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 話が一区切りついた所で、オルランドはディオネーに連れられ台所へと向かった。教会の台所らしく、小さな建物の割に台所は広く食堂と隣接した作りになっていた。何かしらの理由で大勢に食事を提供する事態に備えての設計なのだろう。しかしオルランドは内心、こんな寂れた教会にそれほど人間が集まる事があるのかと疑問も抱いていた。
「粗末な食事ですが、手間はかけています。食べられない事はありませんよ」
 台所からそう話すディオネーは、火にかけていた鍋の蓋を取り上げ中を窺った。朝から弱火でずっと煮込み続けていたようである。ディオネーは鍋の中身を皿へそっと取り分ける。幾つかの根菜と鶏肉のシチューのようだった。そしてパンを二つ、軽く火に炙ってから添える。
「すみません、昼食までごちそうになって」
「いいんですよ。一人分を作るのも二人分を作るのも、大して違いはありませんから」
「やはり、初めから私が来る事を見越して用意していたのですか?」
「私の力はそういうものですから」
 ディオネーは初対面であるはずの自分の名を呼び、今日ここへ来る事も知っていて人払いをしていた。食事の準備もその延長なのだろう。取り分け目を見張るほどの驚きがある訳ではないが、どこか浮き世離れした話し方は必要以上に彼女へ神秘さを感じさせる。
 食堂で二人向かい合って席に座り、やや遅めの昼食を始める。ディオネーと話をしていた時は空腹を感じていなかったが、こうして一段落ついて落ち着くと急に強い空腹感に苛まれる。それだけオルランドにとってはディオネーの話は興味深く衝撃的だったのだ。
「オルランドさんは、次はカスパールの元を訪ねるのでしょうか?」
「そうなります。魔王や勇者の事について、多分一番詳しい人物でしょうから。まあ、こんな興味本位で首を突っ込んでくる人間を相手にしてくれるか心配ですけど」
「大丈夫だと思います。本当に誰にも話したくないのであれば、誰かに目撃されるような生活自体送りませんから。もっと徹底して人目を避けるものです」
「では、心のどこかでは誰かに話すことを望んでいると?」
「はい。もっともこれは、私の力ではなくて経験則に基づいた憶測ですけれど」
「いえ、誰かにそう肯定してもらえるだけで随分と気は楽になりますよ」
 おそらくカスパールにとって当時の出来事は、思い出したくもない忌まわしい出来事だったに違いない。それを見ず知らずの赤の他人にほじくり返されるのだから、良い気分になるはずがない。そこを承知の上で訊ねようというのだから、少なからず罪悪感があるのである。本当にカスパールに僅かなりとも心境を吐露したい要望があるのであれば、訊ねるこちらにとっては気が楽になるのだが。
「ところで、ディオネーさん。あなたは神職について合理的というか客観的で引いた感じの事を仰っていましたけれど。もしかして、信心と言うより神の存在も否定的なのですか?」
「そんな事はありませんよ。私の力は神の存在そのものを知覚できるのですから。ただ、人間の祈りが神にとって些末事でしかありませんから、宗教的な儀式にあまり意味を見出せなくて冷めた言い方をしているように思われたのかも知れません」
「あくまで大事なのは人間同士の対話、という事でしょうか」
「そんな崇高なものではありませんよ。私はただ、人には慰めが必要で、それ自体には行う意味があると思っているだけですから。慰めの一番分かりやすい事がこれであっただけに過ぎません」
 そうディオネーは自らの服を指し示す。修道女が着る紺色の服は、世界各国で共通の様式である。この格好も信心とは関係のない形式的なものと割り切っているのだろう。こんな事を堂々と口に出来る者もいるのだ、そうオルランドは感心すらしてしまう。
「そうそう、信心と言えば。オルランドさんにとって、魔王はどういう存在でしょうか? 尊敬に値するのか、単なる好奇心の対象なのか」
「どうって、ご存知の通りなかなか一言では言い表せませんよ。私がこの取材を始めた経緯が経緯ですから。ただ、尊敬というのはまず間違い無く違いますけれど」
「魔王は尊敬に値しないという事でしょうか? それとも、尊敬してはならないという固定観念?」
「流石に世界を敵に回して大戦争をふっかけた相手を尊敬というのはちょっと。私は反政府主義者ではありませんし、暴力的な改革なんていうのも賛成しかねますから」
「フフッ、如何にもお金持ちの方という意見ですね」
「そういう育ちだという自覚はありますよ。でも、確かに魔王に対して肯定的な人の取材なんてありませんでした。彼の母親くらいでしたし、個別の行動はともかくしでかした事そのものを全肯定というのは過激な思想に分類されますからね。そんな本音を表に漏らす事はなかなかしないものなのでしょう」
「では、今度はその取材をしてみましょうか?」
 そう切り出したディオネーに、オルランドは小首を傾げしばし考える。そして、
「その言いぶり、もしかして魔王については全て肯定的なのですか?」
「ええ、そうです。魔王の隠れ信者、なんて言い方をすると少し大袈裟ですけれど」