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 デリングは、流石に情報力を自負するだけあり、実に様々な各国の要人や企業の情報を、流暢な言葉で話してくれた。けれど、いずれも話した所で角の立たない無難なもの、取引に使うには弱い内容ばかりだった。本当に重要な情報ならば、何の取引もなく無償で提供するはずが無い。これらは話の種程度のもので、大した価値は無いのだろう。
「ホルン商会は、今回の入札の件はどこで知ったのですか?」
「私が掴みました。元々、クワストラ国での事業展開が出来ないか画策していたのです。それで、偶然にも新鉱脈と政府主導の開発事業の事を知り、本社に稟議を上げたのです。即日決裁されましたよ。西方事業の拡大の、これ以上無い足掛かりですからね」
 アーリンの話していた不凍港の件と繋がる内容である。やはり北東方面での貿易業には、不凍港の獲得はこれ以上無い悲願なのだろう。
「ところで、フェルナン閣下がお越しになられる筈だったのは、やはりレイモンド商会の要請ですか?」
「ええ、そうです。レイモンド商会は、セディアランド人にとって思い入れもある重要な企業ですから。それに、アクアリアでも大分世話になっているので、断る事は出来ないんですよ」
「どこの国でも、そういった付き合いは同じですね」
「うちは、クリーンなものですよ。個人への利益誘導は特に厳しく規制されていますから」
 大使は、大臣職に比べては限られているものの、ただの官吏とは比べ物にならないほど数々の権限や強い影響力がある。また、相手国にしてみればセディアランドの代表者でもあるため、対応も非常に慎重になる。だからこそ、大使という肩書きがあれば、容易に私財を増やす事が可能になる。それは正常な公務の妨げとなるため、法律で厳しく規制がされている。勿論、それはセディアランドだけに限った話ではなく、殆どの国がそうだ。
「クリーンと言えば。実は今回の入札会ですが、あまり良くない噂を聞いているんですよ」
「良くない噂?」
「ええ。何でも、クワストラ政府宛てに脅迫状が届けられたとか」
 脅迫状という言葉に、俺は眉をひそめる。この手の話には、今までろくな思い出が無いからだ。
「それはどのような内容なのですか?」
「入札会の中止を要求するものです。さもないと、といった良くあるものなのですが……」
「ですが?」
 そこで周囲を窺い、声を潜める。
「クワストラ政府は、幾つかの保守派組織と対立し、昨年から今もまだ抗争の真っ最中なんです。あながち、はったりとも言い切れないんですよ。金銭が目的ならまだしも、中にはかなり強硬な排斥派もあり、彼らの場合は政策の方針転換が目的ですからね。話し合いも平行線です」
「それなのに、入札会を強行するのですか? 警備体制は大丈夫なんでしょうか」
「それだけ、政府の財政状況が良くないのですよ。一度外資にそっぽを向かれたら、次々と連鎖して取り返しのつかない事になりますからね。その点は、我々企業人にとってはありがたい話ではありますがね」
 入札に参加する各企業は、既に承知済みの事情なのだろう。談合で入札額を不正に引き下げるのか、はたまた入札後に有利な条件を政府へ取り付けさせるのか。利益追求の企業としては当然だが、弱味に付け入るようなやり方は聞いていてあまり良い気分ではない。
「排斥派が過激な行動に出たせいで我々に危害が及んでしまったなら、それこそ一気に人が離れるのではないでしょうか?」
「どうでしょう。企業というのはどこの国でも、多かれ少なかれ利益を求めるものです。時には人命と差し引きしてでも。ホルン商会はそのような非人道的な企業ではありませんが、命を危険に晒してでも利益を求めようとする欲の皮が突っ張った企業は、決して少なくはないと思いますよ。そういう事ですから、アーリン様もくれぐれも用心されますように。彼らの矛先が、いつ我々外国人に向けられるか分かりませんから」
「ええ、御親切にありがとうございます。でも、私には心強い護衛がおりますから」
 そう言って、アーリンは意味ありげに俺の方へ微笑む。
「ああ、そう言えば。サイファー殿は、ラングリスでもそうでしたね」
 そして、デリングもまた同じような笑みを浮かべた。それは、未だ他の外交官に向けられる事のある、興味本位の笑みだ。
「奥様はお元気でしょうか?」
「ええ、まあ。特に変わりありませんよ」
「ルイさん、赤ちゃんが出来たんですよ。確か、今は四ヶ月目でしたよね?」
「おお、それは何ともおめでたい話ですね。後日、お祝いの品をお贈りいたしますよ」
「やはり消耗品でしょうね。幾つあっても困ることがないそうですから」
「なるほど。その辺りは、既婚者の方と相談した方が良さそうですね」
 そう色めき立つ二人に、思わず止めてくれと懇願しそうになった。善意からの贈り物を断る理由は無いのだが、それがホルン商会の人間からの贈り物ならば話は別である。ライバル会社に当たるレイモンド商会に知られでもしたら、事である。懇意にしているフェルナン大使の顔が立たないのだ。それで得をするのは、せいぜいホルン商会ぐらいなものだろう。
 その辺りの事情を知らない筈もないのだから、本来ならやんわりと遠慮するのがアーリンの役割である。やはり、そこまで大人の世界の付き合いというものは分からないのだろう。