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 その日のお昼御飯は、川で釣った魚も食べる事にした。秋の終わりで川の水も冷たいので流石に川に入って取るのは、体が凍えてしまって無理である。だから、僕が作った釣り道具を恵悟の分も用意して朝から釣りをしていた。恵悟は釣りをするのは初めてだからかなりぎこちなかったけれど、それでも二匹もハヤを、それも一匹はかなりの大物を釣れたのだから、かなり釣りの筋は良さそうである。
「ねえ、もうそろそろいいんじゃない? お弁当もあるし、食べる分には十分だよ」
「そうだね、じゃあ火を起こして焼こうか」
「だったら僕がやるよ。結構うまくなったんだよ」
 恵悟は予め集めておいた枯れ木に向かって指を置き、ぶつぶつと小さな声で唱える。すると見る間に枯れ枝からは白い煙が上がり、やがて赤々とした炎が灯り始めた。
「どう? うまいもんでしょ」
「僕の方がうまいよ。だって指なんかつけなくたって点火出来るもん」
「でも小太郎はその分時間がかかるじゃないか」
「そんなに変わらないってば」
 僕達はあれからも今までと変わりなく朝から夕暮れまで日々遊んでいる。唯一変わったのは、僕達がお互い意識して術の勉強をしているという事だ。こういった普段の遊びの中でも、自然と術の話が僕たちの間にはわき起こる。あの教本が僕たちにとってはある意味共通の話題、若しくは遊び道具になっている。だからだろう、こんなつまらない事でも時折互いに意地をぶつけたりしてしまう。
 僕達は、互いにどれだけ術や神通力を身に付けたのか、暗黙の内に競い合っている。この競争心が高じたせいか勉強にも気が入り、既に五冊目の教本に入っている。恵悟も四冊目をほとんど覚えているため、僕達の習得の段階は非常に近寄っている。この、いつ追いつかれるかもしれない緊張感が僕の学習意欲を刺激する。そして恵悟も同じように、僕に離されまいと思っているのだろう。僕達はそうやって競い合って勉強しているから、その分上達も早いのだ。
 恵悟が持って来た弁当を焚き火で軽く温め、それと魚を分け合いながらお昼御飯を済ませる。それから焚き火が消える頃まで食休みを取った。季節柄冷え込みが厳しく、遊び回っている分には気にはならないがこうして足を止めて座っていると手足が悴んで辛い。そのための焚き火だけれど、消えるまでの間は腹ごなしにも時間的に丁度良かった。
「そうそう、ちょっとこれ見てよ」
 そんな腹ごなしをしている時だった。恵悟はおもむろに足元から小石を拾い上げ僕へ見せる。何の変哲も無いただの石で、この川原にはどこにでも落ちているものだ。
「それがどうかした?」
「うん、ちょっとね。まあ見ててよ」
 そう言って恵悟は石に向かってぶつぶつと何かを唱え始めた。小声なのであまり良くは聞こえなかったけれど、教本には無いような文言に聞こえた。
 そして、
「行けっ!」
 突然、掛け声と共に石を少し離れた大岩目掛けて投げつける。
「うわっ!?」
 次の瞬間、大岩は大きな音を立てて粉塵を巻き上げた。僕は何よりも予想外の大音に驚いて腕で顔を庇う。それとは対照的に、恵悟は驚きではなく生き生きとした満面の笑みを浮かべていた。
「よし、うまくいった」
「ちょっと、何やったんだよ一体」
「ん? ほら、あれ見てよ」
 恵悟に言われて、粉塵が落ち着いてきたその方を見る。すると、先ほどまではそこにあった大岩は中心から円く抉れていた。すぐに駆け寄って間近で大岩を確認する。抉れた部分の大きさは、明らかに恵悟が投げた石よりも遥かに大きかった。深さも、大岩を割るほどでは無いにしても投げた石とは比べ物にならない。実際に自力でこれだけ抉るとしたら、ノミと鎚とで何度も叩かないと出来ないだろう。
「ちょっとね、木行を応用してみたんだ。小石でもこんなに大きな岩に穴を空けられるんだよ。名づけて、天狗石、ってとこ?」
 そう恵悟は冗談めかして笑った。こんな事は何でもない、恵悟の表情がそう言っているようにも見えて、僕は困惑してしまう。
 これまで僕が読んだ教本の中にはこんな術は記されていなかった。そもそも、何かを壊す事を目的にした術自体は載っていないのだ。恵悟が本当に応用して作ったものには違いは無いけれど、何のためにした事なのか僕には疑問だった。ただ僕を驚かせたいだけなのだろうか。僕にはそれ以外の答えが思い浮かばなかったけれど、どうにも腑に落ちなかった。
「そうだ。明後日からさ、また都会に行かなきゃいけないんだ」
「学校?」
「まあね。でも、どうせ冬休みは目前だから、すぐに終わるよ」
「じゃあ、その間に恵悟には差を付けちゃうかな」
「そんなに差は付けさせないよ。それに戻って来てからでもすぐ追いつくからね。最近、コツみたいなの掴んだんだ」