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「ライブ、どうにかならんのか。皆が動揺してしまっている。このままでは何をしでかすか分からんぞ」
 この状況に血相を変えたボドワンが、ライブに向かってぐぐっと顔からにじり寄る。
『船を操作するには通信が行えなければなりません。通信手段は二つ、私の通信システムを修理するか、船の元まで下りて直結して通信を試みるかです。ただ、どちらも起動させられる保証はありません』
「つまり、お前の何とか言う壊れた所を直すか、この谷底まで下らなければならんという事か」
『遠隔制御については、受信機側に問題が発生した可能性もありますので期待度は低いでしょう。となると可能性が高いのは船への直接接続になります』
「しかし、この峡谷を降りるのは危険だ。急な斜面で掴まる場所も少なく、どれだけ深さがあるのか完全に調査されていない」
 すると、今の会話を聞いていたのか、おもむろに領主様がふらりと立ち上がった。
「そうだ、ボドワン。何とかこの崖は降りれぬのか? 降りた者はいないのか? 降りればライブの船を捜索出来るはずだ」
「おります。しかし、一人も帰って来ていません」
 過去に下りたのは一人二人ではなく、いずれも同様の結果に終わったという事なのだろう。それは果たして、事故で滑落して亡くなったせいなのか、別の理由があるからなのか。つまり、それすらも調べられていないのだ。
 しかし、それでもやらなければ、この流行り病は止められない。ライブの機械が無ければ、大人達は死んでしまうのだから。
「私がやってみます。ライブが船に着けば良い訳ですから。命綱を張って伝っていけば何とかなると思います。一番軽いから、きっと綱も切れにくいはずですし。ライブは私の背中に括りつけておけば大丈夫です」
「何を馬鹿な。子供にそのような事をさせる訳にはいかん。それならば私がやろう。似たような事は訓練でもやっている」
 ボドワンが綱を用意しろと指示を飛ばす。
 ボドワンの方が私より力はあるけれど、体重もその分重い。命綱が途中で切れたりしないだろうか。
 そんな事を考えていた時だった。
『その提案は推奨出来ません。私は反対します』
「どうして?」
『この渓谷には、ここからでも観測出来るほど極めて多量な炭酸ガスが滞留しています。生身では谷底へ着く前に窒息死するでしょう』
「呼吸が出来なくなるって事? でも、息を止めて頑張れば」
『海で泳ぐのとは訳が違います。精神論で解決する問題ではありません。専用の装備が無ければ確実に死亡します。装備はこの星の文明レベルでは製造は不可能です。よって、私は反対します』
「その、炭酸なんとかとは何だ?」
『吸い込むと体を害する空気、と言えば分かるでしょうか』
「なるほど、瘴気か……よりによって質の悪い」
 ボドワンは似たような例をどこかで知っているらしい。あんなに谷底へ降りる気だったのが、急にしおらしくなってしまった。その瘴気とは相当に危険なものらしい。
「そんなの、やってみなければ分からないよ」
『不要です。実践した者は誰であろうと必ず死亡します。ただの無駄死です』
 無駄死、という辛辣な言葉が、例え命がけでもやってやろうという気概を粉々に打ち砕く。ライブの言っている事はいつも正しいが、言い方は冷たい。元々ライブは事実を淡々と述べるような口調だ。間違ってはいないのかもしれないけれど、こういう時のライブの口調は気持ちに堪える。
「じゃあどうすればいいの? 他にライブが船を動かす方法は無いの?」
『直接接続での再起動は実質不可能。後は私の通信モジュールを修理するしかありませんが、予備モジュールでの通信も行えない以上、修理が完了しても遠隔操作出来る保証はありません。むしろ、受信機が完全停止したか破損してしまった可能性の方が高いでしょう。当初の目論見は全て破綻しています』
「そんな……」
 それはつまり、もう成す術無しでお手上げという事ではないのだろうか?
 ライブはどんな事でも出来て何でも知っているから、今回もきっと何とかしてくれると思っていた。それなのに、本人から出来ないと聞かされ、途端に足元が抜けるような脱力感に見舞われた。こういうのを絶望と言うのだろうか。私は、手に持つライブがほんの少し重くなったように感じた。
「何だと!? 偉そうに言っておきながら!」
 突然飛び出したユグが、大声を上げながら私の手からライブを強引に奪い取り、そのまま勢い良く地面へ叩き付けた。ライブは一度跳ねて二度三度地面を転がる。そこを更にユグが蹴り飛ばした。
「この悪魔の使いめ! 結局我々をからかっていただけではないか! 機械とやらが使えないのなら、お前など用無しだ!」
 勝ち誇ったようにユグはライブを何度も執拗に踏み付ける。まるで今までの鬱憤を晴らすかのような表情だった。
「やめて下さい!」
「うるさい、この小娘が!」
 止めに入ろうとしたが逆に突き飛ばされた。前のめりに飛び出すように地面へ転がる。
「お前も同罪だ! 悪魔の手先に成り下がった貧民め。今すぐ縛り首にしてくれる」
 地面についた手に痛みが走る。見ると土に混じって血が流れていた。擦りむいてしまったらしい。怪我をした事で拍車がかかり、私は涙が溢れてきた。
「おい、よさぬか。大人げない」
 ボドワンがユグの襟を掴み上げて引き離す。ユグの気が逸れたその隙に、私はすぐに飛び出してライブを抱き上げた。ライブは土で汚れてしまったが、どこも壊れたような感じは無い。そもそもライブはもっと高い所から落ちて来たのだから大丈夫なのだけれど、ぶつけられたりするのはやはり痛いのではないかと思ってしまうのだ。ライブには血が通っていないから、多分痛いと思ったりはしないのだろうけれど。
「離せボドワン! 貴様も悪魔に魂を売り渡したか!」
「何の事か分からぬが、ここで騒いでもお前の失態は挽回されんぞ」
「うるさい! そんなつもりは無い!」
「いいから落ち着け。騒いで助かるならとっくに皆でやってる」
 ぎゃあぎゃあと支離滅裂な言葉を並べて騒ぐユグと、それを苦み走った表情で抑えるボドワン。領主様は地面に座ったままがっくりとうなだれ、そんな三者の様子を不安そうに憲兵さん達が眺め、ざわついている。絵に描いたような行き詰まりの光景だった。大人が途方に暮れている姿は、いよいよおしまいだという想像を掻き立ててくるから、絶対に見たくはなかった。大人でもライブでもどうしようもないのなら、後はどうなってしまうのだろうか。いつも以上に私は明るい事を考えられなかった。
 私は、ある訳が無いと分かりつつ、気休めにライブへ訊ねた。
「ライブ、もうどうしようもないの? 他に方法は無いの?」
『いいえ、手段はあります』
「えっ?」
 予想外の返答を、またいつものようにしれっとした口調で寄越すライブ。私も同じく驚きと確認の混じった声を上げる。直後、ざわついていた憲兵さん達の数人が今の言葉にハッと息を飲んで振り返り、そしてうなだれていた領主様が急に勢い良く立ち上がると見たこともないような大股歩きで詰め寄って来た。
「ライブ、今、手段はあると言ったか?」
『はい、あります』
「それは真か?」
『事実です』