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 日が暮れ、広場に作られた大釜の周辺が少しずつ騒がしくなり始める。食堂の方は食事を取る人も一段落したので、私も広場の方へ行ってみる事にした。
 大釜の中には次々と砕いた鉱石が流し込まれている。それだけを見ていると、薬を作ろうというよりも土木工事に近いように思う。辺りから聞いた話では、大釜に入れた鉱石にライブが雷を落とし、それから薬を流し込んで作るそうだ。つまり、この作業が完了したらライブの出番が来てしまうのである。ライブは自分が動かなくなる事を大した事ではないように言っているけれど、私にはとても堪らない事だ。
「アイラ、ここにいたか。探したぞ」
 突然人込みの中から呼び止められて振り向く。そこにいたのは、群集の中でも埋もれず体格だけでそうと分かるボドワンだった。
「そろそろ始まるぞ。時間が無い、早く来い」
「え、どこにですか?」
「釜の上だ。ライブが待っている」
 そう答え、有無を言わさず私の手を取って歩き出すボドワン。何故私が行かなければならないのだろうか、訳も分からないまま私はボドワンの後に続いた。
 大釜の上に上がる梯子やその周辺は憲兵さん達で仕切られて、関係の無い人は入れないようになっていた。そこをボドワンと一緒に通過するのだけれど、やはり憲兵さん達は私の方を不思議そうな顔で見ていた。こんな大事な所に何故子供がいるのか、そういう表情だ。
 梯子を上り、大釜に並ぶよう同じ高さに建てられた足場へと立つ。そこからは下では良く見えない大釜の中が一望出来た。釜の中には真っ白な砂や黒い石粒など、色々なものが入り交じっている。釜には足場となる板が幾つか渡されていて、調度今は薬師の人が一人、桶から杓で何か薬のようなものを蒔いていた。
 足場の方では領主様と数名の大人達、そしてライブがいた。領主様とライブを中心に、沢山の書類や薬の瓶などを片手に入念な打ち合わせをしている。それを見ただけで私は、やはり自分はここには場違いではないかと思った。
「おお、来たな。では早速始めるとしよう。準備は全て終わったな?」
「はい、全て完了しています」
「よし。では、まずアイラからだ」
 そう言われ、私は領主様からライブを持たされる。
「あの……何故私が?」
「ライブがな、アイラでなければならないそうだ」
 軽く肩をすくめて見せる領主様に私は恐縮しつつ、少し下がってライブに訊ねた。
「ねえ、ライブ。どういう事?」
『私は可能な限り自己保存を努めなければいけません。停止状態は外部に対して非常に無防備です。そのため、安全な環境を考慮する必要があります』
「安全?」
『この星で一番信用出来るのは、アイラですから』
 ライブの返答は私にとって思わぬ不意打ちで、驚きのあまりうっかりライブを落としそうになってしまった。
 自分が動けなくなる事は本当は不安で、だから信用出来る私をわざわざ呼び付けた。ライブも人間のようにそういう事を不安がったりするのだと意外に思った。
「ライブよ、最後にもう一度確認するが。その熱反応とやらが始まれば薬液を入れるのだったな」
『そうです。放電終了後、およそ十秒で開始しますので間を空けず行って下さい』
「万が一だが……。お前の雷とやらが不足していたらどうする? 計算上は際どいのだろう?」
『他に代替手段はありません。成功率を上げる方法は一つ、神に祈って下さい』
「神に?」
 領主様は驚きもあらわにぎょっと目を見開いた。まさかライブの口からそんな言葉聞けるなんて。冗談は分からないと言っていたくせに。私もライブの言葉が意外に思え、何だかおかしくなった。
「神様なんて存在しません、じゃないの? ライブの場合」
『その通りです。しかし統計上では、強い意思が集中されると確率に異変が起こり易くなる傾向にある事が示されています。祈る対象は何でも構いません。成功の保証は出来ませんが、成功を強く願う行為は無駄では無いのです』
 どんなに難しい事でも、ライブが無駄では無いと言うと本当に成功しそうな気がしてくる。正直、ライブには無駄だとあっさり否定されると思っていたから、今度はちゃんとうまくいくようにお祈りしよう。
「ならば私もそうするとしよう。出来る限りの手は尽くしたから、あと出来そうなのはそれぐらいだ。では、下で終わるのを待機している。準備が出来たら知らせてくれ」
『分かりました。お願いします』
 領主様はここで笑顔を一つ見せて下へ降りていった。ライブの言った事を冗談だと思い、多少緊張が解れたのだろう。ライブは冗談なんて言わないのだけれど、これで少しでも領主様の気が楽になれば、それで良いのかもしれない。
『では、アイラ。放電の準備を始めましょう。私を下に置いて下さい。足場の中央の安定した所にお願いします』
 言われた通りライブを足場の中央へそっと下ろす。するとライブの天板が空気の漏れるような音を出して僅かに浮かんだ。
『天板を開けて、中から放電針を出して設置します。黄色の誘導灯で示しているので、それを取り出して下さい。細長い円筒状のケースです』
 薄暗いライブの中に一際目立つ黄色の光が点っている。そっとそこへ手を入れてみると、ライブの言う通り細長い筒が指に触れた。それを摘んで静かに取り出す。円筒状の入れ物は見た目よりもやや重く、手触りはライブと同様に冷たくてつるつるしていた。
『蓋は上部を捻ると開きます。中には銀色の針に似たものが六本入っています。それは一本の針を上中下の三つに分解したものです。それぞれの凹凸に合わせて組み立てて下さい』
「うん、出来たよ」
『ではそれを私の中へ。ソケットは誘導灯で示します』
 ライブに言われた通り銀色の長い針を示された所へ取り付ける。針はライブの丈より長く、天板を外した所から大きく飛び出した。このまま天板をつける事は出来ないだろう。
『これで完了になります。放電の方向と距離はこちらで調整を行いますので、アイラは私の後ろへ下がって下さい』
「針しかないけど、ここから雷が落ちるの?」
『落ちるという表現は正しくはありません。空間のある一点を設定し、その座標に向けて誘導するのです』
「うーん……良く分からないや」
『構いませんよ。この星の水準では理論の確立までまだまだかかりますから』
 そうライブに言われ、まあそういうものなのだろうと何となく分かった振りをする。久しぶりにこういうやり取りをしたと思った。けれど、これから長い間それは出来なくなる。ちゃんと割り切っているつもりではあるけれど、やはり悲しくなった。
「ねえ、ライブは次に目が覚めても、私のこと忘れたりしない?」
『データは全て不揮発性のメモリに記録されています。忘れる事はありませんよ』
「じゃあ、一つ約束して欲しいんだ」
『私単体に可能な範囲なら構いませんよ。可能な事は非常に限られていますが』
 そして私は、いよいよ準備が整った事を下で待機している皆へ伝える。ライブの雷が終わるまで私は出来るだけ近くにいる事にした。それでも私が手を伸ばすよりもずっと遠い距離で、早くもライブが遠い所へ行ってしまったように思えた。
『過駆動を開始します。強い光を伴うので、あまり直視しないで下さい』
 そう宣言し、ライブからばりばりと枯れ枝を踏み折るような音が連続して聞こえ始める。音は徐々に強く大きくなっていき、頬に空気が微かに震えているのが伝わってきた。やがて震えがお腹の中まで響き、その音が耳を塞がなければ辛くなり始めた頃だった、突然と青白い光が目の前に弾けた。あまりの眩しさに、自分がうっかりライブに近付き過ぎてしまったように思った。
 光に目を慣らしながらゆっくり開くと、ライブに取り付けた二本の針から、真っ白な光が不規則にうねりながら前方へ伸びていた。それはまるで細く伸びる光の川のように見えた。
 ライブの命が流れていく。それと引き換えにみんなが助かるのだけれど、果たしてどれだけの人がそれを考えているのだろうか。
 ライブを犠牲にしてみんなで助かろうとした事実を、誰もが知っている癖に誰も口にしない。やはり心の底では、元々ライブの星の人間が持ち込んだ病気なのだから、それぐらい当たり前だと思っているのだろうか。だけど、そうしなければ更に沢山の人達が流行り病で死んでしまう。ライブの事をかばえない私よりも、犠牲にする決断をしなければならない領主様の方が辛いのだと思う。誰も口にしないのは領主様を苦しめないため、そうだと願いたい。
 ライブには人間のように血は流れていないけれど、眩しい光が体の中に流れている。そしてそれが今、外へ次々と流れ出ているのだ。人間が血を流し過ぎると死んでしまうように、ライブも本当は死んでしまうのかもしれない。いつか目が覚めるなんて実は嘘なんじゃないのか。見ている光景が壮絶過ぎて、私は頭が不安で一杯になった。
 今、ライブは何を思っているのだろうか。
 本当は痛くて堪らないのではないだろうか。
 こうしてしまった事を後悔しているのだろうか。
 考えれば考えるほど、後ろ向きな事ばかりを想像してしまう。
 そうしている内に、ライブの雷は全て尽きてしまった。