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 夕方の街をぶらぶらと歩く。

 俺の先頭には、いつもの悪友達が周りにちょっかいをかけてはゲラゲラと笑いながら歩いている。俺はただそんなこいつらの後ろをついて歩いていく。

 また今日も、俺達は当てもなく街をぶらついている。

 すれ違う街の人々は皆、俺達に嫌悪の視線を向ける。それは、俺達が社会的に邪魔な存在であるからである。俺達のような異質な存在を人々は持って生まれた防衛本能で淘汰しようとする。しかし、社会に深く根を張った俺達を排除するのは並大抵の事ではなく、それ以前にあまりにもそんな存在が増えすぎてしまっている。淘汰も矯正も絶望的ならば、後はひたすら敵意の視線を向けるしかない。大人になるほどこの国では無力になる。怖いもの知らずの俺達の世代の方がはるかに行動力がある。もっとも、そのエネルギーが社会に貢献できた事など、歴史規模で見てもほんの僅かしかないのだが。

 と。

 突然、前を歩く連中がどこぞの誰かともめ始めた。そしてすぐに商談は整い、俺達は場所を警察などの邪魔の入らない所へ移る。

 今日もまた、この時がやってきたか。

 俺は全身の血が沸騰するような興奮を覚えた。

 だが、それとは正反対に、心はやけに冷たく冷え切っていた。

 その冷たさは、最近は特に酷くなっていっている。

 これが、俺が満たされない理由なのだろうか?

 よくは分からない。

 だけど、今は獣欲のままに暴れる事だけを考えよう。

 それが、唯一の自分の存在をこの世に知らしめるものなのだから。

 

 

 それは、圧倒的な孤独感だった。

 周囲にはこんなに人がいるのにも拘わらずだ。

 誰もが自分を九条家の娘として見る。

 畏怖の対象か、自分に利益をもたらす金のなる木みたいなヤツか。そのどちらかだ。

 最近知ったのだが、私には監視役がつけられているそうだ。まだ一度も見かけた事はないが、おそらく学校の中にもいるのだろう。

 考えつかなかった事ではない。だけど、首に綱をつけられているみたいで腹が立った。

 そうだ。

私が普通の学校に通いたいと思ったのには、他にも理由があったんだった。

私をそういう目で見ない所に行きたかったんだ。これまで自分が居た世界は、まずはそういう家柄から入る所だった。生まれながらの境遇で、不必要としか思えない上下関係が決まってしまうのだ。

私は対等な立場の誰かが欲しかったのだ。

孤独感を拭い去ってくれる誰かが。

結局、それを求めて来た結果がこの通りだけど。

 昼休み。

 私は今日も自分の席で昼食を終え、無沙汰になった手を紛らわせるため本を取る。

 時間を潰すため、ただ文字を目で追うだけの作業を繰り返す。

 遠くに聞こえるみんなのはしゃぐ声がやけに耳に痛い。

 私は、そんな声が聞こえなくなる授業時間が待ち遠しかった。

 たった一時間にも及ばない昼休み。それが果てしなく長い時間に思えて仕方がなかった。

 どうしてわざわざこんな所まで来て苦しい思いをしているんだろう?

 本末転倒、としか言いようがない。

 私、馬鹿みたいだ……。

 

 

 やれやれ、ついてないな……。

 気がつくと俺は、裏路地の一角に投げ捨てられていた。

 頬を冷たいものが伝っている。甲で拭うと、ぬるっとした嫌な感触がした。幾らか乾いている。

 ゆっくり体を起こした途端、ビリッと胸に鋭い痛みが走った。続いて全身のあちこちが酷く痛みだす。

 ったく、遠慮がねえな。

 周囲を見渡してみるが、俺の連れの姿は一つもなかった。俺がやられるなり、早々に逃げてしまったのだろう。

 失望はしなかった。どうせこんなものだと俺は思っていたからだ。

 どうやら連中は、初めから俺達を狙っていたようだ。ここに来るなり、俺は後から棒か何かでいきなり殴られ意識を失った。その先は憶えていない。体の痛みからして、気絶した後も念入りにやられたようだが。

 立ち上がり体の状態を確かめる。打撲傷が数箇所。特に骨には異常はないみたいだ。今までの俺がしてきた事に比べたら、随分と寛大な報復である。気絶したヤツの指一本折れないという事は、そんだけの度胸がなかっただけの話か。

 乾き始めぬるぬると粘着質になった血を袖で拭う。と、思い出したように頭痛がした。

 ふらふらと路地を出、家路に着く。とにかくさっさと帰って眠りたかった。こういう時は寝るに限る。

 普段にも増して、街を行き交う人々の視線が突き刺さる。まあ、血まみれの姿で人が歩いていれば、大抵の人は驚くだろう。もっとも、ガラの悪い俺が血まみれで歩いた所で、何事かと一旦は目を引くものの関わろうとする者はいない。どうせケンカか何かでああなったのだろう。自業自得だ、と。きっと、腹にナイフが刺さっていたとしても同じだろう。警察は呼ぶが、救急車は二の次三の次だ。最悪の場合、厄介事は御免だと一斉に逃げ出すかもしれない。

 俺だって、てめえらに哀れみを請おうとは思っちゃいない。だから、助けてなんかやるものか、とでも言いたげなその視線をやめろ。

 重い体でようやく辿り着いた家は、やけに遠く感じた。

 俺は帰りを告げる事もせず、黙って家の中に入り、真っ直ぐ自室に向かう。妙に震える手でドアを開け、照明をつける。

 直後、どっと疲労感が押し寄せ、俺は倒れ込むようにその場に座り込んだ。

 机の上に置いてある鏡に手を伸ばし自分を映して見る。赤黒い汚れと痣が出来た自分の顔がそこにあった。いや、それ以上に驚いたのは、自分で思っていたよりも表情がしょぼくれかえっていた事だ。

「ひでえ顔だな……」

 思わず苦笑を浮かべる。あまり腫れてないのが救いだ。変形したツラで学校には行きたくはない。このぐらいならば、ちょっと腫れた程度にしか見えないだろう。脇腹やら胸やらはかなり痛むのだが。

 と、その時。

 部屋の外から、階段を上って来る音が聞こえてくる。

 足音はドアの前で止まる。そして、二度、俺の所在を確かめるようにノック。

「蒼士? 帰ってきたの?」

 母だ。

「ああ」

 ドアも開けず、いつものようにそう一言告げる。

「ご飯が冷めるわよ。早く降りていらっしゃい」

「後でいい」

 こんな格好で部屋から出ればどうなるのかは目に見えている。食事は両親が寝静まった後でいい。

「またケンカしてきたの?」

「関係ないだろ」

「ケガはしてないの? 酷い時は病院に行かないと」

「してない。だから放っておいてくれ」

「どうしてまたケンカなんかしてくるの? 心配させないでちょうだい」

「うるさい。放っておけって言ってるだろ」

 やや声を荒げて追求を跳ね除ける。

今は声を出すのも辛いのだ。これ以上俺を喋らせるな。

 そこで、母は諦めたのかようやく下へ降りていった。

静かになった部屋で、やれやれ、と溜息をつく。

 俺は冷たい床の上にごろんと横たわった。なんだかひどく疲れている。

 ったく、知った口ききやがって。

 何にも知らないクセに。

 どうしてケンカなんかするって?

 忘れたよ、そんな事は……。

 そういや、なんでするようになったんだったけ?

 思い出せない。