戻る

 あれから物置の戸にずっと張り付いていたけれど、以来状況に進展は無い。連中の会話と、テレビの音が混ざり合って聞こえてくるだけだ。警察からは何度か電話がかかってきているようだけれど、いずれも同じ事を言うだけで最後に一方的に切って終わりである。警察と連中とで要求する事の折り合いがつかず、平行線を辿ってしまっているのだ。
 外には警察が沢山来ているはずなのに、どうしてなかなか解決しないのだろうか。連中も大勢で居座っているけれど、警察はもっと沢山いるはずなのに。警察が手を拱いているとしか思えないこの状況が、僕には不思議でならなかった。
 まこちゃんは壁にもたれて眠っている。布団も無いこんな冷たい所で寝るなんて、きっと生まれて初めての事だろう。それもあの連中のせいである。僕にでもどうにか出来る方法はないものか。あまりに状況が膠着し過ぎたせいで、そんな都合の良い事を考え始めるようになった。
 そんな中、ふと連中が大きな声で会話をし始めた。何か起こったのだろうかと耳を澄ませてみると、どうも何かを言い合っているような雰囲気に聞こえた。
『確かにここの家って、警視庁管理官なんだよな? なのに警察は全然慌ててる感じがしないぞ。集まってるのはみんなヒラ警官ばっかりだろ。やっぱり、もっと上の役職じゃないと駄目なんじゃないか?』
『かと言って、署長は警備が厳しくて無理だっただろう。この間、中央派が誘拐未遂したばっかりだったからな。それでこっちに計画を変えたんじゃないか。警察官僚なら比較的やり易いからって』
『何発か撃って威嚇しておくんだったな。一人二人警官が死ねば本気にならざるを得ないだろうし。機動隊も来るだろ』
『でも俺ら絶対に舐められてると思うぞ。さっきの首相会見の中継見たか? 絶対に屈しないって断言してたぞ』
『どうせ他人事だと思ってるからだろ。親米発言の件がようやく下火になってきたのに、下手な事を言って支持率を下げたくないだろうし。それに、実際に対応するのは警察だからな』
『しかしこのままで本当にいいのか? 時間ばかり稼がれて、持久戦に持ち込まれたらこっちに勝ち目はないぞ。そのうち投降するだろうって楽観視されてるかも』
『俺達は革労協戦線みたいなエセ革命者とは根性が違う。それに人質は子供だ。体力を考えれば、出来るだけ早急にやろうとするさ』
『でも、万が一機動隊に強行突入されたらどうする? それはそれでまずいぞ。俺らの装備じゃ絶対に負ける』
『その時は仕方が無い、人質だけでも殺して警察のせいにするか。俺達の革命闘志が本物である事を知らしめなければ』
『もし殺すなら、マスコミの前でやった方が良いな。警察の無能ぶりも宣伝出来るだろうし』
『先にそれらしい声明文も作っておくか? 成田委員会解散の例みたく、俺達もスッと出せると格好良いよな』
『あれは先にマスコミが騒いだから取り沙汰されたんだろ。ここまで騒ぎが大きくなってしまったら、あんまり効果は無い』
『せめて、第四の時のように予告電話しておけば良かったかな』
『警視庁にか? 確かにそっちの方がインパクトはあるな。如何にもこれから革命の狼煙が上がるって感じがする』
『いや、それだと警察が警備についてやりにくくなるんじゃないか?』
『そもそも、今回の目的は革命の遂行じゃなくて同士の解放だろう。それに、同士を釈放させれば革命の潮流が自然と強まる。今回は余計な色気を出さない方が良い』
『ところで、これからどうする? いい加減、釈放についての具体的な交渉を進めさせたいな』
『人質を取っているこちらが有利なんだと、再認識を促してやらないとな。何か方法はないか?』
『人質は大事なカードなんだから、切る時は慎重にやらないと』
『だが、テコ入れは必要だろう。マスコミは当然まだいるよな。適当な所で煽ってやろう。そうすりゃ勝手に警察へ責っ付いてくれる。親だって慌てるだろうさ』
『具体的に何をするんだ?』
『人質に自己批判させる。その写真をマスコミに公開させよう。カメラは持って来てたよな』
『持って来てはいるが、それより大丈夫か? あの一緒にいるやつ、絶対こっちに向かってくるぞ。間近で見ると案外でかいし』
『そんなの適当に蹴り飛ばしときゃいいだろ。所詮、俺達革命戦士の敵じゃない』
『いっそ殺した方が良くないか? それで、死体を表にさらすとかさ。二階から吊るすのもいいんじゃないか。マスコミだけじゃなくて近隣にも目立つように』
『次は娘だぞ、ってか。イタリアのマフィアっぽいやり方だが、確かに良いかもしれないな。よし、写真で動かないなら次はそれにしよう』
『もしもそれで動かなかったらどうする? あくまでもだらだら先延ばしする作戦だと厄介だぞ』
『その時は仕方ないから、機動隊が来る前に人質を殺して転進するしかないな。それで次の標的を探そう。仮に今回は失敗しても、人質を殺しておけば良い前例になるからな。次回から交渉もやりやすくなるはずだ。結局、無駄にはならない』