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「改めてお訊きしますが。マックスは、単純に自分の立身出世のために魔王討伐を志した訳ですが。あなたも同じ理由だったのでしょうか? 魔王の正体が古い親友だと知り、躊躇うどころかマックスと対立してしまうには、もっと強い理由があるような気がするのですが」
「理由、ですか。初めこそ私は、友達が立身出世を志したのだからそれを助けようと思っただけですよ。後は教義に従ったまで」
「友情と教義、もしくはマックスとゲオルグを天秤に掛けて、ゲオルグを取った。仮にそうだったとして、殺める必要はあったのでしょうか? 行きがかり上、そうなってしまったというのであれば話は別ですが」
「それは、私が実のところマックスを友人と思っていなかった、そう言いたいのですか?」
 やや語尾が強まるバートラム。踏み込み過ぎた質問だったかとオルランドは悔やむが、会話の流れは切らなかった。
「ゲオルグの養母は、こんな話をしていました。ゲオルグがある日突然、豹変したと。そして、世間で言う所の魔王になったと。それはまるで、得体の知れない何かが彼の中に降りてきたようだと語っていました。本質的にはそのままに、怪力と強い決心を宿していたと。魔王の行動原理も、世間の風評とは違っていました。彼は、いわゆるこの世の悪徳を一掃するために戦っていたようなのです。実際に私が取材した地域でも、そうとしか思えない選別が幾例もありましたから。もしかしてあなたは、魔王のそういった行動原理を知っていて、即物的な考え方をするマックスに見切りをつけたのではないでしょうか?」
「それではまるで、魔王が正義の味方で、勇者マックスが悪党のようですね」
「見方によってはそうかも知れません。ゲオルグの養母は今も彼の行動の正当性を信じています。私自身も幼少期に実際にこの目で魔王を見て、禍々しさをまるで感じなかった事を覚えています。ゲオルグは自ら魔王を自称したことはないそうです。つまり彼は、何か神秘的で正当な物を自身の内に持っていたのだと思うのです」
「魔王相手に買い被り過ぎですよ。魔王が罪無き人間を一人も殺していない訳ではありませんから」
 それでも彼は、マックスとの友情よりもアルテミジア正教の教えを選択した。マックスを殺めたのは、教義なのか友情なのか。けれどそれは、どちらも決定打には弱いとオルランドは考えていた。同じ境遇で苦しんできた親友を殺すなら、もっと強い理由があって自然だと考えるのだ。
「しかし、豹変、ですか。確かに私の知るゲオルグは、あんな事の出来る人間ではなかった。その、何か彼に降りてきたという話、それは何となく信じられますよ。きっと悪魔ような邪悪な何かに取り憑かれたのでしょう」
「それなんですけど。もしかして、マックスもまた同じような体験をしていたりしないでしょうか?」
 するとバートラムは、眉をひそめながら不快感を覗かせつつ問い返した。
「と、言いますと?」
「あの魔王を相手に勝ったのは事実なのですから。マックスもまた、人智を越える不思議な力を宿したというか、何かが彼に降りてきて勇者として豹変したとか。そういう可能性も考えたのです」
「いえ、豹変というものはありませんよ。マックスは昔からそうでした。私もそうです。荒んだ家庭環境や社会への漠然とした恨み辛み、そういうドロドロした感情をずっと溜め込んでいました。いつか見返してやる。いつか成り上がってやる。お互い、それが口癖でしたね」
「そうですか……」
「でも、もしかすると豹変したのは私かも知れませんね。そんなマックスに対して嫌悪感を覚えたのですから」
 しかしバートラムには魔王のような人間離れした力はない。それにこうして相対していても、かつての魔王なような存在感は一切無いのだ。
「先ほど、ゲオルグには何かが降りて来た、という話をしていましたね。それは、神の託宣のようなものなのでしょうか?」
「そこまでは分かりません。ただ、ゲオルグは当時のアルテミジア正教の幹部を手に掛けています。神が降りたと言うには、これはいささかちょっと」
「もし、神が介入したという事なのであれば。ゲオルグの本質はさておき、もしかすると私にも何か介入したのかも知れませんね。魔王討伐が始まって以来、私は唐突にマックスに対して嫌悪感を抱いたのですから。そうでもなければ、親友を手に掛ける理由にはなりません」
「それはアルテミジア正教の教えを厳守しているからではないのですか? あなたの信仰心の篤さの現れでは」
「私は、アルテミジア正教の洗礼を受けはしましたが、それほど敬虔ではありませんでしたよ。そもそも、本当に熱心な信者であれば、傭兵になるなんてことはあり得ませんから。それが今では、わざわざ教会の近くに部屋を借りて通うほどになっています。すっかり敬虔なアルテミジア正教の信者ですよ」
「それは、自分の意思で信仰心を持った訳ではないと言うことですか?」
「どうでしょうか。単に幼少に別れた父親やゲオルグを懐かしんでいるだけかも知れません。神は人に信仰心を強制しません。それは人が悔い改める機会を奪う事になりますから」
 しかし、自分でも自覚出来るほど唐突に信仰心が篤くなり、友人だったはずのマックスを手に掛けてしまった、この事実は曲げようが無い。
 バートラムは、ゲオルグと同様に神によって何か与えられたのだろうか。それは、勇者マックスの立身を阻む事が目的なのだろうか。そもそも神の存在が前提となっている推論では、答えなど出て来るはずもないが。