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 ベスニルが案内したのは、街の北にある旧門と呼ばれる場所だった。アトノスは城塞都市を真似て、街全体を巨大な城壁で取り囲んでいる。現在の城壁のほとんどは戦後に復興された新たなものであるが、北の一カ所だけは戦前のままになっている。
 オルランドは馬車から降りると、まずは城壁に触れてみた。石の冷たさと、目立たない表面の細かな傷がザラつきとして手のひらに伝わってくる。昔ながらの自然石を切り出して積み上げた城壁は、長く深い歴史を感じさせるものだった。
「あの時はここいらにキャンプを張っててな、まあ凄い数の兵士達が集まってたっけ。ほら、そこに門があるだろ? 今はほとんど使われてねえけどさ、あの頃まではこの北門がアトノスの玄関口だったんだ。ここから色んな国の馬車が通って来てさ、あそこも来るのかここも来るのかって騒いだもんさ」
 現在は新しい正門があり、アトノスの出入りはみんなそちらを利用している。それはやはり、交通量や利便性が理由なのだろう。そういった点を考慮した設計なのだ。
「そういえば、この辺りはあまり人がいないんですね。建物も誰もいないような感じですけど。やっぱり、あまり便利じゃないからでしょうか?」
「まあ、そんなとこだろうな。ここは街道に真っ直ぐ出られる訳でもなけりゃ、港にだって遠い。ここら辺にあるのは古い建物ばかりで、今は色んな企業の倉庫代わりさ。ま、戦時中も物資の倉庫として使ってたから、その流れなんだろうねえ」
 この北エリア一帯が、人類軍の拠点となっていたということである。魔王には各国で対応していては勝つことは出来ない。その結論の形が、当時はここにあったのである。オルランドはその当時の事に思いを馳せながら、城壁や周囲を観察する。
「しっかし、こんなの見ても面白いかい? 正直なところ、もうここぐらいしか残ってねえんだよなあ」
「他に戦場跡なんかは無いんですか?」
「ねえなあ。みんな会社だとか交通機関だとかで整備されちまったよ。一等地に金にならない物を残しておく理由はない、そういうのがこの街の考え方だしよう」
「なるほど。ここは経済優先の金融都市ですからね」
 戦禍の跡が見られないのは残念だが、逆に言えばそれは魔王との戦いから完全に復興したという事でもある。経済を最優先する事情があるにせよ、過去を一々留めておかないのは一種の強さである。そうオルランドは思った。
「じゃあ、ベスニルさん。何か従軍当時の話を聞かせて下さいよ」
「ええー? いや、本当に大した事は何も無いんだぜ。魔王も見た訳じゃねえし」
「けど、何かしら従軍していないと知る事の出来なかった事ってあるんじゃないですか?」
「従軍してないとってねえ……ああ、そう言えば。本当にチラッとだけどよ、あの勇者マックスは見たぜ。背中だけだけどさ」
 勇者マックス。それは最終的に魔王を討ち取った事で世界中に勇が知れ渡った伝説の男である。彼については魔王と同じくらいに情報が少なく、今では行方不明も同然の状態だ。そんな彼についての話は、たとえ過去のものであろうと十分貴重である。
「是非、聞かせて下さいよ。勇者マックスの話って、あまり他では聞けませんから」
「でも、本当に大した事は無いぞ? なんか前線の方に二人で突っ込んでった奴らがいたなあって。後から聞いたら、それがマックスだったって言うんだ」
「二人だったんですか?」
「ああ、多分マックスの親友のカスパールだな。前からマックスは親友カスパールとあちこちで魔王と転戦してたらしいぞ。当時じゃ他の国の軍でもちょっと噂になってた。魔王を追い掛けながらあちこちの戦場を転々としてる傭兵がいるって」
 勇者マックスには親友がいた。それ自体は全くの初耳ではない。ただその彼の名前がカスパールであること、そして二人で魔王を追いあちこちを転戦していた事については初耳である。
「他に何か噂話ってありましたか?」
「いや、別にねえや。ま、これもどこまで本当かは分からんしな。あくまで噂だし、本当に正しいかどうかも確かめてねえしよ。まあ強いて言うなら、マックス達の引きの強さだなあ」
「引きの強さ?」
「危険な最前線をわざわざ選んで名を上げようって奴は腐るほど居たが、勇者マックス達は魔王の来る戦場を必ずって言っていいほど引き当ててたらしいんだよ。まるで魔王が来るのをあらかじめ分かってたんじゃないかってくらいに。ま、戦場ばかり駆けずり回ってりゃ、人より引く事も多いだろうさ」
 勇者マックスは、魔王の現れる戦場ばかり追っていたという事なのだろうか。それはつまり、彼が魔王に固執していたからだろうか。人類軍は魔王軍を破る事を目的にしていたが、魔王を倒す事だけを目的にし実際に行動していた者は少ないだろう。個人的な理由があったのか、それとも魔王を倒す事にこだわっていたからこそ後に勇者と呼ばれるようになったのか。
 真相はともかく、素性に謎の多い勇者マックスの情報を知る事が出来たのは何よりの収穫と言えるだろう。だが、また新たな謎が現れた。勇者マックスの親友カスパールとは、一体どのような人物だったのだろうか。彼ならば今の勇者マックスの行方を知っているかもしれない。