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 クリニックの担当医から連絡があったのは、翌週の水曜日の丁度定時直後の事だった。件の食事会の事で、先方の了解が得られたから今週の土曜日辺りに早速どうか、というものだった。特に外せないような予定がある訳でもなく、俺はすぐにそれを承諾した。
 帰宅の途中、俺は食事会の相手について、どのような人が来るのかとあれこれ想像を巡らせた。俺と同じ症状で苦しんでいるという事以外はまだ何も知らされてはおらず、名前どころか年齢や性別も分かっていない。近くに住んでいるのか、仕事は何をしているのか、そんな事から訊ねていけば会話になるだろう。だけど、病気での繋がりなのだから、いきなり深い質問は避けるべきだろう。
 帰宅すると、キョウコがいつも通り夕食の支度をしていた。見慣れた日常の光景である。最近は些細な事も忘れがちになっているようだから、こういった拠り所があるだけ心がとても落ち着いてくる。
 着替えて風呂に入った後、二人揃って夕食を始める。今夜のおかずは肉じゃがだった。普通肉じゃがと言えば牛肉だが、キョウコの作る肉じゃがは豚肉である。キョウコの家では昔からそうだったらしく、レシピもそれで習って覚えている。俺も今ではすっかり豚肉に馴染んでいて、今では豚肉でなければいけないとすら思うようになっている。子供の頃から食べ慣れた味ではないが、やはり相性なのだろう、今ではいわゆるお袋の味のような位置付けである。
「今日、さっき先生から電話があってさ。例の食事会、土曜日にやる事になったよ」
「先方の了解が取れたのですね」
「そのようだ。でも、まだ相手がどういう人かは聞いてないんだけどね」
「きっと良い方ですよ。すぐに気が合うはずです」
「断言したねえ。その根拠は?」
「えっと……何となくです」
「やれやれ。キョウコの勘って当たるものだったっけかなあ」
 そう笑う俺に、キョウコはばつの悪そうにうつむく。幾ら何でも、決定的に相性が悪い人だ、などと言うのは意地が悪くきこえるし、わざわざ事前に気持ちが暗くなるような事を言うこともない。単なる気休めだが、それはそれで気持ちの前向きに繋がる。
「ところで、食事会の場所はどちらですか?」
「ああ、先生がどこかに用意してくれてるらしいよ。だから当日は、クリニックに一旦集まってから行くんだと。それと、都合良ければお前も来いってさ。向こうも誰か付き添いが来るらしいし、こういうのって家族ぐるみでやった方が心理的にいいんだと。一体感の心理がどうとか」
「先方が宜しいのでしたら、私は構いませんよ」
「よし、んじゃ土曜日は一緒に出掛けるとするか」
 この食事会は治療の一貫のはずなのだが、何やらちょっとしたお楽しみイベントのような様相になってきたように思う。気持ちの問題で発熱の体質が治療出来るのならいいのだが、劇的に変わる事はないだろうと俺は捉えている。担当医にも何か考えはあるだろうが、彼には悪いがあまり期待はしていない。俺の興味は専ら、自分と同じ症状で悩む相手の事だけだ。それに、うまく乗せればナノマシン化の事で結託して働き掛ける事が出来るかもしれない。
「そうだ、食事会って言ってるけどさ、どういう服装で行けばいいんだろうな? やっぱり礼服なんだろうか」
「そこまで堅苦しいものでもないでしょう。カジュアルでいいのでは? あまり固いと先方も困るでしょうし」
「そんなもんかな。じゃあ、この間買ったジャケットでもいいか。あれならそんなに固過ぎず、ラフ過ぎもないし」
「あれなら丁度いいですね。シャツは地味めの方が良さそうです。確か紺がありましたよね」
「ああ、あれ? あれは流石に地味過ぎるだろ。最近でも着てるような人はいないぜ」
「でも、年配の方はそういうのを好みますよ」
「何で年配さ?」
「一般論です。その方が無難という意味です」
「一般論ねえ」
 しかし、そうキョウコは言うが俺にはあのシャツは年配にしか受けは良くないと思う。そもそも、そういった目的に備えるために買ったようなものだ。同年代にしてみたら、流石に野暮ったく見えるに違いないだろう。評価が分かれるのは一般的ではないのではないか。もっとも、キョウコは時折古風な価値観を見え隠れさせるから、案外それだけの理由なのかもしれない。