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 急な申し出だったにも関わらず、ゴットハルト氏との会談はあっさりと承諾された。先方も会いたがっているからなのかも知れないが、会いたがるその理由の如何によっては恐ろしいものとなる。そう勘ぐるのは、流石に邪推し過ぎだろうか。
 正午を過ぎた頃、約束通りに正門からアクアリア陸軍の馬車で駐屯地へ向かう。正門では、相変わらず護衛武官とアクアリア陸軍が、殺気立った面持ちで睨み合いを続けている。ジョエルの事件が、彼らの衝突の引き金にならなかった事は、本当に不幸中の幸いだろう。
 さほど時間も掛からず駐屯地へ到着する。それからは前回同様に、左右を兵に挟まれた中をゴットハルト氏の住居へ案内される。部屋にはゴットハルト氏一人のみ、案内役もすぐに出て行った。リチャード達は俺を取り囲んであれやこれやと強要してきたが、ゴットハルトはそういった露骨な脅迫は一切するつもりがないのだろう。若しくは、そこまでしなくとも時が来れば容易に始末できる、そんな所だろうか。
「まず最初に、お話ししなければならない事があります。既にお耳にされているとは思いますが」
「昨夜、拘留中の武官が屋上から飛び降りたそうだな。それも、見張り達を薙ぎ倒して脱走しながら」
「ええ、その通りです。彼の名はジョエルといい、お察しの通り、御子息と決闘をされた者です」
 事件の事はともかく、拘留中だった事や事に至るまでの経緯を、一体何処から聞き及んだのだろうか。総領事館の武官とアクアリア兵は仲が悪いが、一人二人は密かに通じ合っているのかも知れない。
「ジョエルは、これほどの大事件を引き起こしてしまった事を悔い、自分の身と引き換えに謝意を見せたようです。ですから、どうか彼の心中を御察し下さい」
「つまり、これで真相は闇の中、という訳だな」
「いえ、決してそういう訳では」
「本人が直接そう言い残した訳ではないのだろう? なら、幾らでも解釈は出来るわ。それとも、まさか貴殿が手を下したのではないだろうな?」
 ぎらりと殺気立った視線に射抜かれる。一角の元軍人の持つ威圧感は、文字通り刃を喉元へ突き付けるような迫があり、途端に背中にはふつふつと汗が浮かび始めた。
「それは断じて違います。私はむしろ、ジョエルの突然の自殺には困惑しているのですから」
「やはり、不自然と見るのか?」
「いえ、単に証言者の頭数の問題です。私は、事件の経緯と詳細を調べるためにストルナ市へ寄越されたのですから。ただでさえ少ない事件の関係者が減ってしまうのは、どうにも具合が悪いのです」
 慌てて自分の発言を軌道修正する。俺がリチャード達に不信感を抱いている事を、彼に勘繰られてはいけない。もしも知られてしまうと、それはそのまま、ゴットハルトのリチャードへ対する不信感に繋がってしまうのだ。
「貴殿には如何様にも考えがあろうが。私はこの件、不審死と見る」
「不審と思うのは何故でしょう?」
「力尽くで脱獄するのは、逃亡するのが目的だからだろう。にも関わらず、わざわざ悪目立ちする死に方を選ぶのは、とても自然とは言い難い。かと言って、自殺を装った口封じなら、あまりに時期が遅過ぎる。それで、タイミングも合致する貴殿を疑った」
 確かに、その考え方は間違いではない。口封じするしかないような人間だったなら、わざわざ拘留する必要はなく、かえって徒に情報を流出させるリスクばかり高めてしまう。ジョエルが事件の詳細を何も知らなかったという可能性は無いとして、絶対に外部へ漏らさない保証があったから、ただの拘留で済ませていたのだろうか。
「必要性も無ければ時期も遅い、あまりに中途半端で不自然な自殺。この状況から鑑みるに、どうやら総領事館には、明確な反リチャード側の人間がいるようだ。おそらく、犯人はそれであろう」
「第三者、もしくは勢力が存在する。と?」
「リチャードは、何か理由があって加害者であるジョエルを殺す事が出来なかった、若しくは殺すつもりなどなかったのだろう。しかし、大使付きである貴殿が現れるや否や、非常に不自然な自殺を遂げてしまった。これはつまり、貴殿にリチャードを疑わせようとしたのではないのか? 総領事館では絶対権力者である公使も、大使が動いたとあっては決して敵うはずもなかろう」
 確かに、決闘同好会への不信感を強めたのは、ジョエルの不自然な自殺がきっかけである。リチャードが総領事館内で絶対的な権力を持つならば、ジョエルを口封じするにしても、もっと表沙汰にならない方法か、俺が一切の疑念を持たない方法を取るはずである。ならばジョエルを死に追いやった犯人は、決闘同好会かリチャードに対して敵対心を持つ第三者と考えた方が自然である。どれだけ強権を誇っていても、人心までは思うままにならない。むしろ、それを強要された事で恨みを抱いた人間が総領事館内に居てもおかしくはないのだ。
「公使を失脚させる事が目的なのだとしたら……考えられる話ですね。決闘での死亡事件を収束させたいリチャードと、リチャードへの恨みを晴らしたい何者か。この二者が対立しているというのなら、不可解な現状も辻褄が合ってくる」
「貴殿には、その者を特定して貰いたい。その者が、決闘に関して何か関わっていたのかは分からんが、今は事実を隠蔽させる事だけは避けなければならん」
「分かりました。最大限、尽力致しましょう」