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 汗を流して着替えた後、恐る恐るやってきた食堂には、家族と親族達がずらりと座って待っていた。
「あ……お待たせしました」
「さあ、早く席に着いて。朝食を始めるとしよう」
 朗らかな父親とは対照的に、親族達はいずれも表情が硬い。それはオルランドがかつて取材旅行の旅に出たいと言い出した時に見せたものと全く同じだった。一年以上も世界を放浪して遊び回っていた、生産性の欠片もない道楽。やはりオルランドは末っ子だからと甘やかされすぎているから、一族の後継者としてもっと厳しくするべきだ、そういった辛辣な思いがひしひしと伝わってくる。オルランドは居心地の悪さに息を詰まらせつつ、自席へと着いた。
「オルランド、旅はどうだった? 楽しかったかね。まったく、便りもろくに寄越さないのだから、どこで何をしているのか心配だったよ」
「すみません。あまり一カ所に居る事がなくて、なかなか落ち着いて手紙を書くこともできなくて」
「昔から便りの無いのは元気な証拠と言うが、流石に何年もこうだとねえ。まあ無事に帰ってきて何よりだよ」
 そう笑う父親に対し、オルランドはまだ取材は途中だと口を挟むことははばかられた。それは父親に遠慮したというよりも、他の家族や親族達からの小言を受けることを避けるためであった。
「とにかく、旅の疲れが取れるまでゆっくりすると良い。それから約束通り、私の仕事を少しずつ学んで引き継いで貰わねば」
「ああ、はい。頑張ります」
 取材旅行を認めさせる条件としたのが、この家業の引き継ぎである。無論、今のまますぐ引き継げるはずもなく、そこに至るまでは様々な勉強や経験が必要となってくる。つまりは家業のための修行である。オルランドは、自分ではあまり自覚はしていないが、この修行というものに若干の忌避感があった。
 機嫌の良い父親とは反対に、オルランドは言葉少なくたどたどしい受け答えだった。それは下手な事を口にして言質を取られるのを避けようという心理からだった。そんなオルランドの下心を見抜いているのか、向かい側に座る母はじっとオルランドの顔を無表情で見ていた。オルランドの母も普段から事業のためほとんど家を空けているが、父と違ってオルランドと接する時も言葉少なくいつも物静かで取っ付きにくい部分がある。何を考えているのか分かりにくい母は、どちらかと言えば苦手な類だった。
「本当に、これきりにするんでしょうね?」
「そうよ。いつまでも遊んでいられる歳でもないんだから」
 そう釘を差すような物言いをするのは、オルランドの二人の姉だった。上の姉カミラと下の姉ヒルダは、常にオルランドに対して後継者の在り方などをくどくどしく語り、襟を正そうとしてくる存在である。しかし結局のところ父親に似たためか、最後にはオルランドに甘くなる事を知っている。
「ちゃんと終わったらそうしますよ」
「終わったら? あなた、また何処かへ出掛けるつもりなの?」
「いえ、取材したものをまとめて整理しないと。行く行くは出版するつもりなんですよ。なんせそれを約束した相手もいるので」
「約束? どこの誰?」
「名前は明かせないんです。ただ、アルテミジア正教のそれなりの位の方です。公表する事が取材の条件だったので」
「あなた、本当にそんな所まで取材なんかしてきたの?」
「よくもまあ、引き受けてくれたわねその人。何の実績も無い素人の小僧相手に」
「色々あるんですよ、魔王の取材をしていると」
 驚きと呆れが半々の姉達。オルランドの取材の旅などただの放蕩無頼の類と思っていたからだろう、まさかそこまで行動力があったとはと俄かには信じられない表情である。とは言え、二人はそもそも魔王の取材などさほど興味は無く、オルランドが無事に帰ってきた事を喜ぶばかりである。
 和やかに笑う三人。そんな時だった。
「それで、魔王の正体とやらは掴めたのですか?」
 突然と真剣な声で訊ねてくる。恐ろしく冷え切ったその声の方を向くと、その女性はオルランドとは幾らか面識のある人物だった。そして、何故そんな質問をしてくるのかを彼女の背景から察し、俄かにオルランドの背筋が緊張する。
「セルマ叔母さん……その、まだきちんとまとめきれていないので、結論はまだ形にはなっていなくて」
「そう。では、結論が出たら教えて頂戴。どうしてあの人が殺されなければならなかったのか、納得のいく答えが欲しいから」
 まばたきもせず、真っ直ぐそらさずに注いでくる視線。あまりに静かで強い気迫に、オルランドは冷や汗がふつふつと背中に浮かんで来た。
 彼女は、魔王の手で殺されたオルランドの叔父の妻である。叔父の後を継いで造船業などを続けているが、噂では時折精神の均衡が危うくなるなどと聞いている。その原因は勿論、叔父が殺された事に由来する。
 叔父が魔王に殺された理由は誰にでも分かる。魔王軍に敵対する人類連合軍、その彼らに供給する軍需製品を生産していたからだ。そんな明確な構図を知りながら、何故未だに理由など求めるのか。
 彼女は、未だ叔父が殺された事を引きずっている。オルランドはそれを強く実感する。