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 今日も朝から雪がしんしんと降り続いていた。冬に入ってからというもの、雪の降る日が非常に多くなった。特に去年は雪が少なかったから、今年は尚更多く降っている様に感じる。ここ一週間はほぼ毎日降り通しだった。大体朝方から昼過ぎまでかけて雪が降り積もり、夕方頃になってようやく降り止むので雪下ろしが出来る。だけどまた朝になれば雪が降り積もるため、うちだけでなく里中の大人達がこの雪の多さに辟易していた。
 一昨日になって恵悟が都会から戻って来たので、僕は今朝も早くからいつもの場所へ出掛けていた。まだ雪が降っているので、走れば走るほど雪が目や鼻、耳などにまとわりついてきて僕を震えさせた。雪遊びは好きだけれど、雪の冷たさが平気という訳ではない。ある程度動いて体を温めていないと、とても外には出ていられないのだ。
 待ち合わせ場所に到着すると、既に恵悟の姿がそこにはあった。じっと座って待っているのは寒くて辛いらしく、うろうろと岩の周りを歩き回っては雪を蹴ったり、手を擦り合わせて息をかけて温めたりをを繰り返していた。
「おはよう、小太郎。今日もかなり寒いね」
「また一段と冷え込んだ感じだね」
「今朝ラジオで言ってたよ。今年一番の寒さだってさ」
「こう寒い上に雪まで降られると、外に出るのも大変になってくるね。僕なんかもう手が真っ赤になってるよ」
「だったらさ。いっそ、どこかに秘密基地でも作らない? 暖炉なんか備えてさ」
「あ、それいいね。面白そう」
 早速僕達は基地を作るべく、丁度良い場所を探し始める事にした。基地を作るには、何を置いてもまずは過ごし易い環境でなくてはいけない。多少の風雨を気にしないで済むだけでなく、たとえば今日のような寒さも凌げるようでなければならないのだ。居心地が悪ければ自然と基地への熱が冷める。作ったものに愛着が湧かない事ほど虚しいものはないのだ。
「暖炉を作るとなると、やっぱり川の近くかなあ。下手に藪の中なんかで火を焚いたら、火事になっちゃうかもしれないから」
「確かに。それに、今は温かくて良くても、夏になったら今度は涼めないと駄目だよね。やっぱり水辺が一番いいな」
「あと岩も欲しいんだよね、暖炉作るのに。ある程度大きなのが無いと、上手く温まらなさそうだから」
「そうだ、暖炉暖炉って言うけどさ。暖炉ってどうやって作るの?」
「簡単だよ。大きな岩をくり貫いていけばいいんだから」
 恵悟はどういう計画で暖炉を作るつもりなのだろうか。そもそも僕は、暖炉というものを実際に見たことなければ構造も分からない。漠然と、家の中を温めるために火を焚く機具ぐらいの認識だ。けれどこういうのは恵悟の方が詳しいだろうから、恵悟に任せておけば大丈夫だろう。
 僕達は川をひたすら上流へ目指して登って行った。その先には、夏には良く来て遊んだあの滝が流れている。あの辺りは滝に削られたりさらに上流から流されてきた大きな岩も幾つか転がっているので、恵悟の言う暖炉を作るのに使う材料には困らないだろう。
「さてと、どれにしようかな」
「どんな岩がいいの?」
「こういう灰色の奴だよ。一度熱くなれば冷め難いんだ。あと大きくて背の高い奴かな」
「どうして高いのがいいの?」
「煙突の代わりになるからだよ。中までくり貫けば、そのまま煙が昇るだろ? まあ、無ければ無いで作ればいいんだけどさ」
 恵悟は暖炉の仕組みについて分かっているようだけれど、今の説明では僕はさっぱり分からなかった。ともかく、何かの原理が働くからそういう岩が必要な理由が出来るようだ。
「お、あれ丁度いいんじゃないか?」
 しばらく散策した後、恵悟が指差したのは、岩肌に並んでいた大きな三角の灰色い岩だった。おそらく随分昔に、岩肌が風か何かで削られてここに落ちてきたものなのだろう。
「まあ、さほど川からも離れてないし良さそうな場所だね」
「だろ? じゃあここに俺達の基地を作ろうぜ」
「あ、そうだ。それはいいんだけどさ、暖炉を作るのに岩をくり貫くってさっき言ってたよね?」
「ああ、言ったけど? このままじゃ暖炉にはならないからね」
「どうやって岩なんかくり貫くの? ノミとか金槌とか用意してないけど。いや、それ以前に岩ってそんな簡単に切れるのかな?」
「ははっ、馬鹿だな小太郎は。天狗の一族なのに何言ってんだ?」
 そう恵悟がさもおかしそうに僕を指差して笑った。
「なんだよう、それ」
「だからさ、石なんて術使えば簡単じゃん。石は土なんだから、木行で楽勝だよ」
 そんな事を言いながら恵悟はリュックを下ろすと、中から木のノミを取り出した。
「こうやってね、術を使ってだ」
 恵悟は手に持ったノミに向かって何やら唱えると、それを岩の真ん中に突き立てた。すると、ノミはまるで抵抗も無く岩の中へ半分ほど埋まってしまった。そこから更に恵悟はノミを操って左右に引き、そしてまたそれぞれの端から真下へ一本ずつ引く。ノミを引き抜くと、岩には大きな四角い線がくっきりと刻み込まれていた。
「ほら、簡単だろ? こうやって線を引いて、後はそれに沿って切っていけばいいんだから。小太郎と一緒にやればすぐだよ。二、三日で出来るんじゃないかな」
「なるほど……」
 僕は恵悟のした事を唖然としながら見ていた。確かに一族の術の基本にある五行に基づけば、木気で石を切る事は理屈では可能である。僕もそれを知らない訳ではなかったけれど、具体的にこういう形で実践するという発想が全く無かった。僕はほとんどこういった実践の経験が無いせいだろう。
「そうそう、実はさ、今日はカメラ持って来たんだぜ。せっかくだから、僕達の基地作りの始めを記念して一枚撮ろうよ」
「え、カメラ?」
「前に言ったじゃん。風景や人をそのまま紙に写す機械。見ろよ、ほら。独逸製の最新鋭。こんなに小さいんだぜ。最近は大衆向けって安物が沢山あるけどさ、やっぱり本物はこういうのを使わないとって思わない?」
 半ば興奮気味に恵悟の見せてくる鉄の機械の塊に、僕は何が何だか分からず困惑してしまった。良く訳の分からないものを強引に押し出されて来ている気がして、どういった反応をすれば良いのやら自分でも分からなかった。カメラというものがあまり良く分かっていないせいもあるけれど、恵悟がそこまで鼻息荒くして語る価値が全く理解出来ないのだ。
「よし、ほら、そこ立ってポーズ決めて」
「え、ポーズって?」
「ほら、こう。なんか格好良いのをしてみろよ」
 良く分からないまま僕は恵悟に言われるがまま妙な格好を取った。果たしてこれが正しいのかも分からなかったが、とにかく思いつく中でやってみるしかない。
「よし、それだ。そのまま動くなよ」
「あ、ああ、うん」
 今僕が取っているこの姿がそのまま紙に写し取られるのだろうか。それがどんなものかなど想像も付かないが、恵悟の口ぶりからすると物事の節目に当たるような大事なことだというぐらいは分かった。
 ともかく恵悟に良しと言われるまでじっとしていよう。そんな事を思っていたその時だった。ふと、僕はある事に気が付いた。
 恵悟に渡した教本には、まだ五行を応用するような術は書かれていない。木行はせいぜい土を豊かにしたり痩せさせたりするぐらいの段階のはずなのだ。僕自身もまだその程度しか出来ない。ならば恵悟はどこでこんな石を切るような事を覚えたのだろうか。それとも、まさか自分で応用して編み出したのだろうか?
「顔、もうちょい笑えよ。なんかぎこちないぞ」
「えーと、じゃあこう?」
「今度はやりすぎ。それじゃ白痴っぽい」
 そんなに違うものかと僕は眉を潜める。
 恵悟に、どこで石切りなんて覚えたのか、訊ねようと思った。けれど、訊ねるのは何だか恵悟との競争に負けてしまうのを認めるような気がして、やはり訊ねるのはやめる事にした。