BACK

 全ての客が乗船したのは、日も傾き始めた昼下がりの事だった。警備態勢が厳重なのと、招待客が大勢いる事を差し引いても、御世辞にも良い進行ではないと俺は思った。係員がこういったイベントに対して経験が薄いせいだろう。経験を積む機会があまり得られないほど、クワストラ政府の財政状態は芳しくないという事だろうか。
 パーティーは、サハン外務相の開会の挨拶のみで、後は出席者任せの立食パーティーの形になった。通常のパーティーなら、パフォーマーや楽団を招いた催し物などを行うのだが、おそらくそこまでの予算が無かったのだろう。料理は大分力を入れたものではあったが、全体的に貧相な感は否めなかった。
「クワストラはほとんど国交のない国ですけど、出席者はかなり多いですね」
 アーリンは感心しながら、開場を見渡し頷く。他国が主催するパーティーならば、出席者のほとんどが親交の厚い国で占められる。逆に国交の少ない国は、肝心の出席者を集められないなんて事も珍しくはないのだ。クワストラは主要先進国のいずれとも正式な国交を結んではいないが、やはり経済的な結び付きは多いのだろう、これまで名前しか聞いたことのないような国すらも出席者の中に散見される。
「さあ、サイファーさん。そろそろ開場がほぐれて来ましたから、挨拶回りをしましょう」
「君は、レイモンド商会の営業ではない。そんな事をするまでもないだろう」
「初めにも言いましたように、我々は税金を使って来ているのです。全くの手ぶらで帰るのは、無駄遣い以外の何物でもありませんよ」
 極めて正論ではある。が、俺の仕事はフェルナン大使に指示された通り、世間知らずのアーリンに余計な事をさせないことだ。このまま壁の花でいて貰う方が仕事は楽で良いが、アーリンが今回の遠征には並々ならぬ決意を持ってきている以上、そうはいきそうもない。
 アーリンは会場の人集りを見つけては、さり気なく近付き様子を窺う。女性から話しかけるのははしたないからと、自分から口火を切る事はしないが、それは端から見れば如何にも構って貰いたいように見え、あまり淑やかには思えなかった。面識のある出席者が少ない以上は仕方がない事かも知れないが、せめて俺が彼女を紹介できるほど人脈を持っていれば良かったのだが。
 途中で諦めてくれれば、それはそれで大人しくなるだろうから構わない。そんな事を思っていると、やはりその仕草は目立ったのだろうか、ふとアーリンの姿を見た一人の男が、おもむろに近付き話し掛けた。
「失礼、もしかしてアーリンかい?」
 そんな親しげな口調で話し掛けられ、アーリンはいささか驚きの表情を浮かべる。しかし、相手の顔を確かめるやすぐに表情が変わった。
「ヤーディアーさん、お久しぶりです。こんな所でお会いするなんて」
「いや、私も驚きですよ。最後に会ったのは、確か五年前だったかな? すっかり大人らしく、綺麗になったね。私も年を取る訳だ 」
「ヤーディアーさんも、まだ若々しいままですよ」
「ハハッ、御世辞でも嬉しいよ。ところで、今日はフェルナンさんも出席されているのかな?」
「いえ、父は狩りの落馬で怪我をしまして。今は紺碧の都で療養中です。私は、その代理です」
「ああ、あの人も相変わらずだなあ。という事は、レイモンド社の関係かな?」
「ええ。北方のレイモンド商会の入札で、クワストラ政府へのアピール目的です」
「へえ。じゃあ、外務相にはお会いしたのかい?」
「それは秘密です。何せ、他言してはならないそうですから」
「なるほど、良い情報をありがとう」
 アーリンと親しげに話す男性、俺に面識は無いが、様子からするとアーリンとは旧知の仲のようである。話し口調も、外交官らしい癖と雰囲気のあるものだ。
「ところで、こちらのお連れの方は?」
「父の私設秘書官のサイファーさんです。私のお目付役ですよ」
 初めまして、と形式通りの挨拶をし、男もまたにこにこしながらそれを受ける。誰となく似たような雰囲気のある人物だ。
「サイファー……失礼だが、もしかして君は、以前は監部にいなかったかな?」
「ええ、そうです。それを辞した後に、フェルナン閣下に拾って頂きました」
「ああ、そうか! やっぱり。いやあ、君の話は良く聞いているよ。随分とまあ、凄かったそうじゃないか」
 にこやかに話すその口調、何がと具体的には言わないが、それは大方想像の付くものだ。
「おっと、失礼。私の自己紹介がまだだったね。私はヤーディアー、セディアランドの外交官だよ。今は南ラングリスの大使をしている」
「と言う事は、フェルナン閣下の後任の方でしょうか」
「そういう事になるね。私はあの人の後輩でね、まあ下積み時代は良く世話になったものだよ。同じくらい、振り回されもしたがね」
 ヤーディアーという彼は、かつてフェルナン大使が勤めていた南ラングリスの大使であるという。なるほど、あそこならば俺の一件については、情報に事欠かないだろう。
「ヤーディアーさんがこちらにいらしたのは、やはり入札関係ですか?」
「そう。ただ、ちょっとだけ複雑でね。南ラングリスは今、不況の煽りを受けているんだ。それで、政府が各国の企業に経済交流の話を持ち掛けて来ているんだけど、どういう訳かクワストラの新事業に白羽の矢が立ってね。その上、国交第一等国のセディアランドに支援を要請されたのだよ。まあ、要するに君と同じ立場さ」
 ヤーディアーは苦笑いを浮かべながら、手にしたグラスを傾けた。どこか人疲れしているような表情である。ここ数日間、挨拶回りや懇親会ばかり繰り返して来たのだろう。入札に直接は関係しなくとも、大使の存在を知らしめる事には大きな意味があるため、あちこちから引っ張られるのも仕方のない事である。
 実際の所、入札というシステムである以上は、各企業のアピール、クワストラ政府への胡麻擂りなど意味は無い。だが、それを承知でどこもやっているのは、何かしら意味があるのだろう。流石に入札額のリークまでは無いだろうが、それに準ずるような談合は大いにあり得る。レイモンド商会の二人があちこち飛び回っているのも、そのためなのかも知れない。
「さ、辛気臭い話はここまでだ。皆に紹介しよう。アクアリアの話を聞かせてくれないか」
「ええ、分かりました。私も、最近のラングリス事情が知りたいです」
「おやすいごようさ。サイファー君も、例の話、聞きたがっている人が大勢いるからね。是非頼むよ」
 にこやかな人当たりの良い笑顔で、そうさらりと要求される。突然の事で俺は断る事が出来ず、肯定としか取れないような言葉で返答してしまった。