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「ライブよ」
『はい』
「私は正直な所、お前を信用し切れない。どうしてもお前が、この国へ病をばらまき、子供達を狩りに来たとしか思えないのだ」
『そうですか』
「しかし、他に手段が無いのも事実だ。医者は皆匙を投げ、後は神に祈って何とかして貰うのを待つしかない。それでもう大勢の民が死んだ。嘘だ罠だと分かっていても、一か八かお前の提案を受け入れるしかなさそうだ。お前が身の上を正直に包み隠さず話した事を誠意の現れと信じよう」
『ありがとうございます。形式だけでも納得して頂ければ十分です』
 やった、と私は思わず声をあげそうになった。領主様は胸中はともかくライブの提案を受け入れてくれた。それが嬉しくてたまらなかった。初めは本当に説得なんて出来るかどうか不安だったけれど、領主様にここまで言わせたのならもう覆る事は無いはずである。
「ボドワン、直ちに馬車を用意せよ。これより北の峡谷へ向かう」
「ハッ!」
 領主様の命令でボドワンはきっちりと敬礼し、足早に部屋を後にした。まずしなければならないのは、ライブの船への攻撃を止めさせる事である。ライブの船は壊す事は出来ないほど丈夫らしいけれど、渓谷の底に落とされたりしたら流行り病を治す機械が動かせなくなるかもしれないのだ。
「若、若。まさか若まで渓谷へ向かわれるのですか?」
「そうだ。私はまだライブを信用し切れていない。そうである以上、今後の出来事は全て見届ける必要がある」
「そんな事、兵士共にやらせれば良いでしょう。若がわざわざそんな危険な所へ行く事などありません」
「父上ならきっとこうしたであろう。私は領主としての責任を果たしたいのだ」
 程無くして、私達は正門の方へと移動させられた。そこにはずらりと大きく立派な馬車が並んでいた。領主様の持つ馬車だから当然粗末であるはずは無いが、こう一斉に並べた景色は早々見られるものではないと思う。
「アイラ、お前はライブと共に私と乗るのだ。ボドワン、お前が警護につけ」
「お待ち下さい。私もお供しますぞ」
 私とライブは領主様と同じ馬車へ乗る事になった。領主様と向かい合うように座り、私の両脇にはユグとボドワンがそれぞれついた。ユグは相変わらず私とライブへ交互に嫌な視線を送ってくる。それは訝しみというよりも敵意のように感じた。ライブが領主様を動かした事が気に食わないのだろう。
「早馬は命令の中止を先行して通達せよ。よし、出せ」
 領主様の号令で馬車の一団が動き始めた。この馬車は隊列の調度真ん中にある。前後に二台ずつ馬車がついて走っているのだけど、間隔が狭いせいか思うように速度が出ていない。それでも歩くよりはずっと速いのではあるけれど。
「ライブよ。私は一つ気になる事がある」
『何でしょうか?』
「お前は自分を、人間が作った人間のような物だと言ったな。では、お前にとって人間は親のようなものなのか?」
『自分より優先される存在と認識しています。私は人間をサポートするために作られたのですから』
「では、親の言う事を覆すのは良い事なのか? 言った事の善し悪しは別にして」
『判断能力を有した人間が居なくなった場合、指揮権は自動的に私へ移ります。自分の権限内で行動する事に問題はありません』
「そうか……。こう言っては不謹慎かもしれぬが、船に乗っていた人間が死んだおかげで、お前は我らに味方出来るのだな。いや、そもそも死んだのは天罰と言うべきか」
『天罰という物は存在しません。これは、私が指揮権を間接的に剥奪したために可能になった事です』
「剥奪とは穏やかでないが。それはどういう事なのだ?」
『私は乗組員の生命を害する行為について、思考にブロックがかけられています。機能としては可能でも、考える事が出来ないのです。しかし、そのロジックも完璧ではありません。幾つかの不確定事項と、違法行為に対する例外措置の組み合わせで、論理の穴をつくことが出来るのです』
「そ、そうか……」
 それは即ち、ライブが乗組員を―――。
 領主様もそれには気づいたのだろう、あえてそれ以上の言及はしなかった。ユグもボドワンも、同じように黙ったままだった。
 三人はそれぞれ、ライブに対してどう思っているのだろうか。目的のためならば人間も殺す恐ろしい物、不当に広められた病を味方を裏切ってまで治そうとする好人物、これまでの話は全て嘘で巧妙に罠を仕掛けて待っている策略家、今までのライブへの印象を思い返すとそのどれも当て嵌まりそうだから、今の評価は分からない。私は最後までライブを信じるつもりだけれど、大人達は本当にそうなのだろうか。疑わしい雰囲気だけれど、ライブを信じるのに大人を信じないというのは不公平なように思うから、そういう疑いは持たないようにしたい。