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「バッテリー?」
 それは一体何だ、と領主様が訊ねる前に、ライブの映す絵が切り替わった。映し出されたのは、調度手の平に乗るくらいの小さな立方体の物だった。表面には濡れたような光沢があり、先端にはきらきら光る鉄の蝶番いに似た筒状の物がついている。
『これは私に使用されている濃縮燃料型バッテリーと同系のサンプル映像です。総量は百万アンペア、私も含めたアクイラシリーズなら二十年分の稼働に相当します』
 はあ、と気の無い溜息が聞こえる。私もそうだけれど、ライブの言っている事がいまいち理解出来ないせいだ。
「良く分からんが、こんな小さな箱でお前は動いていると?」
『その通りです。この中には落雷と同等の物が納められているとお考え下さい。私にとってこれは、人間で言う所の食料に当たります』
 雷を箱の中に留めておくなど、そんな馬鹿な事があってたまるはずがない。ましてや、雷を食べるなどと。多分、みんなそんな感想を持ったと思う。けれど実際には誰も口にしなかった。それは多分、そんな信じ難い事だらけでライブが構成されている事を知っているからだ。
「雷を箱に納めるとはな……。それで、どうすると言うのだ? そこから雷を取り出すのか?」
『概ね正解です。私は各電源ユニットの過駆動を行い電圧を引き上げ、結晶化に必要なエネルギーを発生させます。計算によると、およそ十秒間一ギガジュールのエネルギーを発生させる事が可能です。これは辛うじて結晶化出来る量です』
「なるほど……。とにかく、それで雷が無くとも合成が可能という訳か」
『その通りです』
 落雷を待って薬を作るなど絶対に出来る訳が無いとしか思えなかったけれど、いまいち仕組みは理解出来なくともこちらの方が何だか現実味があるような気がした。
 何だ、驚かせて。そう安堵の溜息をみんなが漏らし、緊張で強張っていた表情も徐々に綻んでいく。こういう騒ぎが起こってしまうから限られた人数だけ集めて説明されたのだろう、この集合について誰もがそう思い、少し驚かされたと笑みさえ見せる。
 ここまで行き詰まるような事は避けられた。私もそう安心したのだけれど、すぐに別の嫌な予感が脳裏を過ぎり唇を強く結んだ。多分誰も気付いていないから、気付いた時は手遅れという事になっているかもしれない。だから私は、この全て解決したかのような空気が急に我慢ならなかった。
「待って!」
 私は無意識の内に大声で叫んだ。その声でざわめきが瞬時静まり、沢山の視線を一斉に浴びる事になった。けれど私は心底必死だったせいか、それがあまり気にはならなかった。
「ライブ、さっき言ったよね? このバッテリーというので自分は動いてるって。人間で言う食料みたいなものだって。薬を作るために中に入ってる雷を全部使っちゃうの?」
『はい。私のバッテリーは半分以下の残量しか無く、余力を残す行為は非常に危険です』
「それじゃあ、ライブの雷、全部使っちゃったら、ライブはどうなっちゃうの……?」
 それで、ようやく何人かが私と同じ想像をしたのだろう、息を飲むような声が一つ二つ聞こえてきた。
 自分の予感は外れればいいと願う。けれど、何となく予感は的中するとしか思えなかった。私の予想はいつも的外れで、ライブが淡々と理屈っぽい話をする、その構図は絶対に崩れて欲しくない。だけど、どうせライブは肯定する。いつものようにまるで他人事のようにしれっとした口調で。そんな風にしか思えなかった。
 そして、ライブは私の問いに、やはりいつもの口調で答えた。
『全ての電力を使い切るのですから、機能を停止すると考えるのが妥当でしょう』
 単語は分からない、だけど意味する所は想像が出来た。使い切る、停止、どちらも同じ様を連想させる言葉だ。
「待て、ライブ。停止とはどういう事だ?」
『そのままの意味です。私が自立稼働不可能な状態になるという事です』
「自分で動けなくなるという事なのか? まさかそれは、死ぬという事ではあるまいな?」
『私には死の概念はありません。ただ、停止状態に移行するというだけです』
 死ぬと停止、ライブは別のものだと言うけれど、果たしてそれは本当に別なのか、みんなが再びざわめき始めた。ライブは姿こそ人間ではないけれど、人間と同じように会話する。それが出来なくなる状態は、人間が死ぬのと同じ状態ではないだろうか。
「ライブが止まっちゃったら、もう元に戻らなくなるの?」
『バッテリーは太陽光発電等で自動的に充電されます。電力量が起動可能な水域になれば再起動するでしょう』
「それにはどれくらいかかる?」
『少なくとも、アイラが大人になる頃でしょうか』
 ライブらしくない不自然な返答だと思った。具体的な数字を出さないのは、はぐらかしているように聞こえる。ライブは、自分は嘘をつく事が出来ないように作られていると言った。だから、言いたくない事は言い回しを変えたり言葉を濁したりするそうだ。まさに今の一言はそれに当て嵌まる。嘘をつけないのにはぐらかすのは、本当はもう一度動けるようになるのかどうか分からないという事なのだろうか。
「ライブ……私……」
『私には死の概念がありません。ただの機能停止です。私の死は心配する必要はありません』
「でも、ライブと話せなくなるのは淋しいよ」
『私にはユーモアライブラリはありませんから、そういった会話は提供出来ません』
「違うよ。何の事でも、話してる時が楽しいんだよ」
『そのような考え方もあるのですね』
 そう答えるライブの口調は、いつものようにしれっとした他人事のようなものだったけれど、何となく笑みを浮かべているような姿が浮かんだ。ライブは笑ったりしないし、表情すらない。人間の感情を表現する理由が無いから、そもそも出来ないそうだ。けれど私がライブに対してそう思うのは、実は私がライブにそうあって欲しいと求めているからだろうか。
「アイラ、気持ちは分かるのだが……」
「いえ、大丈夫です領主様。今大事な事は分かってますから」
「そうか……すまないな」
 何気なく放った領主様の一言。やはり領主様もライブに対して負い目を持ってしまったのだろうか。ライブとはまだ会ってすぐなのに、そういう気持ちを持ってくれるのは、本当は嬉しい事なのだけれど。
『では、これから最終工程についてのミーティングを行ないたいと思います。各班の主任を集めて戴けますか? 途中から私は指示が出来なくなりますから』
「うむ、分かった」
 領主様が指示を出し、何人かがすぐに外へと出て行く。集まっている大人達も、書物や束ねた紙を広げて事前の確認を始める。まだ状況があやふやで不安な所も多いのだろう、みんな額にしわを寄せた同じ表情をしている。
 ここからは作業をする人達の大事な話し合いになる。何も出来ない子供の私の居場所ではない。そう思い私は、誰の目にも触れないようにそっとこの場を後にした。