BACK

「一つ疑問が残りますな。魔王は、その力を初めから持っていた訳ではないようですが、一体どのようにして手に入れたのでしょう? 力を手にする具体的なプロセスが抜けております」
「おそらくだけど、神とかそういう存在から与えられたんじゃないかな。神秘主義的な考え方だけど」
 モーリスは眉をひそめる。それは神秘主義ではなく、ただのオカルトだ。口に出さずともそう顔に出ている。
「神は何のためにそのようなことを?」
「それこそ、人類の悪徳を滅ぼすために。人類が悪に傾き過ぎたから、何かしらテコ入れをしたかったんじゃないかな」
「仮にそうとして、神の力を与えられた者が人間に討ち取られますかな?」
「人類を滅亡させる前に止める、ストッパーみたいなものだと思えばいいんじゃないかな。勇者マックスにも何かしら介入があったのかもね」
「そのストッパー役とやらも殺されましたな」
「そうやって、力の強く影響力の大きい者が存在感を示すのを、段階を踏みながら縮小させていくのが無難だと思ったんじゃない? 小者が身の丈に合わない名声を手に入れると、必ず良くない影響を撒き散らすものだから、魔王も勇者も最後は人類にとって不要になるんだよ」
「仮にそうだったとして、神様とやらは随分と人間を好き勝手に振り回すものですな。まるで道具のように都合良く使い、不要になったら処分する。とても愛だ英知だなどと謳われる存在の所業には思えません」
「そりゃね。神様は人間なんて種としてしか見ていないんでしょ。一人一人見るなんて気が遠くなるし、そこまでの思い入れも無いし」
 霊能者ディオネーは、神とは唯一の存在ではなく、人間の上位の存在のように語っていた。あくまで彼女の思想の話だが、神と呼ばれる者がいちいち人間を個別に気にかけるようなことをするはずがないという意見には賛同している。
「でしたら魔王は、使い捨ての道具のように扱われると知っていたなら、ここまで献身的にはならなかったでしょうな。それこそ本気で世界を滅ぼしかねない勢いで蹂躙して回ったやもしれません」
「どうだろうなあ。案外、知っていてやっていたかも知れないよ。世界の悪徳をある程度滅ぼした所で退場する。初めからそのつもりだったのかも」
「まるで殉教者ですな。何故そのように魔王を好意的に思われるのです?」
「そうでなきゃ、そもそも何の力もない俗人の勇者になんて討ち取られたりはしないだろうさ。献身だったんだよ、魔王の行いは全て。自分が全て悪行も悪名も背負い込んで死ぬ、それで大勢の人が救われれば満足なんだよ」
 そして、その姿勢こそが霊能者ディオネーを信仰させた精神性だと今では思う。魔王のやり方は強引で過激であり、人間のモラルから逸脱したものである。けれど、そこまでしなければならないほど人間の堕落は進んでいたのかも知れない。現に魔王に殺された人間は、法や権力を盾に何かしら悪行を働いていたのだから。
「それで、以上でよろしいのですか? これでは神の実在性についての証明が欠けているようですが。しかも、捉え方によっては神が悪者に扱われております故、宗教関係者からの熱い反応も期待出来ますな」
「神の存在の証明は出来ないからね。これでいいのさ。大事なのは魔王が力を得た経緯ではなくて、得た力でした事の理由だから」
 世間の認識する魔王、その誤りを少しでも正せればそれで構わないのだ。魔王が本当に悪なのか、と疑問を持ってくれるだけでも構わない。それを表で口に出さなくてもいい、ただ思ってくれていれば。魔王は、本当は人類を滅亡させようとしていた訳じゃない。その周知こそが一番の目的である。
「これらの戯言を本当に出版する訳ですか」
「そうだよ。こればかりは何を言われようとやら絶対にやるからね」
「それは結構ですが、一つだけ。くれぐれも、本名は載せないで戴きたい」
「分かってるよ。実家に迷惑かけるな、ってことでしょう?」
「いいえ。あなたの将来のためでございます。二年も放蕩した挙げ句、このような正気とは思えない本を出したなどと知られれば、みっともない事この上ありませんからな」
 今更魔王を擁護し弁明するなど、ただただみっともないだけ。
 おそらくそれが、いずれ出版した時の世間の評価でもあるだろう。誰も内容の信憑性を疑っている訳ではない。そもそも魔王の真相などに興味が無いからだ。あれだけの災禍を繰り広げて世界中を震え上がらせても、結局人は喉元を過ぎれば熱さを忘れるものだ。
 魔王の行いは正しいとは呼べない。けれど、そこには理念があり、確固たる意志があった。魔王の災禍が人類を浄化したかは分からないけれど、決して彼の献身は無駄では無かったと、少なくとも自分はそう思いたい。
 もし、これに人類が懲りず再び悪徳を栄えさせたなら、神という存在はまた魔王を遣わすのだろうか。魔王は人心の荒廃の兆しである。その事実を少しでも広められたなら、きっと次の魔王が現れる事は無いだろう。一冊でも多く人の目に触れ、一人でも多く襟を正してくれれば。そうすれば自分の長い取材も決して無駄にはならないはずだ。