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 青年が席に着くと、すかさず占い師ユグが向かって左に素早く移動しぴたりと張り付いた。まるで、そこが自分の定位置である事を自慢するような仕種に見える。
「良い、直れ」
 そう青年が言い、老隊長ボドワンが姿勢を戻したのを見て、私も恐る恐る立ち上がった。
 真っ正面の先に居る青年、身なりや皆の態度からしておそらくこの方が領主様なのだろう。実際に目にするのは初めてだが、噂通り確かに年若く頼りなさそうな印象の青年である。足を組んで胸を張り顎を撫でる座り方も、少しでも威厳を見せようというようにしか見えない。だけど、私にとっては雲の上の世界に住んでいるような人だから、視線どころか顔を上げる事もなかなか出来なかった。
「お前が私と謁見したいという娘か?」
「は、はい。いえ、その、私というか、その……」
「違うのか?」
「いえ、違くはありません。ただ、その、どこからお話すれば良いのか……」
 自分のような人間が、領主様と同じ場に居るばかりか言葉を交わしている。そう思うと緊張で舌が回らなくなっていった。ライブの事をきちんと説明したいのだけれど、どう話せば良いのか言葉が選べないのだ。
「領主様、あの娘は邪悪の使いに相違ございません」
「邪悪?」
 そうしている内に、領主様の傍らについたユグが私の方を指差しながらそう語る。
「娘の持つ、あの箱。あれは悪霊を吹き込まれ、己の意志で話すのです。恐ろしい事です。これは早急に処分するべきかと」
「しかし、私はあれが流行り病を治せると聞いているぞ」
「ボドワンの戯言です。領主様はこれまで滅私奉公をしてきたこのユグが信じられぬとおっしゃるのですか?」
「いや、そういう訳ではない。ただ何事も確認をだな」
「私が確認いたしました。後はいち早く処分するだけでございます。優柔不断で民を苦しめたとあっては、亡き父上の御名に傷がつきますぞ」
「う、うむ……」
 強い語気で詰め寄られ、領主様はうやむやながら同意の返事を返す。明らかに納得していない表情だけれど、それ以上反論する様子は無かった。噂通り、領主様は何から何まであの占い師ユグの言うがままのようである。これではユグの方が領主として振る舞っているのと同じ事だ。憲兵さんや町の大人達はみんな、好き勝手に振る舞う占い師と占い師の言いなりになる頼りない領主に不満ばかり言っていたけれど、その理由がようやく私も実感出来た。
 とにかく、このままではユグに全てが決められてしまって、説得どころか有無を言わさず追い出されてしまう。そうなるとライブの船への攻撃も止める事が出来ない。話の流れを戻さなければ。
 そうあたふたしていると、そこでようやく会話の間にライブが入り込んだ。
『宜しいですか?』
 どこからともなく聞こえる事もあるライブの声は、いつも通りライブの方から聞こえて来た。声のする方向が分からないと会話がし難いので、普段はわざとそうしていると前に言っていた。けれど、これだけばらばらに離れていてもみんな一様に聞こえているらしく、私以外はどこから聞こえたのかと周りをきょろきょろ見回した。
「何だ? 今、誰が喋ったのだ?」
『私です。テーブルの上にある箱状の物が私です。あなたはこの地方を治める者とお見受けしますが』
「確かにそうだが……箱とはそこの箱か?」
『ええ、そうです。この星には類似した物が無いため違和感があるかと思いますが、平素通りにお話下さい』
 ライブにそう促されるものの、領主様は明らかに箱と会話する事に戸惑っているようだった。私もそうだったけれど、喋るはずもない物と真面目に話をするというのは、以外と躊躇いが出て来るものなのだ。
「ご覧になりましたか!? この通り、あの箱の中の悪霊が話し掛けたのです! 領主様、耳を貸してはなりませんぞ」
『私は悪霊ではありません。祟りなどといった攻撃行動も取りませんよ』
「では何者なのだ?」
『私は自律型の人工知能です。人工的に作られた人間に近いものとお考え下さい』
「人が作った人だと!? 人をお造りになるのは神だけだ! なんと邪悪な思想を!」
 またライブの言葉に語気を強めて批難する占い師ユグ。勝手に揚げ足を取って興奮しているように見えるが、それはおそらく主導権を握るための演技だろう。ライブも理屈が通じない相手と会話するのは慣れていないのだろうか、普段のようにスラスラと言葉が出て来ていない。
『私は害意を持ってはいません。私はこの地方における問題を解決したいと考えています』
「流行り病の事か? それは私が神より賜った神事で解決する。悪霊の手は不要だ」
『あなたの手段では病原の除去は絶対に不可能です。あれは、自然消滅するようなものではありません』
「絶対だと? 何故、そう言い切れる」
『私には、あの病原体についてのデータがあるからです。病状や構成、製造過程に至るまで、全てのです。よって完璧な除去手段も知っているのです』
「完璧なんぞと馬鹿馬鹿しい。領主様、このような世迷い事を信じてはなりませんぞ。早くこのいかがわしい物を追い払いましょう」
「う、うむ。ユグがそう言うのなら……」
 ライブがこれだけ説明しても領主様はユグの一言であっさりと結論を出してしまう。本当はとんでもない事なのだけれど、そんな領主様の態度に私は苛立ってしまった。どうして口先だけの占い師の言う事に、一番偉いはずの領主様が従ってしまうのだろうか。いちいち揚げ足を取るユグよりも、領主様のその気の弱い所が私は許せないと感じる。
 このままでは、領主様を説得するどころではない。私は不安になってライブの方へ問い掛けるように視線を投げかけた。もっとも、そんな仕種はライブには伝わらないし、ライブの心境も見た目では分からないのだけれど、とにかく今はとても良くない展開だと気付いて欲しい。
 ユグだけが一方的に話を続ける中、またライブは唐突に言葉を放った。
『私は領主との面会を目的で来ているのですが。何故、あなたが決定するのですか?』