ジュリアスはサイアラスの隊と共に行動する事になっていた。総勢三百あまりの、聖騎士団では割と小さめな部隊である。だが、特に白兵戦を役割とする騎士のレベルは、聖騎士団内でもトップクラスを誇っている。ジュリアスとサイアラスの実力が聖騎士団内で一、ニを争うものだから、そんな彼らを日々訓練の相手にするのだから当然の事でもある。
ルートは、王都を出発しひたすら北を直進するルートだ。そのため、第一目標である北のニブルヘイムとの国境境の町には一番初めに到着する。
「うう、さすがに冷えてきましたね」
クルスの上でジュリアスはぶるっと体を震わせた。
ヴァナヘイムはその名の通り、農作物の収穫量が豊富な『豊穣の国』である。それは年中温暖で四季がはっきりしないためだ。作物にとっては育ちやすく、人間にとっては過ごしやすい気候であるが、それは北部を除いた部分だ。ヴァナヘイムで北部に当たる地方はごく僅かだが、その気候は年中寒暖な正反対の過ごしにくいものだ。そのため寒さに強い作物を品種改良で作り出し、独特な果物等を出荷している。また、降雪量が多いため、建物も王都圏にはない作りになっている。一応ヴァナヘイムではあるのだが、気候の違いによって生活文化に大きな差が出来、結果まるで別な国のようになっている。
北部に入る頃には、足元には雪が積もっていた。今の季節は冬である。王都に住む者にとっては四季はあまり馴染みのないものだが、この辺りに住む者にとって四季の変化は、温度や天候による如実な変化によって知る事が出来る。
目的の町に着く頃には、日も大分傾いていた。街道を使えばもっと早く到着できたのだが、人目についてしまうためそういう訳にもいかないのである。
町の入り口では、この地方の領主の私設騎士団が出迎えに立っていた。どうせ出迎えなら、鎧に身を包んだごつい男達よりも可愛い娘達にさせればいいのに。ジュリアスは密かに胸の中で舌打ちした。
「遠路遥々お疲れ様です。さあ、ここから先は私達がご案内いたします」
騎士達の案内で、町の外れにある領主の屋敷に進路を定めた。
町には人の姿はほとんど見受けられなかった。北国の人達は、夕暮れにはほとんど自宅に帰りつくそうだ。それだけ冬の夜の寒さは厳しいという事なのだろう。
その、肌に突き刺さるような寒さに耐えながら数分。ようやく領主の屋敷に辿り着いた。
と、ここで馬を屋敷の使用人に預けなければならない。ジュリアスはいつものようにクルスの頬にキスをして別れた。
「ようこそ御出で下さいました!」
屋敷に入ると、まずは王宮のものほどある広いエントランスに出た。やってきた三百人が一度に入れるほどである。その上の吹き抜けになった廊下の階段を下りてくる、一人の身なりのいい中年の男。どうやら彼がこの屋敷の主人であるようだ。
「さあさあ、外はお寒かったでしょう。本日は我が屋敷でごゆっくり御くつろぎ下さい」
その男は、あまり自分は生理的に好きではないタイプの人間だった。ジュリアスは必要以上に言葉を交わしたくなかったため、すぐさま全員を寝室に案内するように要求する。
「はい、既に全ての寝室には暖炉に火を入れて温めております。おい、お前達!」
そう奥に呼びかけると、何人かのメイド達が姿を現した。この屋敷の使用人のようである。
「聖騎士様達を丁重にお部屋にお通ししなさい。それと、ジュリアス様とサイアラス様には特別の部屋をご用意しております。アズサ、お前はジュリアス様を。ユリ、お前はサイアラス様だ」
ジュリアスにつけられたのは、まだ顔から幼さが抜けきっていない若い女性。年齢は二十を挟んだその前後だろうか。
「なにか御用がございましたら、これに何なりとお申し付け下さい。何でも」
ふとこの男が、何やら最後の言葉を、わざと意味深に聞こえさせたような気がした。
「では、ジュリアス様。私の後について来て下さい」
「はい。それでは、サイアラス。また明日」
「また明日じゃない。今夜、団長が到着次第、作戦会議があるだろうが」
あ、そうだった、と苦笑い。
「こら、アズサ! いつまでジュリアス様にお荷物を持たせておく気だ!」
と、急に領主はアズサを怒鳴りつけた。
「す、すみません。ジュリアス様、お荷物をお持ちいたします!」
慌ててアズサが駆け寄り、なかば強引にジュリアスの手から荷物を取っていく。
「まったく。申し訳ございません、ジュリアス様。アズサが何か粗相をいたしましたら、どうぞお気の済むようになさって結構ですから」
「……」
その領主の言葉を、ジュリアスはあえて黙殺した。
「お部屋はこちらです」
それを合図に、まるで会話を拒絶するようにジュリアスは領主に背を向け、さっさとアズサと共にエントランスから去った。
屋敷は田舎領主の物にも拘わらず、王都近圏の領主のものに匹敵する広さがあった。ああいう、強者には平身低頭し弱者には威圧的に振舞う態度から、単に自己顕示欲が強く、それが建物にも現れただけなのだろう。
さて、そろそろいいかな。
ジュリアスは、重そうに自分の荷物を運んでいるアズサの手から取り返した。
「あ!?」
「自分の荷物ぐらい、自分で持ちますよ。あなたには少し重いでしょう?」
驚いた顔で振り向くアズサに、ジュリアスはそう微笑んだ。
「で、ですが、お客様にこのような事をしたら……」
「客がしたいようにさせるのが接待というものです。さ、早く部屋に向かいましょう」
アズサに案内されて到着した自分の部屋は、王宮別館のある自分の部屋よりも一回り大きな立派な部屋だった。
中に入ると、どこかで見たことがある高級な調度品で埋め尽くされていた。
悪趣味……。
まず、ジュリアスはそう思った。単に高いものを集めただけの、何の統一性もセンスもない部屋だ。こういう感覚は、得てして金持ちに多い。特に、権力の甘い汁を吸っている金持ちに。
荷物をソファーに放り投げ、窓辺に近づく。窓は白く曇っている。手でキュッキュッと拭いて外の景色を覗って見る。すると、ぽつぽつと雪が降り始めていた。
「あ、あのジュリアス様、晩餐会が八時からあるので、それで、その……」
「ああ、私はその類は遠慮させていただきますので、そうお伝え下さい。食事は別にここで食べます」
「分かりました。で、その……あ、そうそう、お部屋の案内をさせていただきます」
「部屋の? いいですよ、別に。見ればすぐに分かりますから」
「そ、そうですか……」
何やら落ち着かない様子のアズサ。緊張しているのだろうか? 王都の人間を見るのが初めてだから? あ、そういえば、一応自分はVIP待遇の人間だ。もしかしたらそのせいかもしれない。
「あ、あの、他には何か……」
「それでは、何か温かいものを下さい。寒い中を来たもので、体が冷えてしまって」
「あ、申し訳ございません、すぐに気づかなくて! 今すぐお持ちします!」
そう言い残し、アズサはぴゅうと部屋を飛び出して行った。
バタバタバタと廊下を走る音。が、途中で立ち止まり引き返してくる。そして閉め忘れた部屋のドアをちゃんと閉め、それからまたバタバタと走っていった。
「なにやら愉快な人ですね」
王宮にはいなかったタイプの女性だ。そうジュリアスは口元に微笑を浮かべた。