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「それで、まずは貴殿の目的から聞かせて貰おう」
 ゴットハルト氏は樫の椅子を軋ませながら、いささか横柄に腕を軽く組んだ姿勢で視線を向けてくる。高圧的、威圧感こそ感じはしないが、その油断の無く観察しているような素振りが、逆に緊張感を煽ってくる。
「私がストルナ市へ赴いたのは、セディアランド大使であるフェルナンの指示によるものです。大使はこの度の事件を受けて、現地でその実情を調査せよとの事でした。一方で、総領事館側からは使節としても来ています。事態の平和的な解決を、出来る限り支援したいと個人的にも考えています」
「セディアランド大使の私設秘書官、と。それが使節をやるのはいささか職務から外れているのではないかな? 正式な外交官ではないはずだ」
「現在、総領事館側は非常に混乱しています。それ故に、第三者的立場に立てる者が使節を務めるのは、あながち的外れではないかと」
「一理あるが……まあ、いい。こちらも、武力行使を目的としている訳ではない。意志疎通の筋道が明確化するなら、それに越したことはないだろう」
 案の定であるが、使節を総領事館側ではなく大使側の人間が務める事に、やや不満を持っている様子である。同じセディアランドとは言っても、やはり当事者に近い所と交渉がしたかったのだろう。
「それで、貴殿はどこまで状況を把握しているのかね?」
「ここに至るまでの大筋は。総領事館での事件の経緯、それに対するアクアリア軍の都市封鎖。ただ、私はアクアリア軍側の声明や要求を聞いていません。アクアリア政府が頑なに非公開としているようで。総領事館側としては、加害者の身柄引き渡しは難しいですが、保障については内容次第で早急に対処するつもりで検討しています」
「なるほど。いきなり話の核心に迫っているが、多忙な身であろう、話は簡潔な方が良いな」
 そしてゴットハルト氏は、組んでいた腕を静かに解くと、おもむろに自らの腿を平手で打った。
「私の要求は、一つ。息子が命を落とした決闘だが、あれには許し難い不正があった。直ちに真相を解明し、公表して貰いたい」
「不正、ですか?」
「そうだ。私は事実を明らかにし、息子の無念を晴らさなければならない」
「では、このストルナ市及び総領事館の包囲は、決闘で起こった事実の公表を要求するため、と捉えて問題ありませんね?」0
「ああ。アクアリア政府が声明を封殺し公表しないなら、セディアランド側から公表し貰って構わん。大使ならば広報官も揃えているだろう」
 口調こそ抑えてはいるものの、ゴットハルト氏からははっきりと怒気が込み上げているのを感じた。しかしその怒りは、息子の死よりも決闘の不正に対して向けられている。心中穏やかではないとは予想していたが、そのベクトルの違いには困惑せざるを得なかった。まさか、息子の死亡自体は何とも思っていないのだろうか?
 そして、もう一つ。ゴットハルト氏の目的が本当に決闘の公表の一点であるなら、ゴットハルト氏以外の軍部隊とアクアリア政府側の真意が、より鮮明になってくる。やはりアクアリア軍はクーデターを画策していて、政府は情報が拡散しないよう封じ込める事で阻止を図っているのだろう。知ってか知らずか、ゴットハルト氏の私怨が利用されている構図である。
「失礼ですが、不正を主張される根拠は何でしょうか?」
「セディアランド側から引き渡された息子の遺体を、私が直に検分した。すると、息子の体には二つの傷が見付かった。一つは正面から斬りつけたもの、これはまあ良い。しかし問題なのは、もう一つの傷、背中にあったものだ。それは剣で斬ったものではなく、抉り取ったような深く広い傷だった。決闘で負った傷にしては、あまりに不自然過ぎるとは思わぬか?」
「それだけでは何とも……。ともかく、その背中の傷が不正があったとする根拠なのですか?」
「そうだ。息子は、例え誰が相手であろうと、一度剣を交えれば、決して敵に背中など向けぬ。不覚傷など負うはずがないのだ。つまりこれは、別の何者かが不意を打ったに決まっている。第一、正面と背中とで明らかに違う傷が出来るのがおかしい」
 はっきりと断言するゴットハルト氏、その目は確信に満ちており、断じて息子は正当な決闘で負けたのではない、奸計に倒れたのだ、そう信じ切っている。
 セルギウス大尉が死亡したのは、あるはずもない背中の傷があったから。だが、それだけではとても不正があったと断定は出来ない。乱暴な言い方をすれば、単に彼がそう主張しているだけとも言い切れる程度の信憑性しかないのだ。
 不正があった事が事実かどうかは、すぐには判断出来ない。加害者側の聴取も行い、当時の状況を正確に把握する必要がある。リチャードからは、加害者への聴取は許可を得ている。総領事館に戻り次第、聴取を始めるべきだろう。
「お話は分かりました。私はこの後、加害者への聴取を行います。その際に、それらの点についても確認を取りましょう」
「そうして貰いたい。貴殿は信用の置ける人物のようだ、何か進展があれば部下に言いつけたまえ。すぐ一席を設け話を聞かせて貰おう」
「恐縮です。事実関係が明らかになり次第、すぐ御連絡いたします」