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 日差しの中、ライブは表情こそ無いものの、何とも心地良さそうにしているように感じた。暖かい日に屋根の上でひなたぼっこをする猫にも似ている。けれど、やはりどうしてもライブの姿に対する違和感は拭い切れないものがある。ライブはどこをどう見ても鉄の箱の何物でもない。ただ、普通の箱とは違って喋る事が出来るけれど。
「ねえ、ライブはどこから来たの? 隣町? それとも、海の向こうの都会?」
『私の出自について解答する事は出来ません。外星系のどこかとだけ言っておきます』
「外星? そこは遠いの?」
『この星の文明レベルではそう感じるでしょう。夜に見える星とほぼ同等の距離と言えば想像がつくでしょうか』
「それじゃあ、ライブは空のお星様から来たんだね」
 夜空の星など、自分には想像もつかないほど遠い所である。その星からやって来たというライブだが、あまりに想像がつきにくいせいか、逆に素直に信じる事が出来た。多分、空の向こうにはライブのような話す箱ばかりが住んでいてもおかしくはないと思う。
『アイラ、あなたには時間はありますか?』
「時間?」
『優先順位の高い事柄、急な用事や日常の業務は無いかという事です』
「別に無いよ……時々、お使いがあるけれど」
『自宅はこの近くですか?』
「うん、ここから歩いてすぐの所」
『そうですか』
 唐突にライブはぴたりと黙り込み、何も喋らなくなった。それは人間が考え事をしているようにも見えた。けど人間なら、時折体を揺すったり唸り声を漏らしたりするから、ライブの仕種は箱の中身がどこかへ行ってしまったようにも見える。
『あなたに一つ、お願いがあります』
「何ですか? 助けて貰った恩もあるから、出来るだけの事はしたいけれど」
『私は今、幾つかの機能が故障しています。本来なら自然修復出来るのですが、今回のケースに限っては外部からの物理的な干渉を必要とします。それをアイラにして頂きたいのです』
「良く分からないけど……故障って、どこか怪我をしたの?」
『部位の破損です。自然修復のためには、異物の除去や断面の接合などの措置が必要なのです』
「難しそうだけど……でも、私に出来るなら頑張ってみる。ライブは困っているんだよね」
『具体的な手順については、私がナビゲーションするので問題はありません。では、早速お願いします』
 そう言うや否や、救助にライブの天板の一部から真っ赤な光が点灯した。何かが燃えているのかと驚く暇もなく、がちゃりと乾いた音を立てて天板が持ち上がり、右側へ半分ほどずれる。
『カバーは手動で外せますので、持ち上げて傍に置いて下さい』
「えっ、あ、ああ、うん。分かった」
 何事なのかと戸惑いつつ、私はライブに言われた通り天板に手をかけてそっと持ち上げてみた。微かな反動と共に天板はあっさりと外れた。天板は裏側も綺麗な銀色で、表とは違い傷は一つも無かった。見た目からは想像出来ないほど軽く、けれど手触りから鉄のように固い事が分かる。不思議な素材だと思った。
『では次の作業へ進みます。内部を確認して下さい』
 ライブに従って中を覗き込んでみる。ライブの中は思わず目眩がしてしまいそうなほど、とにかく色々な物が細かく入り組んだ不思議な構造をしていた。赤や黄色の線のようなものや、百足のように足が幾つもついた小さな金属、やたら光沢のある模様等々。一つとして見覚えが無いばかりか、どんな役割を果たしているのか想像もつかなかった。
「何か……凄く難しそう」
『主要な機能はブラックボックス化しているため、視認出来る部分はさほど複雑ではありませんよ。スクリューレス設計にもなっているので工具も不要です。さあ、まずは右上の光波モジュールを外して下さい。箱側にスライド式のロックがあるので、そこに上へ滑らせるように負荷をかけて下さい』
 とにかく、ライブが私にでも出来るというのだから、多分出来るのだと思う。私はとても自信は無いし何のためかも良く分かっていないけれど、ライブの指示に従って頑張ってみる事にした。
 ライブの言う光波モジュールというのは、四角い出っ張りが幾つかついた黒い長方形の箱だった。比較的丈夫そうな角を持って、少しだけ力を込めて重心を手の中へ。ライブとはまた違った軽くざらついた奇妙な手触りに興味を覚えつつ、言われた通り箱の内側へ力をかけながら少しずつ上へ滑らせてみる。すると、カチリと音を立てたかと思うと、驚くほど簡単にそれは外れてしまった。しかし、まだその箱には赤と青の線が繋がっている。
「ライブ、外れたけど何か繋がってるよ?」
『モジュールとの接続端子部分を持って引っ張って下さい。それだけで外れます』
 ライブに言われた通り、線が繋がっている所の白い取っ手のような部分を持ち、引っ張ってみる。線はあっさりと外れ、私はこれなら大丈夫だともう一本の線も外した。外した線の先端を見てみると、幾つもの光る針がひしめいていた。うっかり触ったら怪我をしてしまいそうである。
『外せましたね。では、その真下にあるトレイは目で見る事が出来ますか?』
「銀色の曲がった板みたいなのがあるよ。そこから下は見えない」
『では、そのトレイを外してみましょうか。トレイの内側にロックがありますので、それを起こして下さい。四隅にあるはずです』
 ライブがトレイと呼ぶ曲がった銀色の板は、手触りはライブの表面に良く似ていた。その四隅に、真っ赤な出っ張りのようなものが張り付いている。それには更に小さな爪が出ていて、多分これが指を引っ掛ける所なのだと思った。試しに指をかけて起こすように力をこめると、ぱちんという音を立ててあっさり立ち上がった。
「よし、外れたよ」
『では、トレイを持って真上に引き上げて下さい。若干きついと思いますが、強引で結構です』
 強引でと言われても、その周囲に細かな意味不明の造形がひしめいているのだから、なかなかそうもいかない。慎重にやろうとトレイを持って引っ張ってみたが、確かにきついらしく少し持ち上がっただけですぐに止まってしまった。そこで今度はもっとしっかりトレイを掴み、思い切り力んで引っ張ってみた。すると急に腕が上に引っ張られるように引っこ抜け、トレイをライブの中から外す事が出来た。どこか引っ掛けて余計な所を傷つけていないか、そんな心配をする。
『外せましたね。では中を覗いて見て下さい』
「うん、分かった。何を見ればいいの?」
『青い板が縦に差し込まれているはずです。全体が全て青の、飾りや模様の無い板です』
 その青い板も、モジュールとか言っていた何かの部品なのだろうか。そんな事を考えながら、トレイの外れた隙間からライブの中の様子を覗く。トレイの中には更に細い線と様々な光を放つ小さな箱や板が、数え切れないほどにひしめいていた。これがみんな一つ一つライブにとって必要なもので、これら全てどれが何だと分かるのだろうか。
『どうです、見つかりませんか? 比較的大きな板なので目立はずですが』
「ちょっと待ってね……。あっ、これかな?」
『ありましたか』
「う、うん。多分……。でもこれ……」