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 その言葉を確認すると、領主様はかっと目を開き、私の手からライブを掴み上げた。
「何だ!? 教えてくれ! 私は民を死なせる訳にはいかんのだ!」
『この細菌に対する無力化剤の合成です』
「無力化剤?」
『細菌自体を殺す事は出来ませんが、活動を著しく制限する事が可能です。無力化されれば繁殖も出来ず、そのまま寿命を迎えて体外へ排出されます』
 すると、領主様の手の中のライブから細い青の光が放たれた。
「おおっ!?」
 初めて見たそれにみんなが一斉に声を上げてどよめく。半ば取っ組み合っていたユグとボドワンも、そこで状況に気付き領主様の側へ駆け寄った。
 ライブが放つ青い光は長方形に広がり、地面にくっきりとキャンバスのようなものを描く。何事かとみんなでそれを眺める。すると色んな植物や石の絵が次々と飛び出した。前にライブに見せて貰った、ライブの船の動く絵と同じ原理のように思った。
『この地方に存在する植物が四十八種類、鉱物が十八種類。その内の幾つかの成分を抽出、加工する事で無力化剤の合成が可能です。作業工程には一部この星には無い技術も含まれますが、手順にさえそっていれば問題はありません』
「つ、つまり、ここにある物を集めれば良いのだな?」
『はい、第一段階としてはそうなります。ただし、この資料は私の星の言語で作成されています。まずは植物の呼称などを映像からこの星の物へ翻訳する必要があるでしょう』
 ライブが見せる動く絵は次々と切り替わり、途方も無く沢山の材料を集めなければならないような印象を受けた。けれど、これを全部集めれば何とか解決が出来ると思うと、全く苦にも感じなかった。治す機械が使えなければ、治す薬を作ればいい。確かにライブの言うように現実的な解決策だと思う。
「よし、分かった。ならば、のんびりはしてはいられん。早急に準備を整えるぞ」
 領主様は服についた土を払うと一度深呼吸する。まるで別人のように落ち着いていた。開き直ったというよりも、腹を決めたという雰囲気だった。
「町と近隣から薬草の知識がある者を片っ端から集めろ。ライブの見せた絵を元に必要な材料を整理させる。それから薬草は手当たり次第徴収だ。薬草農家だけでなく、薬問屋も残らず回れ」
『それから合成の作業を行うための環境を作る必要があります。建築技術のある者を集めて下さい』
「それなら私に任せて下さい。弟が棟梁をやっておりますから、号令をかければすぐに集まります」
「分かった、そちらはボドワンに任せよう。場所はどの程度の広さが必要だ?」
『特に広さは求めませんが、材料を集めるためとその後に配布する都合を考えれば、町の市場近くが適していると思います』
「よし、ボドワンは先に場所を確保しておけ。そこを本部としよう」
「ハッ、分かりました」
 はっきりとした返答と敬礼をし、ボドワンは駆け足で馬車の一つへ駆けて行く。しかし、
『一旦待って下さい』
 ライブに呼び止められ、車両に乗りかけていた足を地面へ戻す。
「なんだ?」
『そこにある彫刻は必要なものですか?』
 そう言うライブから、今度は黄色の細い光が放たれた。光は道の脇にある二つ並んだ黒と白の像を差している。確かあれは、ユグが流行り病を鎮め悪霊を追い払うためとかに作らせた魔除けの像だ。片方はこの辺りの街道でよく見かける黒曜石で作った馬の像、もう一つの方は最近増えた石灰岩の天使像だ。勿論、造形は辛うじてそうと分かる程度の大した出来栄えではない。
『あの白い像の石灰石は合成に必要な材料です。黒い像も使えますね。可能であれば材料として運んで頂きたい』
「なるほど。領主殿、これはもう不要という事で宜しいですね?」
「ああ、構わん。必要なら持って行け」
 その返答を聞くなり、ボドワンは憲兵さん達に指示を出した。憲兵さん達は数人で取り付いて像を持ち上げる。見た目よりも重さは無いようである。
「若! な、何故です! あれは私が悪霊を払うために、心を込めて掘り出したものですよ!」
『悪霊などというものは存在しません。あれは、単なる炭酸カルシウムの結晶です。合成中の不純物の除去に用いた方がよほど有効です』
「良く分からぬが、ライブの言う通りにしろ。もう他に助かりそうな手段は無いのだ」
「おのれ……この悪霊めが、若をたぶらかしおって」
 凄まじい形相で、ライブと私を交互に睨みつけるユグ。私は恐る恐る領主様の背中の影へ隠れるように場所を移した。
「あっ」
 その時、憲兵さんの一人が声を上げ、同時に固いものがぶつかたような音が響いた。見ると、数人で持ち上げて運んでいた白い像を、誰かが躓きでもしたのか、地面へ落としてしまっていた。しかも像の羽根と首の辺りが見事に折れてしまっている。
「な、何をしているか貴様ら! この不信心者め、何と言う罰当たりな事を!」
 それを見たユグは顔を真っ赤にして、跳びはねんばかりの勢いで怒鳴り散らした。しかし、
『どうせ破砕するので問題ありません。サイズが運搬の支障になるのであれば、適宜砕いて下さい』
 そうライブが淡々と答え、それならばと憲兵さん達はそそくさと折れた像を前より雑に運んで行った。
「覚えておれよ……もしも病は治せなかったなどと言ってみろ。この私が直々に貴様を火刑にかけてくれるからな」
『私の耐熱温度は五千度以上です。薪で起こす火程度で炙られても問題はありません』
「ちっ……いちいち理屈っぽい奴め」
 それについてだけは、私もユグと同じ意見である。けれどそれ以外では関わりにもなりたくないので、そっと影から様子を窺うだけに留めた。