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「はーい。今出ます」
 チャイムの音にまこちゃんがぱたぱたとリビングから出てきた。ママさんから宅急便屋さんの事を言い付けられているからだ。
「ほら、あかしまはリビングに行っておとなしくしてて。宅急便屋さんが来たみたいだから」
 まこちゃんの前に立ちはだかった僕を、まこちゃんは邪魔だからとリビングへ押し退けようとする。
 このまま、まこちゃんがドアを開けてしまってはいけないと思った。ドアの外にいるのはいつもの宅急便屋さんとは違うように思う。何か悪い人達が待ち構えている予感がするのだ。
 まこちゃんを行かせてはいけない。僕はまこちゃんの押し退けようとする手を振り払い、まこちゃんに飛びついた。
「ちょっと、あかしまったら止めてよ。お荷物を受け取ったらすぐに続き遊んであげるから」
 しかし、行かせまいとする僕をじゃれついているのだと思ったのだろう、まこちゃんは全く相手にしてくれなかった。ドアの外に居るのは怪しい人達なのに。それを伝えられない事がもどかしい。
 僕は隅に追いやられ、再三の訴えも空しくまこちゃんは玄関の鍵を開けてチェーンを外す。もう一度ドアの外へ声をかけながらドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。
 その直後だった、
「きゃっ!?」
 突然ドアが外から強引に開かれると、すかさず数名の人が玄関へなだれ込んできた。みんな大きな黒い鞄やケースのような物を抱えていて、そこからさっきと同じ金属の音が聞こえて来た。そして最後の手ぶらの人がドアの外を注意深く確認し素早く閉める。全員が入るまでものの数秒だったと思う、明らかにこういう事に慣れている印象だった。
 突然起こったその一部始終を、まこちゃんは呆然と立ち尽くしながら見ていた。宅急便屋さんと思って開けたのに、それとは全く違う展開になって驚いているのだ。
「おい、念のため部屋の奥を調べろ。ついでに鍵をかけてカーテンも閉めて来い。外はどうだ?」
「大丈夫だ、誰も気付いていない」
 見知らぬ男達は段取り良く散らばって、家の中で何かをやり始める。ここはパパさんの家なのに、まるで自分達の物のように振る舞っている事には僕も戸惑った。パパさんの友達なのかとも思ったけれど、とてもそういう穏やかな様子には見えない。
「あ……あの、おじさん達は誰ですか?」
「うるさい、黙ってろ」
 驚いているまこちゃんが恐る恐る訊ねると、皆に指示をしていた男が偉そうな口調で怒鳴り返した。まこちゃんは声の大きさにまた驚いて、小さな悲鳴を上げ後退る。僕はすぐに男との間に割って入った。
「ちっ、なんでこういうのがいるんだよ。誰か調べておかなかったのか?」
「別にいいだろ、計画は大して変わらないんだから」
 程なくして散らばっていた男達がリビングへと集まっていく。そこで何事かをしようというのだろう。計画という言葉も気になる。ママさんが出掛けて行く所をわざわざ確認していたというのなら、これはきっと良くない事に違いない。
 今はまこちゃんしかこの家にはいないのだから、こういう手合いは僕が追い出さなければ。ぎりっと歯を噛み締め、誰から飛び掛かろうかと算段を練っていた時だった。傍らのまこちゃんがぎゅっと僕の肩を握った。
「あかしま、行こう」
 そう囁いたまこちゃんは、閉められた玄関を開けようとする。今の内に逃げて外へ助けを呼ぼうというのだろう。けれど、鍵が掛かっているのと急な事で慌てているせいで、ただ開けるだけの事に非常にもたついてしまう。
「こら、逃げるな。勝手な事をするんじゃない」
 そうしている内に、男の一人がまこちゃんに気がつくと、後ろから衿を掴んでドアから引き剥がし、そのまま引き摺り倒した。
「おじさん達、誰なの!? 私のパパは、警察の偉い人なんだからね!」
「知ってるよ。だから用事があるんだ」
「みんな逮捕されるんだから! 悪い人はみんな捕まるって言ってたんだから!」
「うるさい、静かにしてろ」
 男は一度舌打ちをすると、無造作にまこちゃんの頭を叩いた。まこちゃんは突然の事で自分が何をされたのか分からず唖然としたが、すぐに叩かれた所が痛くなったのだろう、叩かれた所を押さえたまま表情がぐにゃりと歪み、目から涙が溢れて来る。すると男は面倒臭そうな顔をし、もう一度手を振り上げる。
 何をするんだ!
 すぐさま僕はその手に目掛けて飛び掛かった。
「うわっ!?」
 完全に不意を打てたので、狙っていた男の腕をしっかり捉える事が出来た。男の腕を捉えたまま足を踏ん張って全力で引っ張る。こうする事で下手に動く事が出来なくなるのだ。
 しかし、
「おい、どうした!!」
 直後、僕は頭を固い物で殴られた。今度は僕の方が不意を打たれる形になり、せっかく捉えた男の腕も離してしまう。その時、いつの間にかもう一人の別な男がやって来ていて、僕を更にもう一度殴るのが見えた。手に持っているのは小さな鉄のような塊。その形状には少しだけ見覚えがある。多分拳銃だ。
「このっ、よくもやりやがったな!」
 続けて男は僕の腹を蹴り上げた。殴られた頭の痛さに動揺していた僕は、今度も完全に無防備なままで受けてしまい、背中から床へ落ちて二度転がってしまう。
 体が一瞬浮くほどの衝撃で、この生まれて初めての感覚に痛みよりも驚きや恐さの方が先に沸き起こった。こんな事になるなんて教えて貰ってないのに。自分の知らないことをする男達よりも、自分の知らない展開になっていく事へ理不尽さを感じた。
「おい、大丈夫か?」
「くそっ、血が出ちまってる。思い切りやりやがって、この畜生め」
 蹴られた痛みでまだ起き上がれない僕を、男は更に踏み付けて来た。抵抗しようにもこういう時にどうすれば良いのか分からず、僕はただぎゅっと身を縮めるしか出来なかった。
「駄目、やめてよ! あかしまが死んじゃう!」
 まこちゃんが泣きながら男に訴える。それから更に二度三度と僕を踏み付けた男は、小さく舌打ちし息を切らせながらまこちゃんの髪を引っ張り自分の方を向かせた。
「いいか、こいつを殺されたくなかったら、大人しく言う事を聞いてるんだ。分かったな?」
 まこちゃんはぎゅっと歯を噛み締めながら、どちらとも答えなかった。いきなり怖くて痛い目に遭ったけれど、それでも目の前の悪者の言いなりなる事は悔しいと思っている表情だ。