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 恵悟が都会に戻ってから、早くも十日が過ぎた。今まで恵悟がいない間は一日が何十日にも思えるほど長く、早く戻って来ないものかとそればかり考えて過ごしていた。しかし、今の僕は恵悟が早く戻って来て欲しいと思う一方で、もう少し都会に留まっていて欲しいという気持ちが少なからずあった。恵悟が戻って来るという事は、それでお別れになってしまうから辛いというのもある。だけど一番心配なのは、恵悟との問題を解決するのを怖いと思う事だ。僕は、恵悟は絶対に僕の術を悪用などしていないと信じているけれど、もしや、という疑いを消す事が出来ないでいる。その、もしや、が現実のものになってしまったならと思うと怖くて仕方ない。結局は想像でしかないけれど、もはや僕にとって心の拠り所は、恵悟が友達に嘘をつくはずがない、その願いにも似た一心だけだ。
 その日の朝、僕はいつものように起きて朝ご飯を食べると、またいつものように外へ出掛けた。向かった先は、普段恵悟と遊ぶ時に待ち合わせるあの大岩の所。普段なら既に恵悟が来て待っている時間なのだけれど、今日は未だ都会に行っているから恵悟の姿は無く、それを淋しく思ったり安堵したりした。
 予定通りならば、明後日辺りから恵悟は戻って来るはずである。その時には長老に言われた通り、恵悟との問題の決着、つまりけじめをつけなくてはいけない。
 大岩の上に座り、今日は誰もいない隣に恵悟の姿を思い浮かべる。ずっと一緒に遊び続けていたというのに、ここ数日は会っていないせいか、描いた姿は妙に朧げだった。その事に少し揺れながらも僕は続ける。
 まず僕は普段と違う調子で話を切り出す。出だしからいつものように話すと、きっと帰る時まで同じ調子で通してしまうかもしれないからだ。
 真剣な話であると思わせ、まずは今日で一緒に遊ぶのは最後になるかもしれないと打ち明ける。すると恵悟はその理由を僕に訊いて来るはず。そこで都会での事件の事と、僕らの事が長老に知られてしまいどうにもならなくなった事を話すのだ。
 問題はこの後である。果たして恵悟がどんな反応をするのか、そればかりは正確に予測する事は出来ない。しかも、僕にとって疑念の入り込む余地のある所でもあり、感情を抜きにして合理的に立ち回れるのか不安もある。その解決策は、考えられる限りの幾つもの例を想像して決めておくぐらいだろう。
 今日で一緒に遊ぶのは最後だと言ったなら。おそらくは恵悟は悲しむだろうし、別に大丈夫だから今まで通りやろうと言ったりするだろう。言われると辛いのはこの、大丈夫だから、の言葉だ。長老が見ていると言われても僕ですら実感が無いのだから、恵悟にはもっと無いはず。それを説得出来ないと、ずるずると引きずってしまう事になる。そういうのは後々拗らせるものだから、きっちりと決着をつけたい。
 都会で起こっている事件で大人が恵悟の事を疑っている、と言ったなら。おそらく恵悟は心外だと怒るだろう。僕が散々恵悟は犯人じゃないと訴えた、と言ってもだ。そのせいで恵悟はへそを曲げて、無難に収めるのが難しくなるかもしれない。ここは言い回しに十分気をつけて、恵悟をうまくなだめなくてはいけないだろう。
 これから僕達はどうするか。もう一緒に遊ぶのは無理だろうが、せっかく知り合って友達になったのだから、このままただ別れるのは味気無さ過ぎるし淋し過ぎる。だから何かしら連絡の取り合えるような手段を考えておきたい。手紙での連絡か、若しくは長老の目が届かない場所を探すか。さすがに二度目は許されないだろうから、手段は慎重に考えなければいけない。ひとまず現実的な所として、僕が恵悟へ連絡するような方法を考えておき、長老の目の届かない場所を見付けたら恵悟に連絡する、そんなのが良いだろう。また、この目論みを伝えるにも長老の目があるだろうから、うまく見付からないような手段を考えておかなければいけない。
 何て面倒な状況になったのだろう。そう思うのは多分、長老に呼び出されてから日にちも経ち、喉元過ぎたという安心感があるからだろう。自分は掟を破ったのだから、本来ならもっと真摯に事を受け止めて反省しているべきなのだ。それを楽観視して自分の事ばかり考えているのは気の緩みかもしれない。かと言って、事を深刻に考えるのは少し辛かった。長老に言われた通りの事を真剣に受け止めそのまま考え込むと、恵悟に対する不信感ばかりが募ってしまい、そんな自分が嫌になるのだ。
 長老にも良い顔をしたい、自分の意地も曲げたくない、そのどちらも通そうとするのはやはり甘い考えなのだろうか。それに、こうしている間も父はまだ家に閉じ篭ったままになっている。直接関わっている訳ではないけれど、少なくとも父は僕のせいで辛い思いをしているのは確かだ。僕が自分の意地を通そうとすればするほど、苦しむのは父かもしれない。だから、早くこの状況を収めるのも大事な事だ。
 手っ取り早く解決させたい。それで一番重要なのはやはり、恵悟と交わした約束の事になるだろう。まだ破られていない事を証明出来れば良いのだ。
 恵悟が、約束は破っていないと答えてくれたら。それだけで十分なはずなのに。
 ふと僕は、それは当たり前の事だと思っていたはずなのに、やけに遠く感じてしまう事に気が付いた。