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「ところで、どうやって流行り病を無くすの? 何か良いお薬があるとか?」
『最近、この周辺に落下物があったはずです。聞いた事はありませんか?』
「もしかして隕石のこと?」
『一般にはそう報道されているのですか。あれは私の母船です』
「母船?」
『はい。私が管理権限を持つ長距離航行用の高速船です。しかしマシンの不調によりコントロールを失い、緊急手段として私を母船から切り離し、その結果このような状態になりました』
「え、それじゃああれって、隕石じゃなくてライブの船だったんだ。凄い、空を飛ぶ船なんだね! あ、でも、墜落しちゃったんだよね……」
『母船からの発信はありますので、現状の破損状況は把握出来ています。自力での大気圏突破は不可能ですが、倉庫区画の破損状況は軽微です。リモート接続によりシステムを再起動すれば、私自身を回収させ完全な修理も可能でしょう』
 ライブの船は空を飛べるだけでなく、墜落してもほとんど壊れて無い上に修理も出来、他に乗っている人も無事だという事なのだろうか。今の話をそう私は解釈する。
「そっか、だからライブはあんなに煤で汚れてたんだね」
『はい。半ば爆発に巻き込まれ飛ばされたにも近い状況ではありましたが』
 銀色をしたライブが真っ黒になっていたのだから、相当激しい火災や爆発が起こったのだと思う。けれど、それに巻き込まれた上に高い所から放り出されて、それでも少し壊れた程度で済むライブは本当に丈夫だと感心する。汚れはあってもへこみ傷すらないのだから、何か特別な材質に違いない。
「じゃあ、ライブの船には流行り病を治す薬があるんだ?」
『いえ、医薬品ではありません。疫病を消滅させる装置があります。本来ならリモート操作で稼働させられるのですが、非常モードに移行しているため、管理者権限が無ければ開錠出来ません。それが出来る唯一の私も通信機能が破損している状態ですので、現状早急に求められるのが通信機能の修復です』
「じゃあ、ライブのその部品が治れば流行り病を治す事が出来るんだね」
『その通りです。この一帯でしたら、起動から三時間以内に根絶が可能です』
「なんだか、ライブって神様みたい。如何にも何でも出来るって口調だから」
『その表現は適切ではありません。文明レベルの格差による錯覚ですから』
 そうライブはまた難しい言葉で否定する。それもライブらしいと思った。本当に流行り病を治しに来た神様かどうかはさておき、私が襲われて危なかった所を助けてくれたのだから、ライブは良い人に違いはないのだ。
 その日は終始ライブの図面解説で日が暮れてしまった。その内容は半分も分かった自信が無い。けれど、本当に何となくではあるけれど、ライブがやろうとしている事だけは分かったと思う。要するに、壊れて動かない所と同じ動きをするものを用意したいのだ。人間なら、目が見えなくなったり指を切り落としてしまったりしたら、そこはもう一生治らない。治せるライブは便利だな、と思った。
 翌日、私はいつものように母屋の裏へパンを貰いに行くと、中から出て来たのは義姉だった。いつもは義母がほとんどだから、珍しい事だと思った。
「ほら、早く持って行きなさい。それと、これ。買ってきておいて」
 義母に良く似た、いちいち人に突っ掛かるような態度に我慢しながら、押し付けられた買い物袋を受け取る。そして中にある書き留めを確認した。
「また酒精……それに、咳止め薬?」
「母さんが昨夜から調子悪いのよ。だから、さっさとしてくれる?」
 いよいよ突っ掛かられる前に、私は分かったと答えて急いでその場を後にした。猪でも素手で捕まえそうな義母だけど、風邪でも引いたのだろうか。珍しい事もあるものだ。でもその方が家も静かになって良いと思った。
 朝食を済ませた後、早速私は町へと出掛けた。無論、道中はライブの居る森の近道を通っていく。ライブに話すのと、町への近道と両方の理由があるからだ。
 ライブは今日も岩に青い光を発しながら何かを描いたりしていた。まだ治し方は決まっていないけれど、大体固まって来たらしい。私はお使いが終わったら来る事を約束して、町へと向かった。
 町についたのは調度昼前だった。こんなに早い時間に町へ着いたのは初めての事だと思う。これもライブの近道のおかげである。しかし、町は以前よりも遥かに閑散としていた。驚くほど人通りが少なく、時折歩いている人は決まって顔や口元を布で覆っていた。流行り病は無くなるどころか相当酷くなっているらしい。私も、念のためスカーフで口を覆った。
 市場は以前の盛況ぶりが嘘のように静まりかえっていた。買いに来た人も売りに来た人も圧倒的に少ないのだ。ここに来れば欲しいものは何でも手に入ると思っていたけれど、今ではもうそれは昔の事になってしまったように見えた。
「おお、この間のお嬢さんじゃないか」
 どこかで薬を売ってる人がいないかと歩いていると、ふと聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、以前酒精を売ってくれたおじいさんが品物を広げて座っていた。けれど、心なしか品数が前より減ったように見える。
「こんにちは、おじいさん」
「こんにちは。またお使いかね、偉いのう。けれど、ちょっと今は時期が悪いわい」
「どうしたんですか一体? 随分町中が寂れたような感じですけど」
「例の流行り病さ。あれからもう数え切れないほど人が死んだんだよ。町の西には、処分仕切れない死体が積み上がっとる」
「え……そんなに」
「領主が若造じゃからいつまで経っても無くならないと言う者もおるがのう、正直ここまで酷いとなると、占い師の言う事しか信じられなくなるのも無理はないわ」
 代替えしたばかりの領主には、専属の占い師がいる。その占い師は何でもあらゆる事に口出しをして、領主の手伝いをしているとか何とか。噂ではあるけれど、どれも好意的なものはない。町に住んでいる人達にとって占い師は、あまり好かれるような人物ではないのだろう。
「どれ、今日は何が欲しいんじゃ? どうせ客は来ないようじゃし、安くしておくぞ」
 そう言っておじいさんは、力無い仕草で私の買い物袋へ次々と物を詰めていった。別に買おうと思ってもいないものまで詰められ断ろうとするけれど、おじいさんは代金は要らないからと言って私に返させ無かった。袋に詰められた中には高価な薬まであったけれど、それまでくれるという事は、この流行り病に効き目が無かったという事なのだろうか。私はおじいさんが今にも死ぬつもりではないのかと気が気でなかった。
「さて、今日はもう店仕舞いにしてしまおうかのう。さっきから頭痛がしてたまらん。わしもそろそろかもしれん」
「大丈夫ですか? 薬を飲んだ方が」
「いいさ、いいさ。どうせ老い先短いジジイだ。若い者が飲んだらええ。大人は沢山死んだが、子供はあまり死んでおらんらしいからのう。子供だけは生き延びねばならんさ」
 そう力無く笑い、おじいさんは私が見ている前でよろよろと荷物をまとめ市場を後にした。