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 リチャードに会談での事を報告した後、俺は駐在武官の詰め所を訪ねた。昨夜のジョエルが飛び降りた事件に際し、ジョエルを拘留していた房を担当していた武官達から聴取するためである。
 詰め所は歩道を挟んだ寄宿舎の対面にあり、大きさは丁度寄宿舎の一階部分だけ抜き出したほどだった。総領事館には百名近い武官が常駐していると聞いているが、明らかに過剰な人員数である。セディアランドにとってアクアリアは、それだけ重要で且つ焦臭い国という事だろう。
 詰め所の玄関に入ると、すぐ脇の受付から常駐している武官が一人足早に出て来た。
「大使秘書官のサイファー殿でありますか?」
「そうです。彼らは来ていますか?」
「ええ。ただ、一名は怪我が酷いため、まだ医務室におります。まだ容態も安定していないらしくて」
「分かりました。では、残りの者だけで行いましょう」
 彼の案内で詰め所の奥へと進む。中は流石に武官が使う施設だけあり、壁紙一つ取っても無機な機能然としたもので、装飾らしい装飾は一切見当たらなかった。武器の類も保管庫でまとめて管理しているらしく、本館のようにこれ見よがしに飾られている事も無い。おそらく、此処にある剣はそういったインテリアとは違うからだろう。
「どうぞ、こちらです」
 通されたのは、廊下の突き当たりにある武官長の執務室だった。中には若者二人と年長者が一人、若者はどちらも怪我の手当てを受けた後があり、おそらく若者が当事者で、年長者は武官長だろう。
「サイファー殿をお連れしました」
「御苦労、下がってよろしい」
 武官長は案内を下がらせると、席を立ち、すぐ脇の応接スペースへ促してきた。
「聴取には小官も立ち会いますが、よろしいですね?」
「ええ、構いません」
 応接スペースには三対一の構図でそれぞれ席に着いた。武官達はいずれも、いささか平素のままとは言い難い様子をしている。武官長は憔悴の色とこちらに対する緊張感が、そして若い武官達はいずれも顔色が悪く一層強く緊張してしまっている。事件の当事者と責任者、そして俺が大使直属の部下であるせいだろう。俺によって自分達が何か処分を受けるものだと思っているのかも知れない。
「まず、昨夜の出来事を順を追ってお話し頂けますか?」
「は、はい。えっと昨夜は、自分達ともう一人、今回欠席の一名と、三人体制で着任しておりました。それで日付が変わろうかという深夜の事だったでしょうか、突然とジョエルが房の中で叫び出しまして。それで慌てて自分ともう一人がジョエルの房へ駆け付けました。すると、ジョエルが中で叫びながらのたうち回っていまして。はい、とにかく尋常ではない様子でした」
「彼は元々持病を持ち、何かの発作を起こしたような状態だったと?」
「いえ、持病は無かったと思います。ただ、その時の彼の様子は、少なくとも素人目にはそう見えました。元々ジョエルは、拘留されてから日に日に様子が変わっていって、一人でぶつぶつと口走ったり、妙にふさぎ込みがちで。ですから、いつかそういう病気にかかってもおかしくはないな、とは思っていたんです」
「彼はどのような性格だったのですか?」
「いつも明るくて口の達者な、ややお調子者気質でした。時々ミスもしますが、自分できちんとフォローまでします。とにかくジョークが好きで、特に酒が入ると話が止まらない性格でした」
 そういった性格の人間が、日に日に正反対の様相を見せ始めれば、確かに知っている者からすれば不安を覚えるだろう。何か発作でも起こしたかと勘違いするのも仕方がない。
「それで医者が必要だと判断し、自分はすぐさま医務官を呼ぼうとしたのです。すると突然背後で悲鳴と妙な物音がして、すぐに振り返るとジョエルが鬼気迫った顔で立っていました。もう一人の方は、不意打ちでも食らったらしく、既に血を流して倒れていました」
「つまり、発作に見えたのは演技だったのですね」
「おそらくそうだと思います。自分はすっかり気が動転してしまいまして、そのまま為すすべもなく、こういった有り様で。仮にも身内を拘留しているのだから、帯剣する必要はないと油断していた事もあります」
「その後ジョエルは、真っ直ぐ外へ出たのですか?」
「はい、そうです。自分も、房の方の様子がおかしいと思い駆け付けようとしたのですが、ばったりとジョエルに出くわしまして。驚く間もなく、やられてしましました」
 そしてその後のジョエルは、俺も知っている通りである。寄宿舎の屋上まで上がり、そこから身を投げ絶命した。自殺には違いないが、非常に経緯が訝しい自殺である。
「ジョエルには、こういった行動に出る前兆はありませんでしたか?」
「いえ、特にこれと言っては。とにかく、何時見ても消沈していましたから。仮に自殺という手段に出たとしても、首を釣るとか、そんな手段しか思い当たりません」
「では逆に、脱獄を企てていた気配は? 外部に協力者と思われる人物が居たなど、他に何か思い当たる節は?」
「それも特に思い当たりません。食事も半分程度しか手を付けなかったので、体力もさほど残ってはいなかったと思います。本気で脱獄を考えていたなら、食事はきちんと食べるはずですから。本当に、直前になって突然変貌したとしか思えないのです。自殺をしたのも、もしかしたら発作的なものだったのかも……」
 気力体力共に落ち込んでいる者が、ふとした拍子に発作的に自殺を図る事は、そう珍しくはない。だが、彼らの証言にあるような狂乱した上での自殺など、本来起こり得る事なのだろうか。追い詰められた末に不可解な行動に出たと解釈しても、さほど不自然さはないと思う。だが、どうしても勘繰らざるを得ない。どこか作為の臭いがするのだ。
「あの、このくらいで宜しいでしょうか? 彼らもまだ、怪我をしたばかりで気が動転していまして」
「ええ、結構です。申し訳ありませんでした。どうぞお大事に」
 武官がその程度の怪我で怯むのか、と疑問に思ったが、無理に聞き出す事に意味はない。頃合いである事を悟り、俺は聴取を終わらせる事にした。
 気が動転しているのは本当だろうが、うっかりあること無いことを喋ってしまう事態を、管理職としては避けたいのだろう。それによって処罰の内容が変わるとしたら、致し方ない反応である。
 昨夜の出来事は、概ね推測した通りのものである。新たな情報は、ジョエルが突然変貌して行動に出た、という事実だけで、経緯の本筋は何も変わらない。
 しかし、一つ腑に落ちない点がある。ジョエルのような人間が何故、決闘同好会へ入ったのだろうか。自己研鑽に縁のない人間とまでは言わないが、会の性質上、口の軽そうな人間の入会を認めるのはあまりにリスクが高くはないだろうか。これは後で、リチャードに確認した方がいいだろう。それに、あの日の決闘はセルギウス大尉から持ち掛けられたとあったが、そこの経緯も再度確認する必要がありそうだ。