戻る

 

 

「はっ!?」

 まるでゼンマイ仕掛けの人形のように、体をびくっと痙攣させながら飛び起きた。

「あ、あれ……?」

 目を開けると、辺りは真っ暗だった。自分の目は暗闇に慣れていない。それでここがどこなのかまるで分からない。

 私は一体―――。

 CDを最後のトラックから再生していくように、新しい記憶から順に思い出し始める。

 じゃあ、えい。

 まず思い出したのは、無邪気とも取れるあの声。

 ルシフェルの声だ。

 そうだ、自分は反転世界とかいう変な世界に迷い込んだんだった。それで元の世界に戻るために、守り神様に会いに行った。守り神様は若い女の人だったけど見た目より歳を取っているらしくて、私を表の世界に帰すだけの力がなかったんだ。それで代理に、同じ力が使えるルシフェルがやった訳で―――。

 あ! あんにゃろう、どさくさにまぎれて人の胸を触りやがったんだった!

 急に思い出したように怒りが込み上げ、腹と頭にカーッと熱いものが込み上げてくる。

 ぶちのめす! 特に急所!

 と、殺気立っていたその時、

「ん?」

 突然、辺りがぱっと明るくなった。俄かに襲ってきた光に、暗闇に慣れかけた目が眩む。思わず顔をしかめ、手のひらで目元を覆う。

「あら、お姉様?」

 その声に振り返ると自分の背後には、部屋のドアの脇にあるスイッチに手を添えたまま不思議そうにこちらを見ている世羅の姿があった。

「あれ? どうしたの?」

「いえ、どうしたの、とおっしゃられても……。ここは私の部屋ですし」

 そう言われ、ようやく光に慣れた目で周囲を見回す。

 部屋の間取りは自分の部屋と似てはいるが、置かれているものはずっとシックなものばかり。そして、明らかにここが自分の部屋ではない事を指し示す大きな本棚。そこには教科書でしか聞いたことのないタイトルの文学本の数々が名を連ねている。

「あ、ホントだ……」

 本当に戻って来れたんだ……。見慣れた世羅の部屋を見て、安堵の溜息。

「どうかなさいましたか?」

「え? あ、いや、別になんでもないんだけど……」

 そういえば、裏の世界の守り神様の部屋は世羅の部屋だったっけ。そこから反転したのだから、世羅の部屋に行き着くのは当然の事よね。って、もうこんな異常な事が普通に考えられるように適応してる自分……。

「お姉様、もしやお疲れではありませんか? ご自分の部屋を間違えるなんて」

 どうやら世羅は、自分が突然この部屋に現れた現場を見てはいないようだ。おそらく自分は、世羅が寝ているところに突然現れたのだろう。その物音で目を覚ました世羅が起きて明かりをつけたのだ。

「うん、そうみたい。あんまり根詰めて勉強してたせいね」

「そろそろお休みになられた方がよろしいかと。もう、二時を過ぎてますよ」

「え、もう? じゃあ、シャワー浴びて寝るわ。ごめんね、起こしちゃって」

「いいえ。おやすみなさいませ」

 特に訝しがられる事無く、沙弥は世羅の部屋を後にした。

 ふう、と溜息が漏れる。

 それは、疑われなくて良かった、というものではなく、無事に帰って来れて良かった、という安堵のものだ。

 だけど、今までの出来事は本当に起こった事だったのだろうか? 自分のした体験の全てが、あまりに突拍子もなく現実離れしている。まるでマンガや特撮映画のような架空の世界。そんな世界に実際に迷い込んでしまった、と言って、一体誰が信じてくれるだろうか? 幾ら素直な世羅でも、これだけは信じはしないだろう。かえって困らせるだけだ。

 きっと誰もが、夢を見たんだ、と言うだろう。実際、自分だってそう思う。あんな事が現実に起きるはずがない。これまでのことは全て悪い夢だったんだと。

 しかし、そんな常識的な意見を真っ向から引っ繰り返すものがここにある。

 ポケットの中には、あの時に脱いで突っ込んだ靴下と、自分のものではない真っ白なハンカチ。

 そう、ルシフェルの物だ。