みんなに揉みくちゃにされて傷口がぴりぴりと痛むものの、何物にも変えがたい喜びで胸がいっぱいになっていた。

 ふとその時、ずっと忘れていた懐かしい感覚を思い出した。

 人のために何かをする。

 自分は原点に帰れたのかもしれない。