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 昼に差し掛かった頃、一通りの準備が終わったという事でライブの確認が始まった。それで問題が無ければ、すぐに合成に取り掛かる事になる。ようやく本番かと、私は少し緊張していた。
「ここが釜になります。指示通りに作らせました。石灰石も焼いておきましたし、他の材料も全て砕いていつでも使えるように用意しています」
『これなら問題ありません。後は一度火を落として冷まして下さい。それから作業にかかりましょう』
 ボドワンに抱えられているライブは、何本かの赤く細い光線を出しながら釜の様子を確認している。その様子を周りの人は不思議そうに見ていた。ライブの事はまだほとんど人に知らされていないからだ。ボドワンが独り言を言っているように思われているだろう。
 釜の下で燃やされていた廃材は消火され、釜の周りに続々と集められた材料が並べられる。ずた袋に集められた石灰石や石炭など、とても薬を作るとは思えない材料が目につく。けれど、全てライブの指示通りなのだから、きっとこれがライブの星の進んだ薬の作り方なのだろう。私達には魔法のようにしか見えないものも、ライブに言わせればきちんと理論があって形にしたもので、理解が出来ないからそんな風に見えるだけだという。私達が実際にライブの住む国へ行ったら、魔法ばかりの世界に見えるのだろうか。
 無事に確認を終えて見晴らし台から降りて来るボドワンとライブ。準備は万全らしく、疲れていたボドワンの表情には少し余裕が見えていた。私も、まだ全て終わった訳ではないと分かってはいるけれど、ほっと溜息をつきたくなる気分だった。
『釜の熱が冷めるには夕方頃までかかるでしょう。作業者には休息を取らせて下さい。それまで私達は別の作業があります』
「承知した。そこは私の弟に任せよう。それでやる事とは何だ?」
『今後の作業についてです。デュオニール氏の元へ行きましょう』
 ライブに従って本部が設置されている市場の方へ向かうボドワン。私も作業というのが気になってその後を追った。
 市場では大勢の薬師達が薬草をすり潰したり煎じたりをしていた。目に染みるような臭いが充満していて、私は思わずスカーフで鼻と口を被った。
 そんな中に領主様は従者の方々と立って仕事をしていた。必要な量の薬を全て紙に書き出し、それが実際に足りているかどうかを余念無く確認している。ざっと見ただけでも百以上もある。集めた薬草の種類はもっと少なかったはずだけれど、それらを調合して効き目の違う薬を作っているから増えたのだろう。
「おお、ボドワン。こちらは順調だぞ。外はどうだ?」
「ライブ殿に確認して頂きました。問題無く進んでいます。今、最後の作業に向けて火を落とした所です」
「そうか。では、今日中には何とか完成までこぎつけられそうだな」
 領主様も疲労の色が濃いけれど、ボドワンと同じく表情には余裕が見えてきている。こんな大掛かりな作業を突然とやらなければならなくなって、その負担は相当なものだったはずだけれど、成功が見え始めようやく報われるという印象だ。
『それですが、今後についての説明があります。時間を頂けますか。それから、説明を聞くのは今後の混乱も避けるため、冷静に行動が出来る極少数にして下さい』
「皆々が知らなくて良いのか? 作業者はすぐ集合させるが」
『はい。要はそういった内容のものなのです』
 作業の説明というより、何か別の大事な話をするように私は感じた。さりげなく混乱という言葉も飛び出しているし、ライブが自分の身の上を明かした時のような重大で深刻なものなのかもしれない。
 領主様はボドワンの他に数名の側近を集めて、市場の裏手にある憲兵さんが駐留するための建物へ移動を始めた。私はそこへ加わって良いのか分からず、取り合えず混じってみたが誰にも止められなかった。ライブの身内という認識があるからだろう。とにかくライブの話は聞いておかないといけない気がしたから、止められなくて良かったと思う。
 憲兵さん達は皆外での作業に出ているため、建物の中には人気がなかった。一階の奥にある小さな会議室へ篭り、ライブは一番奥の正面へ配置される。ここでライブが大事な説明をするのだけれど、私は今更改めて説明をする事が不思議に思った。指示ならライブが都度出せば良いはずである。それに記憶違いを起こすから、一度にまとめて説明するような事はしないと言ったのは、他ならぬライブである。
『これからお話するのは、合成の最終段階での作業と、合成した無力化剤の用法についてです。無力化剤の効能は強いため、万全を期すためにも必ず記帳しておいて下さい』
「最後の詰めという訳か」
『それもあります』
「それも?」
 どこかライブの口調に違和感を感じる。領主様も同様で、ライブの言い回しの違和感に小首を傾げていた。それに、薬の使い方なんて大事な事はむしろ大勢に解説するべきだと思う。もしかして使い方がとても難しくて、それで混乱するから、という意味だったのだろうか。
『本日の日没に合成の最終段階へ取り掛かります。ここからの作業についてはさほど難しいものはありません。砂状にした各鉱物を下地に、調合した薬品を順に足し合わせて良く撹拌して下さい。その後に熱反応による加圧をかけますので、それが落ち着いて来ると自然に結晶体が発生します』
 ライブは青い光線を壁に当てて、いつもの動く絵を出して見せた。それは真っ白に焼けた大量の灰と、その中に無数に埋もれている褐色の宝石のようなものの絵だった。良く見ていると、灰はまるで沸かしたお湯のように時折ぼこぼこと吹き出し、その中から褐色の宝石が飛び出していた。灰の中から宝石が生まれているような光景である。
『この褐色の結晶体が無力化剤です。百グラムの結晶で、およそ一キロメートル四方分の効果があります』
「こんな薬もあるのか……。しかし、どうやって使うのだ? まさかこのまま飲み込む訳ではあるまいな?」
『この結晶体はダイアモンドに良く似た炭素結合をしていますが、靭性が極端に低く衝撃に弱いため簡単に砕く事が出来ます。これを粉状にすり潰し、経口で一日二度三日間服用して下さい。一度の量は一般的なティースプーン一つ、未成年にはその半分を与えて下さい。症状の無い方も感染の恐れがあるため、同様にお願いします。また汚染地域には一対五の比率で水に混ぜ散布を行って下さい。これは一日おきに三度の散布で十分です』
 ライブの見せる動く絵が次々と切り替わり、薬の使い方や飲み方の説明が分かり易く為される。ライブの使う言葉が難解なだけに、分かりやすい絵の説明はとても説得力があった。未知の薬だけれど使い方は完璧に分かった、という錯覚にも陥る。
「しかし本当にこれだけで良いのか? 思っていたより単純なものだな」
『この過程に辿り着くまで、膨大な時間と労力が費やされています。医薬品の発明は、どの星でも同じものでしょう。それに、使い方に難のある医薬品は、薬としては不完全です』
「そういうものなのだな。よし、では後はいよいよ薬を調合するだけだな」
 その時、ふと薬師の代表の人が怖ず怖ずと前へ進み出て挙手をした。
「あの、その前に聞きたいのですが。先程のお話であった、熱反応で加圧とはどういう意味なのでしょうか? 我々は指示通りに薬の調合を行っていますが、薬とは基本的に熱に弱いものです。熱や圧を加えたりして大丈夫なのでしょうか? いえ、そもそもこの工程は一体どのような事をするのですか?」