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 朝になり目が覚めると、私はすぐに体をよじって枕元を見た。ライブは昨夜と変わらずそこにいて、当たり前の事なのだけれど私はほっと溜息をついて安堵した。
『おはよう、アイラ。どうかしましたか?』
「ううん、何でもないよ」
 ライブを日に当たらせるため窓際へ移し、井戸の水で顔を洗った。今日も雲一つない良い天気だった。けれど、目には見えないが既にこの辺りにも流行り病は広がってきていると思うと、逆に澄み切った空が恐ろしいものに見えて来る。
 朝食を済ませ、私はライブを連れて中庭の方へ移った。随分手入れをされてなくて荒れ放題に荒れた中庭だけれど、それでも幾つか綺麗な花が咲いている。お父さんは土いじりが好きで、この庭を手入れするのもお父さんの趣味だった。昔はここで雑草をむしっていたお父さんに、よくちょっかいを出したりしてじゃれていたのを思い出す。
 ライブを日の当たりの良い草の上へ置き、私は少しでも手入れをしてあげようと雑草をむしり始めた。天気の良い日は、昼を過ぎると気温が上がって作業はやり難くなる。こういう事が出来るのは涼しい午前中までだ。
「ねえ、システムっていうのはもう出来た? ライブの船は動かせる」
『まだです。が、見通しは立ちましたよ。遅くとも数日中には出来るでしょう。今も仮接続をし船内の情報を収集しています』
「ここからでも、中の様子が分かるの?」
『正確には過去に何が起こったのかを参照しているに過ぎません。日記を読んでいる、と言えば伝わるでしょうか』
「そっか、文字だけなんだ。でも随分進歩したんじゃないかな」
『元より記録レベルのデータは参照出来ていましたから。リモート制御も出来ないシリアル通信しかない現状は変わりません』
「何か前から思ってたんだけど、ライブって時々皮肉っぽいよね」
『システム管理者に求められるのは正確な事実の伝達ですから。曖昧な口語表現を基本としてはいないので、そういった印象を抱く事もあるでしょう』
「じゃあ、普通の話し方も出来るの? 別に事実の伝達とかそういう難しい事が必要じゃない時とか」
『今がそうですよ』
「えー、そうなの?」
 どこがどう普通の話し方なのか。ライブの淡々とした口調はいつも感情が感じられないから、自分とは全く違う物だと思っている。これで自分に合わせているというのなら、多分これ以上に砕けた話し方は出来ないのだろう。それはそれでライブらしいのだけれど。
 ともかく、この調子なら本当に明日にでもライブは船を動かせるようになるのではないか。そう私は勝手な憶測をする。流行り病が治まれば、後はライブと何の気兼ねもなく暮らせる。後はこの先の食べ物はどうするかを考えるだけだ。そうぼんやりと想像する未来はとても明るい。現状の問題も無くなり、自分が固執する事も無くなったのだから、これからやり直そうという気持ちが強くなったのだろう。そういう時こそ期待感は大きくなる。根拠のある期待では無いにしても、こういうやる気があると無いとでは随分違うと思う。
 そんな想像に胸を膨らませていた時だった。
『……む。これは、緊急コードですね』
 ふとライブが、いつもよりも少しだけ緊張を感じさせる口調で話した。
「どうしたの?」
『母船が攻撃を受けている模様です』
「攻撃って、誰が? どんな?」
『映像ラインが回復していないため中継は不可能です。ですが、おそらくアイラの言っていた道を封鎖していた一味でしょう。原始的な攻撃のようですが、場所が場所だけに滑落させられる危険があります』
「道を封鎖していたって……まさか、憲兵さん達? それじゃあ、命令しているのって領主様じゃ?」
『では、領主が私の母船を災いの元、若しくはこの流行り病の原因と判断したのでしょう』
「多分、領主様じゃなくて占い師の方だよ。何が悪いこれが悪いとか騒ぐのって、いつも占い師が最初らしいから」
『いずれにしても、攻撃を受けている事実に変わりはありません。状況が良くありませんね』
 ライブの船は空を飛べるから、形状も普通の船とは違う。それがかえって災いし、流行り病を広めた元凶にされたのだろう。けれど、その船の中にこそ流行り病を治す機械があるのだ。みんなはそんな事は知らないだろうし、ただ命令に従ってやっているだけだとは思う。早くこれを止めさせなければ、近く取り返しのつかない事になるはず。あのライブがはっきりと、良くない、と断言したのだから。
「だったら、早く止めに行かなきゃ! 船を壊されたら、流行り病を治す機械も使えなくなるんでしょ!?」
『この星の技術水準で私の母船を破壊する事は不可能です。しかし、通信関連の装置は外部に露出している部分もあるので、滑落による破損はあるかもしれません。そうなるとこちらからの通信を受信出来なくなるでしょう。総合的に考えて、母船への攻撃を止める必要性が認められますね』
「だったら早く行こう! 急いで行けばまだ間に合うはずだよ!」
 私はライブを抱え上げすぐさま飛び出して行った。ライブが何か言いかけたような気がしたけれど、それはすぐに風を切る音に打ち消されて良く伝わらなかった。